「もんじゅ」の街ぶらり旅 敦賀(1)

近代的な外観のJR敦賀駅(筆者撮影)

まるで「原発鉄道」小浜線

 京都北部の舞鶴を出たJR小浜線の汽車は、すぐに県境を越えて福井県に入った。

 若狭高浜駅を過ぎると、車窓にカラフルな原発PR施設「エルどらんど」が見える。続く若狭和田駅を挟んで、2駅先は若狭本郷駅。駅名こそ「本郷」だが、ホームには「ようこそ おおい町へ」と書かれた大看板が立つ。ここには大飯原発がある。

 小浜市、若狭町を過ぎて、汽車は美浜町へ――まるで原発鉄道だ。原発銀座と呼ばれる若狭湾だが、こうして汽車で通過してみると改めて、その密集ぶりに驚く。

「間もなく敦賀、敦賀に到着します。お降りになるお客様は、お忘れもののないよう~」

 汽車は大きな敦賀駅に滑り込んだ。若狭湾沿いの中核都市である敦賀にもまた、原発がある。敦賀原発、2003年に発電を停止し、廃炉の手順が進んでいる新型転換炉原子炉「ふげん」と、そして2016年12月に廃炉が決まったばかりの高速増殖炉「もんじゅ」。その語源は言うまでもなく「三人寄れば文殊の知恵」の、文殊菩薩の「もんじゅ」である。

高速増殖炉の夢やぶれて

 高速増殖炉「もんじゅ」は「夢の原子炉」となるはずだった。

 プルトニウムを含むMOX燃料を使い、さらに使用した以上の燃料を増殖しながら発電する「永久に燃料が枯渇しない」原発。それはエネルギー資源に乏しい日本に、輝く未来をもたらすはずだった。1960年代に、事業主体となる動力炉・核燃料開発事業団(動燃)が発足。その後、近隣に原発ひしめく敦賀市での建設が決まり、1985年に「もんじゅ」本体工事着工。1991年には機器据付工事が完了し、試運転が開始された。

 高速増殖炉は、臨界実験装置から始まり5段階を踏んで、実用化される商業炉へと移行する。「もんじゅ」は3段階めの「原型炉」。その後は経済性を確認する4段階めの「実証炉」を経て、商業炉を稼働させる計画だった。

 夢の高速増殖炉――だがその実用性には大いなる懸念もあった。まずは稼働に莫大な費用がかかること。「もんじゅ」は建設費だけでも実に約5900億円かかり、さらに年間の運営費が200億円前後、膨大な研究開発費も必要となる。実用後に果たしてその莫大な経費を回収できるのか。

 そして冷却には水ではなく、液体ナトリウムが使われる。液体ナトリウムは水や空気に触れると、大爆発を起こす代物だ。安全確保のためには莫大な建設費がかさむし、地震大国日本で、その安全な実用は可能なのか。

 何よりも――燃料となるプルトニウム自体が危険である。核燃料の材料ともなり、半減期は実に2万4千年、その危険な存在は半永久的に人類を脅かす。100%安全な保有は本当に可能なのか。

 さまざまな懸念を抱えつつ「もんじゅ」は1994年4月に臨界。1995年8月には発電を開始したが……。

 同じ年の12月8日、ナトリウムが漏れて、火災が発生した!

999&ヤマト商店街!

オシャレな駅前バスロータリー。でも人は少ない(筆者撮影)
オシャレな駅前バスロータリー。でも人は少ない(筆者撮影)
「立石」行きバスの、終点「立石」の1つ手前が敦賀原電前(筆者撮影)
「立石」行きバスの、終点「立石」の1つ手前が敦賀原電前(筆者撮影)

 なんだこれ、すげーデカくて新しいな敦賀駅。ダークグレイの大きな駅舎は、まるで近代美術館を思わせる佇まいだ。駅前のバスターミナルもアートしているし。ただしオシャレで整った駅前に、人の姿は少ない。

「美浜発電所行き」路線バスが出発する。乗客はひとり。敦賀原電行きバスも出るが、時刻表を見ると……1日3本か。バス停がオシャレな割には、ずいぶん少ない。

 とりあえず街をブラブラして、昼飯を食べよう。駅を背に延びるアーケード街を歩き出す。

 なぜこのふたりが、ここに!?

 歩き出した途端、ふたりは唐突に現れた。オシャレバス停のそばに立つ銅像は『銀河鉄道999』のメーテルと鉄郎。松本零士さんって敦賀出身だっけ? 1枚写真を撮って先へ……ん?

「あ、あった!」

 ここで背後から、中年カップル(45歳くらい?)が現れ、俺をさえぎってメーテルと鉄郎の前に立ち(気を遣えよ俺に)、おもむろに記念撮影。メーテルの横に立つ彼氏を彼女が撮影し、鉄郎の隣に立つ彼女を彼氏が撮り、続いてふたり一緒にメーテルの隣に立って自撮り。そして銅像の横のボタンを押すと、ゴダイゴの『銀河鉄道999』が流れ出した!

