「毒ぶどう酒事件の街」名張で抱いた疑問(後編)

市街から離れると里山風景が広がる名張。市内の末梢集落で事件は起きた(筆者撮影)

 1961(昭和36)年3月、三重県名張市葛尾の宴席で、毒入りぶどう酒を飲んだ女性5人が死亡する事件が発生。その後、葛尾在住で宴席にも参加した奥西勝氏(当時35歳)が逮捕され、犯行を自供した。

 妻と愛人との三角関係を清算するための凶行とされたが、その後一転して無罪を主張。しかし最高裁は死刑判決を下し、以後40年以上、奥西氏は死刑囚として収監され、再審の訴えもかなわないまま2015(平成27)年に獄死した。享年89。

 そして事件が半世紀以上にわたり「名張毒ぶどう酒事件」として報道されたため、名張はすっかり「毒ぶどう酒」のイメージが定着してしまった。

 だが事件が起こった葛尾は名張市中心部から遠く、しかも葛尾は隣接する奈良県山添村にまたがり、宴席には「山添村葛尾」の住民も参加していた。それがなぜ執拗に「名張」「名張」と連呼されたのか。

 その葛尾に行く路線バスは、まさかの週4便(1日4便ではない)。葛尾行きは早々にあきらめ、名張市街を歩いてみた。

名張市街。背後に山が迫る(筆者撮影)
名張市街。背後に山が迫る(筆者撮影)

名張旧市街彷徨

 名張の旧市街は、駅の西側に広がる。ただし市街は狭く、街の背後すぐに山が迫る。その山を越えた先に――葛尾集落がある。

 かつて伊勢神宮に参拝する人が歩いた旧道「初瀬(はせ)街道」を歩く。「ひやわい」と呼ばれる極細の路地が分かれ、旧家が軒を連ね、杉玉を吊るす造り酒屋も数軒。名張は三重県を代表する日本酒の里で、東京でも「而今(じこん)」など名張の酒は人気が高い。

 旧市街のほぼ中心に、道の左右にまたがって大鳥居が立ち、人も車もその下をくぐっていく。鳥居は名張の氏神、宇流冨志禰(うるふしね)神社のもので、町の入口に立ち「一の鳥居」と呼ばれている。街づくりが始まったのは1636(寛永13)年と古く、鳥居のそばには樹齢300年といわれる松の巨木がそびえ、道行く人々を見守っている。

 路地を進んだ先に、江戸川乱歩さん生誕地の碑が立つ。乱歩さんは1894(明治27)年、名張で出生。生後間もなく転居したそうだが、石碑には乱歩さんが揮毫(きごう)した「幻影城」の文字が刻まれている。

 風情豊かな名張の街。だが一方で、平日昼間の街を歩く人は多くない。近鉄特急で大阪難波へ55分。市民の多くは、昼間は通勤その他で大阪に行ってしまうようだ。

旧家が軒を連ねる初瀬街道(筆者撮影)
旧家が軒を連ねる初瀬街道(筆者撮影)

証言/眠る村

 今年(2019年)の冬、名張毒ぶどう酒事件を追ったドキュメンタリー映画『眠る村』を見た。製作した東海テレビ放送は、途中で代替わりするディレクターに想いを引き継ぎながら、40年以上もこの事件を追い続けている。まさに執念のドキュメンタリーである。

 葛尾の住民にインタビューを試みる場面が印象深い。もう何度、事件について質問されたのか、ウンザリした様子で言葉を濁す住民たち。あるいは語調激しく「犯人は奥西(氏)に間違いない!」と言い切る人もいる。

 カメラは住民たちの言葉そのものよりも、微妙な表情の変化や息遣いを、微細に映し出す。奥西氏逮捕後に、証言が「奥西氏が不利になるように」変わった住民たち。その核心を突かれると、みな一様にカメラから目をそらし「もう忘れた」と言う。

