沖縄全戦没者追悼式に一般参列した

平和祈念公園の追悼式会場。白いテントの屋根が並ぶ/筆者撮影

随所に気楽さも垣間見つつ会場へ

6月22日夕方、沖縄に着き行きつけの数軒に顔を出す。

店主「今回は、那覇で仕事?」

僕「いえ、明日は糸満です」

店主「糸満で何かあるの?」

――いやほら追悼式が、と言うと店主は「ああそうか明日か。じゃあ明日は客少ないかもなー」と言って、屈託なく笑った。

ほかの店でも「明日は映画でも行こうかな」「俺は(追悼式に)一度も行ったことない!(むしろ得意げ)」など反応もさまざま。県民全員が式典に行き、神妙に喪に服するわけではけっしてない。県はこの日は休日なので、遊びながら心の片隅で黙とうする人も多いようだ。

明けて23日9時、県庁に行くと行列らしきものができている。祈念公園行き無料シャトルバスが出るのだが、どこから乗るのか、どこが行列の最後なのかイマイチわからない。

「ここに並べばいいかねー?」「整理券とか出るのかねー?」「わからんサー」全くもう。バスが出るのはありがたいが、もう少し整理してほしい。この辺はいかにも「てーげー(大概/適当」沖縄だ。汗が吹き出る。今年は例年にも増して暑い。快晴、最高気温33度。

なんとかバスに乗れて出発。車内は花束を持つ高齢者の姿が目立つ。麦わら帽子、黒いかりゆしウェア。

「ほら対馬丸が沈没したでしょ。ウチはそのとき~」隣の席のオバアちゃんが、淡々と話している。その隣のオバアちゃんが「辛かったわねー」と答え、微笑みを浮かべる。

空港を過ぎると渋滞も収まり、バスは快調に飛ばしていく――こんな道あったか? 糸満市内に入ると記憶にない、立派なハイウェイをバスは疾走。眼下に海が広がる。

最近は沖縄に行くたび、新しく立派な道ができていて驚く。バイパスが何層も重なり、まるで未来都市の景観。だが一方で、最近の沖縄は貧困問題にあえいでいる。車窓の未来都市ぶりと「貧困」の2文字がつながらない。

歩道に白ゼッケンをつけた人々の大行列、沖縄県遺族連合会の平和行進だ。バスは速度を落とし控えめに、行進を追い抜く。「車道に出ないでくださーい」とアナウンスが響く。

ひめゆりの塔の前へ。冗談Tシャツ屋も変わらず営業中。激戦地、米須を抜けていよいよ祈念公園へ――あれ? 毎年いる「ギターをかき鳴らし絶叫するラブ&ピース兄さん」が見当たらない。バスは駐車場内の臨時シャトルバス乗降場に停まり、ドアが開く。

「お花いかがですかー?」

……うっ、バス降り口目の前に臨時の献花屋が。ほっかむりした売り子オバアちゃんが「商売」に精を出している。僕は昔「ひめゆりの塔」で、バスを降りた瞬間オバアちゃんに花を持たされ「ハイ300円!」と抵抗する間もなく金を払わされたことがあり、それ以来このテの献花屋には近づかない。

「かき氷とアイスクリームいかがですかあ!」「お弁当いかがですかあ!」

公園の売店に400円弁当がズラリ、アイスはもちろんブルーシール、33度だから飛ぶように売れている。僕はスポーツドリンクを1本だけ買うと、早めにテント下の一般参列席に向かった。

あっちの列が早いサー

会場には巨大テントが設置され、パイプ椅子がズラリ。その一角に「一般参列席」があり、僕のような県外者も座れるのだ。ただし金属探知機による荷物チェックあり。

チェックの列は数本、ここで恒例「あっちの列が早いサー」情報が飛び交い、僕も早い列に並ぶ。隣のオジさんは100円ライターが引っかかり「捨ててください」と言われる。その後ろのオバアちゃん「アレで火炎ビン投げるサー」って、しないでしょーそんなこと。

「式次第」をもらい前方席へ。まだ10時半、式の開始は11時50分。気温33度の中で1時間20分待ちは辛いが、早めに前方席に座らないとVIP来賓の顔が見えないのだ。

