復興の街 本音ぶっちゃけ?ぶらり旅 女川(1)

女川駅前の商業施設「シーパルピア女川」/筆者撮影

イシマキ軍団を乗せて列車は女川へ

仙台から仙石東北ラインに乗り、石巻に着いた。そして石巻線のホームに行くと、大量の人、人。そのほとんどが高齢者で、胸元または帽子のそろいの、ツアーのシール!

意外な光景にあっけに取られていると、すぐそばにいた高齢女性が、お仲間にこう言った。

「ここは何ていう駅?」へっ、何言ってんの?

隣にいたオジさん「女川じゃねーの?」

さらに隣の婦人「女川じゃないよー。女川はこれから向かうのよー」

さらにさらに隣の婦人「(駅名標を見て)これ何て読むの? イシマキ?」

もうひとり別の婦人「イシノマキじゃないの、コレ?」

……この軍団はもしかして、石巻も女川も被災地だってことを知らずに、これから女川に行くのだろうか。日本の劣化の一因を見る思い。そして今日は日曜だが、女川は今こんなに、観光地として盛り上がっているのか?

列車が来て、ドアが開く。降りる人がけっこういるが、杖をついた高齢女性が構わず乗ろうとする。帽子にはツアーのシール。

「●●さーん、降りる人が先よー」

お仲間の誰かが言ったが、杖を左右に振りながら、結局その婦人は降りる人より先に乗った。

大丈夫か、日本。

4年越しの「まちびらき」

宮城県の北東部、太平洋に面した牡鹿半島の付け根の街、女川。沖合の海は寒流と暖流がぶつかるため、サンマをはじめ様々な魚介が集まる海の幸の宝庫で「世界三大漁場」のひとつとも言われている。

そんな漁業の街・女川も、東日本大震災では甚大な被害を受けた。崖に挟まれた市街に押し寄せた津波は高さを増し、街の中心を襲った津波の高さは15m近くにも達したそうだ。建物の多くが流出し、町の人口の1割近い、1000人近くものが犠牲になった。

平地が少ないためガレキの処理が難航し、復興も遅々として進まなかったと聞く。東北本線の小牛田と女川を石巻経由で結ぶJR石巻線も運航停止し、女川駅も壊滅。復旧のメドはなかなか立たなかった。

だが2015年3月21日、4年越しで女川駅が再建再開され、石巻線も全線開通し「まちびらき」が宣言された。その後、駅前商業施設「シーパルピア女川」もオープンし、壊滅状態から復活した女川は「復興のトップランナー」とも呼ばれている。

一方で女川町は、原発の街でもある。老朽化が取りざたされる日本の原発にあっては比較的新しく、1号機が1984年、2号機が1995年、3号機が2002年にそれぞれ営業運転開始。震源に実は相当近かったが、震災時も壊滅的な被害は免れ、驚いたことに敷地の一角は、町民の避難所として使われた。福島原発の報道が連日行われた一方で、この事実を知る人は多くないだろう。

僕は今回、女川を歩こうと思って向かったわけではない。女川から船に乗り、江島という周囲4km足らずの小さな島に向かっていた。震災前の2009年にも行ったことがあり、様子を見たいと思ったのだ。当然2009年に女川駅前にも降り立っているが、通過しただけなので大した記憶もない。観光物産施設(今思えば壊滅した「マリンパル女川」)でホヤのアイスを食べて、

「ホヤをアイスにする意味ってあるのかな」

と思ったくらいだ。

だが今回、女川駅前に降り立って、いろいろ感じることがあった。先入観なくレポートしてみたい。

「プロムナード」を歩く

再建された女川駅。左半分は温浴施設/筆者撮影
再建された女川駅。左半分は温浴施設/筆者撮影

女川駅に着いた。三角屋根の大きな、木をふんだんに使った新しい駅。そして仙台までの切符しか買っていなかったので、窓口で精算……あれ?

いるはずの駅員氏がいない。「荷物の積み出しで外しています」と書いた紙が置かれている。このまま出てしまえる感じだが(いけません)復興の街で(ってかほかの場所でも)キセル行為など働いてはいけない。戻ってくるのを待つ。まあノンビリしているね、とりあえず。

戻ってきたので精算。そして荷物が少しデカいので、コインロッカーでもあれば預けようと思ったが、ない。どこか預けられる場所はありますか?