 真実はどこにあるのか。表題の「眠る村」は、葛尾集落を指すことにほかならない。

 散歩の途中で数人に、毒ぶどう酒事件について聞いてみた。大半が無関心か「もう解決したんじゃないの?」と肩透かしの反応が多い中で、当時酒関係の仕事をしていたという70代男性の話が印象に残った。

「東京じゃまだそんな映画やっとるんかー」

『眠る村』の話を振ると、あきれた表情。「アンタのほうが、ウチより詳しそうやな」と言いつつ、男性は話し始めた。

「あんとき私は高校生やったかなー。私ンとこも酒扱ってて〈お前ンとこで売ったぶどう酒やないか?〉と言われて。あんな銘柄のぶどう酒、ウチは知らんがなー」

「奥西勝っちゅうーのがエラいハンサムでなー。スラーッとして、彫りの深い顔立ちで。一審で無罪になったとき、近くの(窓の外を見て)製材所で働いとって。報道の連中が大勢来てエラい騒ぎやったわー」

「葛尾にはウチのお客もおってなー。エラい距離があって道も悪うて、行くのも大変だったはずや」

「名張もあの事件で有名になってしもうて。それまでは郵便出しても、北海道の夕張に間違えられたりな」

 そこまでは笑顔だったが、男性はふと真顔になった。

「自白したのに冤罪やゆーて、まだ東京じゃそんなこと言っとるか」

「葛尾の人も触らんといてほしいはずや。今さら集落の中に、犯人が別におるゆうてもなあ」

「再審だか誰か引き継いでやっとるゆーて。奥西(氏)はもう死んだっちゅーのに」

「(犯人は)奥西(氏)に間違いない。自白したんやで。それをあとから〈やってない〉ゆーて、まったくもう」

旧市街の中心に立つ一の鳥居
旧市街の中心に立つ一の鳥居

真実よりも大切なこと?

 大切なのは「真実」ではない。「奥西氏が犯人」ということで落ち着いた事件を、今さら混ぜ返してほしくない。そういうことだろうか。

 今さら真犯人を上げたところで、何もいいことはない。観光地として、大阪のベッドタウンとして名張を盛り上げていきたい。日中は閑散としているからこそ、なおのこと「毒ぶどう酒の街」と呼ばれるのは勘弁してほしい。そういうことだろうか。

 だが一方でもし、もし奥西氏が犯人ではなく無実だったとしたら、死刑囚として獄中で過ごした40数年は何だったのか。

 もし、もし奥西氏が犯人ではなかったら。

 もはや名張全域が「眠る村」なのか。数人の無関心とひとりの証言で、決めつけてはいけないのだが。

 必要以上に「名張」と「毒ぶどう酒」を組み合わせ連呼した、メディアの責任も問いたい。どこまで意図があったかわからないが、「山添」に比べ語感が印象的で耳に残りやすい「名張」は、事件名にかぶせやすかったのかもしれない。

 余談だが「事件名にかぶせやすい地名」があると、常々感じている。公害なら水俣、沖縄の基地問題なら辺野古に普天間。ヘリパッド問題で同様にもめている「高江」は、さほど浸透していない。

 語感が独特で耳に残りやすい地名の場所で、ひとたび何か起こると、真っ先に地名から意識下に刷り込まれる。「地名の言霊」とでもいえばいいのか。のどかな印象で、地名としてありがちな「山添」と、今どきの言い方をすれば「キャッチ―」な印象の「名張」。

 2011(平成23)年に京都で起こったホステス殺人事件も、被害者の経歴から繰り返し「元ミス名張おとめ事件」として報道された。事件発生場所が、名張ではなかったにも関わらず。

 毒ぶどう酒事件はけっして、名張市の中心で起こったわけではない。なのに「名張」連呼により、風評被害が起こるかもしれないことなど、多くのメディア関係者の念頭にはなかったのだろう。いつの時代もマスコミは傲慢だ。そして地方都市の凄惨な事件を愉快犯的に面白がる、僕ら多くの大衆も、ロクなものではない。

