原発の街ぶらり旅 伊方(1)

「道の駅伊方きらら館」の真北に伊方原発がある/筆者撮影

夕暮れの松山駅は、観光客でいっぱいだった。大きなスーツケースをガラガラと引きずって、30人ほどの集団が市電乗り場に向かっていく。

「◎▲◇×★▽※!」

大音量で響く中国語。彼らがいっせいに乗り込むと、狭い市電の中は満杯になった。巨大スーツケースが邪魔をして、降りる客が降車口までたどり着けない。それでも彼らは気にする様子もなく、大音量でしゃべっている。

――ここから西へ約60km進んだ先に原発があることを、彼らは知っているのだろうか。中国人だけじゃない。松山を訪れるたぶん多くの観光客が、道後温泉や「坊ちゃん」のことだけを考えて、原発のことなど眼中にない。

3.11のあと、日本中の原発はいったん止まった。だが鹿児島県の川内原発1、2号機に続き、今年(2016年)8月12日に伊方原発3号機が再稼働した。

僕は松山に1泊して、翌日は原発がある伊方に向かう。そして少々、気が重い。

地図を見るだけで不安が募る

四国で唯一の原発がある愛媛県伊方町は、愛媛県の最西端に延びる佐多岬半島にある、というよりも半島がイコール伊方町と言ってもいい。

佐多岬半島は東西約40kmにわたって延びる一方で、南北の幅が非常に狭く、とにかく細長い。地図で見ると、半島は何か鉛筆でも突き刺したように突き出ていて、こんなに細長い半島がよくもまあできたものだと感心してしまう。そして伊方原発は、その半島のほぼ付け根にある。

――もし大地震や津波で、この原発に事故が起こったら――地図を見ながら想像するだけで恐ろしさがこみ上げる。原発から半島の西端に向かって国道が1本延びているが、ほかに道はあるのだろうか。原発の西に延びる半島に住む人々は、もし事故が起こったら、どこへどうやって逃げるのか。なぜこんな場所に原発を作ったのか、と素直に疑問が湧く。

報道を通じて「伊方原発」の名を知る人は多いだろうが、その位置を知らずに論じている人もいるかもしれない。という僕も恥ずかしながら、位置をよくわかっていなかったので、じゃあ行ってみようと思い松山に来たわけである。明日僕は、伊方町の東の八幡浜市に宿を取り、日帰りで伊方まで行く。たったそれだけのことだが、地図を見るほど不安になる。

大丈夫、明日は大地震は起こらない――そう言い切れる確証など、どこにもない。現に3.11以降、震度5以上の地震は全国各地で頻発している。茨城県北部、北海道、小笠原沖そして熊本(この旅のあと鳥取も)。火山の噴火も多い。鹿児島県の口永良部島、箱根の大涌谷。地球が動き出している。

伊方原発の1号機が稼働したのは、昭和52(1977)年。それから間もなく40年、半島に住む人々は、そんな不安を感じつつ暮らしてきたのだろうか。「原発の地元は交付金で潤っている」と揶揄するのは簡単だが、こうして日帰りで訪ねるだけでも不安がまとわりつく。

半島には約5000人が住むそうだ。そして僕ら都会人は、今日もノンキに1日中、電気を使っている。

夜、松山のホテルの部屋でテレビを点けると「沖永良部島で震度5弱の地震発生」を伝えるニュースが流れてきた。

アンパンマン列車で原発の手前の街へ

八幡浜駅前の、伊方行きバス乗り場/筆者撮影
八幡浜駅前の、伊方行きバス乗り場/筆者撮影
八幡浜の銀座商店街。人通りは少ない/筆者撮影
八幡浜の銀座商店街。人通りは少ない/筆者撮影
八幡浜出身の名士、二宮忠八を初めて知る/筆者撮影
八幡浜出身の名士、二宮忠八を初めて知る/筆者撮影

「みなさんこんにちは、ぼくアンパンマン!」

車体いっぱいにアンパンマンが描かれた特急「宇和海5号」に乗ると、アンパンマンの声でアナウンスが流れ出した。松山から八幡浜まで50分。

伊方町役場近くにビジネスホテルが1軒と、旅館や民宿も数軒あるが、あえて八幡浜のビジネスホテルに宿を取った。町に鉄道駅はないし、僕は車を運転しないので、万が一の場合に足を確保しやすい八幡浜に泊まることにした。

松山を出ると車窓は森に包まれ、緑深い山の腹を縫うように列車は進んでいく。トンネル、またトンネル。途中から線路に沿って、片側1車線だけの幹線道路が延びる。これが国道?