「駅前にカマスっていうのができたんですけどねー、日曜は休みなんですよー」

あれま。カマスってどういう意味? 魚の街だけに、魚のカマス? そして観光客が集まる日曜に、荷物を預けられないとは。

まあ仕方ない。復興中の街で贅沢を言ってはいけない。東京とはワケが違うのだ。とりあえず駅を出て歩き出す。石巻から乗った軍団が一か所に集められ「これから語り部さんが来まーす」と、ガイドらしい女性が声を張っている。ここが被災地だとすら知らないようだが、語り部さんの語りは耳に入るのだろうか。

とりあえず、駅は大きい。だったらロッカーくらい置いてほしい……いやいやそんなこと言ってはいけない。とにかく大きい。その半分が駅施設で、もう半分は温浴施設「ゆぽっぽ」。あとで入ろう。そして「ゆぽっぽ」にどんどん人が入っていき、入れ替わりにどんどん出てくる。繁盛しているようだ。駅前にはほかに足湯もあるが、脱いだり拭いたり履いたりするのが面倒なので、今は入らない。そして駅を背にして立つと、正面にウワサの「シーパルピア女川」が。

ひょえーっ、オシャレだね何だか!

そろいの街灯が海のほうに向かってドーンと並び、その両脇に三角屋根のウッディな店がドンドンドーンと並んでいる。入口手前の地図を見ると、街灯に挟まれ延びる通路は「レンガみちプロムナード」。東北の漁業の街・女川はむしろ演歌のイメージだが、ここで「プロムナード」なんて文字を見るとは。

それでも「シーパルピア」の両側には山がそびえ、至るところで工事中。むき出しの山肌が見え、たくさんの重機がこれでもかと動いている。

時刻は12時前。昼飯処を物色しつつ「シーパルピア」の「プロムナード」を進む。流れてくるBGMは……ジャズピアノ! そして右にカフェ、左にバー、まさかのスタイリッシュな街並み! 俺いま女川にいるんだよね?

海鮮ランチを食べつつ、日本の今後が心配になる

それでも徐々に「海鮮丼」「ウニ・イクラ」のノボリがはためき出しホッ。やっぱ女川に来たら、昼は魚だろう。目に留まった1軒に突入してみた。

……ぎょ、行列? 魚介が山と積まれた物産コーナーの一角に、海鮮食堂の食券マシン、その前に行列が! 驚きつつ並んで食券を買うと「172」と番号が印字されている。

というわけで食堂は大混雑。高齢者だけじゃなくカップル、家族連れも。ガラス窓に面した1席をなんとか確保するが、こんなに人が多いとは。

「ひゃく、ろくじゅう、に、ばんのかた、窓口までお越しください」「にひゃく、ろくじゅう、さん、ばんのかた~」

何だなんだ、無機質な録音女子声で呼び出しアナウンスが流れ、呼ばれた人がイソイソと料理を取りに行く。この感じ、初めてじゃない。何かに似ている。デジャブ。郵便局の支払い窓口、メガ病院の順番待ち……アレだ、巨大スーパーのフードコート!

落ち着け俺。復興中の街に人が大勢来て、けっこうなことじゃないか。大量の人をさばくには、録音呼び出しも仕方ないわけで。とりあえず172番が呼ばれるのを待つ。店内の壁には有名人のサインがズラリ。東北出身の大物俳優、大物ミュージシャン、超大物政治家の息子、集団アイドル、芸人から画家に転進した彼。

……あ、窓の向こうをふと見ると、プロムナードのドン詰まり。その向こうに低い地面が広がっている。漁船が係留する一方で、やはりたくさんの重機が動き、倒壊したままの建物も。僕が今いる地面は、カサ上げされた地面なのだ。でも――。

街を襲った津波は15m、今いる地面はどう見ても、そこまでの高さはない。

「ひゃく、ななじゅう、に、ばんのかた」

呼ばれた! イソイソと取りにいったよ海鮮丼。色とりどりの刺身が放射状に並び、中央にエビが尾を立ててピン。まあ美味いけど、ここまで何か腑に落ちない気も。壊滅した街に再び人が集まっているのだから、水を差すべきではない。それはわかっているんだけど。

「ここ空いてるよー」

左隣にカップルが来た。ロンゲ茶髪の女子が席につくなり、窓の向こうの風景を見て言う。

「わあなんか、チョー漁港って感じぃ」

……なんだよ「チョー漁港って感じ」って!? 普通に「漁港」だろうが全くもう。しかも大・工事中でそれほど「チョー漁港」じゃないし。だがあきれるヒマもないまま、さらに右隣には子連れファミリーが。

「ケントお寿司食べるよケント!」「早く来なケント!」あーもうここはアンタの家じゃないんだからボリューム下げろよ母! ケントケントってデリカットか。そして大混雑のため、家族まるごと座れる空席はない。するとケント(推定4歳)が俺を見て言った。

「ママー、ここもう空きそう!」

……4歳児とは思えない鋭い眼光のケント、その手には「上にぎり」と書かれた食券が握られていた。どうなる日本!?(こんな文章でいいのか復興の街歩き、でも次回に続く)

「チョー漁港って感じ」ではない。復興にはまだ時間がかかりそうだ/筆者撮影
「チョー漁港って感じ」ではない。復興にはまだ時間がかかりそうだ/筆者撮影