 図らずも「毒ぶどう酒の街」と呼ばれ続ける名張は、メディアや大衆に弄ばれた被害者だ。だが一方で、時間の経過をもって風評を風化させようとするのであれば、その陰でひとりの人間――奥西氏がもし無実であるのなら――の人生と名誉が犠牲になることも、忘れてはいけない。

 事件が起こった1961年に、アメリカではケネディ米大統領が就任。映画は『ウエストサイド物語』『モスラ』、歌は坂本九さん『上を向いて歩こう』が大ヒット。

 その後東京オリンピック、沖縄復帰、オイルショック、バブル崩壊、阪神淡路大震災、東日本大震災――そして来年には二度目の東京オリンピックが開催される。

 気が遠くなるような長い年月をまたいで、名張毒ぶどう酒事件は今もなお、真実を求めて係争が続いている。

昼間のアーケード商店街。シャッターを閉じた店が多く、人通りは少ない(筆者撮影)
昼間のアーケード商店街。シャッターを閉じた店が多く、人通りは少ない(筆者撮影)

 

白ワインの夜、生卵の朝

 日が暮れて、名張駅周辺にポツポツと、居酒屋の明かりが灯る。風情よさそうな一軒に入ってみたら、居心地は――よくなかった。

 カウンターの空席に座ろうとしたら、若い店員の女性が「テーブルでお願いします」とニコリともせず言う。「何だよ」と思いつつテーブル席につくと、あとから地元らしいオヤジが「ようっ!」と入ってきて、カウンターにドカッと座った。女性も一転、笑顔であれこれ話しかける。

 名張の名誉のために言っておくと、昼夜通して数軒の店に入り、こんな扱いを受けたのはここ1軒だけ。全国各地でありがちな「常連に優しく一見に冷たい店」に入ってしまったようだ。

 注文システムもわかりにくい。ガラス張りの冷蔵ケースに缶ビールや缶チューハイが並んでいて、常連のオヤジ客が自由に取り出して飲んでいる。だが、

「これは好きなものを取っていいの?」

 と聞くと、女性店員は、

「は? まあ……いいですけど」

 とケゲンな顔。その「けど」は、何の「けど」だよ。そして飲みきりサイズの瓶入り冷酒に手を延ばすと「あーそれはダメです!」と大声で責めるように言う。よくわからん。

 ――奥西氏は、集落では浮いた存在だったそうだ。端正な顔立ちの男前ぶりが、反感を買うこともあったかもしれない。それと彼が犯人になったことが関係あるかは、もちろんわからないが。

 常連が集まりだし、女性店員も一緒になって、ワイワイ盛り上がっている。僕ひとりだけ蚊帳の外。

 山間の集落で、奥西氏もこんな風に孤独感を抱きつつ、暮らしていたのだろうか――ふとそんなことも思った。

 女性店員の態度があんまりなので、腹いせに(それもどうかと思うが)ワインを注文しようと思ったら、メニューにはない。冷蔵ケースの中にかろうじて数本だけ、コップ酒みたいな白ワインがあり、1本飲んで出た。

 スッキリしない気分で2軒目に入ったら、今度は感じのよいご主人に迎えられホッ。ただし事件に関しては「葛尾は行ったことないなあ」とだけ言い、それ以上の会話はふくらまなかった。

 翌朝は宿泊したホテルで朝食をとり、あとは帰るだけ。

 バイキング朝食の片隅に、生卵が並んでいる。何も考えずにしょう油を垂らし、かき混ぜていると――食卓の隅に置かれた「卵の紹介文」に気づいた。

「朝食の卵は、奈良県の山添村葛尾という、自然豊かな場所で産み落とされました」「名張川のせせらぎを聞きながら、のびのび育った鶏たちが産んだ有精卵です」

 ――文章から浮かぶのは、一点の曇りもない、のどかな里山の風景。あの「名張毒ぶどう酒事件」が起こった集落が県境をまたいで広がる、その片割れであることなど微塵も感じさせない。

 なんとも複雑な気持ちで卵かけご飯をかきこむと、名張を後にした。

ホテルの朝食。左端に生卵が(筆者撮影)
ホテルの朝食。左端に生卵が(筆者撮影)