 ジャーニートゥザスターズ! フルコーラスをウットリ聴く彼らは、しばらくそこをどく気配がない。写真はあきらめ(あとで撮った)とりあえず先へ進む。

999&ヤマトの像が並ぶアーケード街「ゆめさき通り」(筆者撮影)
999&ヤマトの像が並ぶアーケード街「ゆめさき通り」(筆者撮影)
商店街で見た原子力館の案内ポスター(筆者撮影)
商店街で見た原子力館の案内ポスター(筆者撮影)

 駅を背に延びるアーケード街は「ゆめさき通り」。その他の地方都市の商店街と同じく、シャッターを閉じた店が多い。人通りも少ない。そしてまた銅像が。一升瓶を持った眼鏡のオジさん――あ、この人覚えている。『宇宙戦艦ヤマト』のお医者さんだ。

 ここで説明板が立ち「なぜに999&ヤマトなのか」謎が解けた。

 その昔、東京とヨーロッパを結ぶ「欧亜国際連絡列車」という、これまた壮大な鉄道が通っていた。といっても海上は船舶で経由するわけで、敦賀はその発着地、日本の玄関口だった。新橋を出た列車は敦賀に直行し、船に乗り換えウラジオストクへ。そこからシベリア鉄道に乗り、大陸横断。そんな地球を股にかけた大スケールの旅の拠点が、ここ敦賀だったのである。

 日本有数の「鉄道と港の町」敦賀。そして敦賀港開港100年を記念して「科学都市」「港」「鉄道」のイメージを重ね合わせ『宇宙戦艦ヤマト』と『銀河鉄道999』のモニュメントが街角に建てられた。

 ……松本さんの出身地なわけじゃないのだね。そして「鉄道」「港」というよりも『ヤマト』『999』は思いっきり「宇宙」のイメージだけど。その辺は大人の事情がいろいろあったのだろうか。

 人けのないアーケードにマドンナ(!)が流れる中、銅像は次々に現れる。古代進と森雪! こんな顔だったっけ古代? 朝のワイドショーに出てくるアイドルの人にも見えるが。

 BGMがバッハの『G線上のアリア』に変わる中(脈絡がない!)続いて……これ誰だっけ? サーシャ? だんだんわからなくなってくる。

 うーむ、これはわからん「アルフォン」って誰?

「パルチザンに加わった雪は、戦場でアルフォンに再会する。しかし彼は銃弾に倒れてしまう」(説明文)って言われても、誰だよアルフォン。そういえば俺は『さらば宇宙戦艦ヤマト』までは見たが、続く3作目で死んだはずの古代や雪がシレッと出てきたんで、それ以降は見なくなった。だから知らない。

 交差点をまたいでアーケード街は続く。巨大ショッピングビルの1階に……おおっ、名古屋の名物ラーメン「すがきや」が! 昼飯はここか? 敦賀まで来て、それはナシか? 考えつつ、とりあえず先に進む。

「惑星デザリアム」スカルダートの罠に気づき、反撃に出るヤマト波動砲によって~そろそろ完全にわかんねーなこりゃ。続いて「サーシャの最期」って知らんわもう。そんなヤマト&999の銅像に混ざって、空き店舗のガラス戸にさりげなく「敦賀原子力館」のポスターも。

 なんだこりゃ、ロンゲの大入道?

 と思ったら首から上のスターシャだった。そもそもこの人は、宇宙空間に霧のように存在する感じだったから、銅像にするとすごい違和感。イースター島の巨像のようだ。

 そんなスターシャの力をもってしても、アーケード街に人は少ない。横丁にスナック看板が並ぶ「本町1丁目商店街」も閑散。アナライザー(懐!)の銅像を過ぎるとアーケードは途絶え、ようやく銅像も途切れた。

 おっ、ソースかつ丼の「ヨーロッパ軒」。昼飯はコレか?

 と思ったら本日定休日。俄然ソースかつ丼が食べたくなり、ランチメニューにソースかつ丼もある海鮮食堂に入ったら、けっこう客が入っている。観光の人もそれなりにいる。

 カウンター席が空いているので、端に座るオジさんの隣の隣に1席空けて座ろうとしたら、すかさず作務衣店員姉さんが飛んできて「端から詰めてください!」ってけっこう上からな感じ。ほかの客が全員、寿司か天ぷらを頼んでいるので「ソースかつ丼ください」と言えずに天丼を頼んでしまう。

 1800円もした割には、大したことなかったチクショー!

 海沿いの道に出ると、何やら巨大な建物がドンドンドーンと並んでいる。ウルトラ巨大な「市民文化センター」と、その対面には「きらめきみなと館」。ハコ物。原発マネーで作ったのだろうか。

 駅に戻ると何のことはない、駅前の年季の入ったいい感じのそば屋に、800円でソースかつ丼があった。ここで食べればよかった。

 さて午後はどうしよう。駅前のオシャレバス停をチェックすると、1日たった3本の敦賀原電行きの、貴重な2本目が12時50分に出る。PR館もあるし、行ってみようか。

 というわけで、オシャレバス停でポツンとバスを待っていると(俺以外に人がいない)敦賀原電経由「立石」行きバスがやって来た。「立石」といっても、東京葛飾区の飲み街ではない。(2回目に続く)

スターシャ?(筆者撮影)
スターシャ?(筆者撮影)
巨大な施設が並ぶ(筆者撮影)
巨大な施設が並ぶ(筆者撮影)