八幡浜駅は古い木造で、新しいアンパンマンのノボリが風になびき、少々そぐわない。ホームに「別府連絡」と書いた看板が見える。八幡浜と大分の別府、臼杵はフェリーで結ばれている。

フェリーが出る港まで駅から1km、今夜のホテルも駅ではなく港の近くにあり、荷物を引きずってテクテク歩く。街の中心は駅ではなく港のようだ。途中に「三崎港39km」の表示が。佐多岬半島の西部、三崎港からも大分に向けフェリーが出るが、39km。遠い。

ホテルに荷物を置くと、時刻は午前9時40分。伊方町行きのバスは、途中で役場方面行きと三崎港行きに分かれる。まずは原発近くのPR施設「伊方ビジターズハウス」に行きたいのだが、バスは1日6本と少ない。次のバスは10時52分、1時間12分後。八幡浜の街を、夜の飲み処を探しつつ少しブラつく。

至る所に立つ「八幡浜ちゃんぽん」のノボリ。ご当地B級グルメだろうか。また「二宮忠八生誕地」看板も多いが、金次郎ならまだしも忠八って誰だ?(模型飛行機の動力飛行実験に成功した「飛行機の父」だそう)。あとはスナックと、雀荘も目立つ。閉じた商店のシャッターに、あらゆる政党の選挙ポスターがベタベタと貼られている。

ボー、ボー、ボー。汽笛に誘われて港に向かうと、途中で市役所の前に差し掛かった。敷地の一角に四国電力(以下「四電」)の装置「モニタくん」(人か?)が置かれ、放射線の平均線量率が電光掲示板に映し出される。ただ今の線量率、1時間あたり20ナノグレイ(nGy/h)。高いのか低いのか、とりあえず異常はない様子。

アーケード付きの「銀座商店街」を歩く。やはりシャッターを下ろした店と「貸店舗」貼り紙が目立つ。原発に近い八幡浜市は、さまざまな恩恵にあずかっていると聞くが、景気は今ひとつのようだ。

人気(ひとけ)のない静かなアーケード街の一角に、最近よく見かける自虐川柳がいくつも貼られている。「爺さんと どっちが長生きLED」とかこりゃまたブラック。そんな中に、この一句。

「再稼働 許してみんな 極楽へ」

……え?

誰が誰に「許して」と言っているのか。誰が誰を許すのか。

「極楽」は、原発恩恵で潤う街のこと? それとも……。

川柳の上半分/筆者撮影
川柳の上半分/筆者撮影
川柳の下半分/筆者撮影
川柳の下半分/筆者撮影

狭い国道、トンネルに次ぐトンネル

三崎行きバスは13分遅れでやってきた。意外に大きなバスで、夜行仕立てのゆったり3列シート。乗客は高齢者が多く、僕はもしかして最年少か。いざ原発の街へ。

市街を出たバスはすぐ、緑の森に突入。途中にトンネル……うわっ、細い! なんと対向車とすれ違いできず、入口に誘導のお兄さんが立ち、双方から通過する車を交互に通している。トンネルの数百メートル手前で「減速」看板を必死に上下させるお兄さんも。これが国道? 避難路?

トンネルを出たところで、客の誰かが降車ボタンを押すと、若い運転手が胸元のピンマイク越しに、

「お知らせいただき、ありがとうございます」

と言う。ずいぶん丁寧に言うな。バスは「新伊方」バス停で停まり、ここで役場行きと三崎行きに路線は分かれる。パチンコ屋が見える。

バスは登坂車線をどんどん上っていく。またトンネル――長い。車窓の両側に山が連なり、そのふもとにへばりつくように、細長い集落が延びている。三崎港までまだ29km。

またトンネル、さらにトンネル! 途中で「伊方峠」の表示と、谷底にダムも見つつ、結局計6本ものトンネルを抜ける。ここでようやく、

「次はビジターズハウス、伊方原子力発電所前でございます」

とアナウンス。意外にサラッと言う。「ご見学のかたは次でお降りください」って、多いのだろうかご見学のかたは。

とりあえず降りる。ほかにもうひとり、少々オタクっぽい?お兄さんが降りる。手にはスマホ……ポケモン!? そして降りた僕の目の魔を横切る――装甲車?

ビジネスセンター入口で、ここでも電光掲示板が放射線量率を示している。17nGy/h、八幡浜市内より低いなと思いつつ、センターに向かった(続く)。

伊方ビジターズハウス入口/筆者撮影
伊方ビジターズハウス入口/筆者撮影