「リハーサルを行います」司会のNHKアナウンサーの声が響く。「献花を行います」「内閣総理大臣殿」お見えになるわけだ。去年は怒号が飛びかったが、今年はどうだろう。前席の、母と一緒に来た5歳くらいの少年が早くも飽きて、式次第に落書きを始める。

途中で謎の太鼓集団が現れひと騒ぎしたが、すぐ撤収。上空を報道ヘリも飛ぶ中11時半、遺族連合会の行進が到着、拍手で迎える。

11時42分、会場の「平和の丘」の彫刻紹介。黒御影石のアーチがどうこうと、でも興味がある人はたぶん少ない。そして、

「今日は熱中症に注意しましょう。そして式典の円滑な進行にご協力ください」

とNHKアナ。ここで会場の一角で拍手が起こる。安倍総理と翁長知事が会場入りしたようだが、拍手がどちらに対して起こったのかはわからない。

11時50分、追悼式は予定通り始まった。

大きな混乱もなく式は進行

浦崎副知事による開式の辞に続き、県議会議長の式辞。その全文が式次第に印刷されているが、全34行中13行が基地関係で、先日起きた米軍属による女性死体遺棄事件にも言及。そして終わると全員起立して黙とう。

長い黙とう。報道陣のカメラのシャッター音だけが響く。と思ったら「ピポパッポピッポ」と誰かのスマホの音、切っておけ。

続いて沖縄県遺族連合会会長の式辞。数年前まで女性会長による「総理、靖国神社に参拝してください」の一文があったが、去年はナシ。今年はどうかと思ったら、やはりなかった。「ご英霊」のワードが含まれる一方で「早急な移設を要求」とここでも基地の話。客席で誰かひとり叫んだが、聞き取れず。

児童合唱が流れ、献花が始まる。

「内閣総理大臣殿!」

檀上に総理の姿が見えると――あっ、数人の高齢参列者が立ち上がり、スマホで撮影! 僕の隣の妙齢婦人も一眼レフ(!)で撮りまくり、けっこうミーハーなのだ。そして、

「駐日米大使殿」おっ、キャロラインさん!初登場のときは「ヒョーッ!」と歓声も起こる人気だったが……髪型をひっつめ地味な印象。伏し目がちに登壇し、拍手する間もなく献花を終えると、すぐ見えなくなった。

献花も終わり式も佳境に。まず翁長知事が、ひときわ大きな拍手に包まれ登壇。これまた式辞文は式次第に印刷されているが、やはり33行中13行が基地関連だった。「過重な基地負担の軽減を直ちに実現するよう」のところで大きな拍手。一方途中で「靖国に参拝してこいオナガー!(呼び捨て)」とか叫んだ男がいて、すぐツマみ出された? でも大拍手に包まれ式辞は終わった。

続いて848応募作品から選ばれた「平和の詩」朗読。今年はタコライスの街、金武町の小学6年生女子が選ばれ、堂々たる朗読ぶりに大きな拍手。ちなみに去年はイケメン男子高校生が選ばれ、某週刊誌が「黄色い声援が飛んだ」とか書いていたが、断じてそんなものは飛んでいない。全く週刊誌って奴は。

そして安倍総理、サラッと登壇! ――サラッとし過ぎたのか災いしたか、拍手する間もないまま、原稿を読み上げ始めた。

例年よりも淀みないスピーチだったが、できれば自分の言葉でしゃべってほしいと思った。米軍属の事件について「強い憤り」「日米地位協定の見直し」というワードも出たが、どうにもスピーチの「原稿感」が強くてあと一歩、胸に響かないのだ。終盤に「沖縄の振興に全力で取り組み」の一文も含みつつ、式辞は終わった。終わったあとに参列席から「帰れ―っ!」とヤジが1発飛んだが、終わったんだからそりゃ帰るでしょー。

というわけで2,3あったものの、去年より穏やかに追悼式は終わった。

傾きのない中立を保ってほしい

さて最近は式に「行かない」県民から「追悼式は基地反対を叫ぶ場所じゃない、戦没者に失礼だ」という声もけっこう聞く。基地撤廃を唱えつつ、そうした意見を言う人(県民)も、僕の周辺では少なくない。

県議会議長に遺族連合会会長、そして知事。その式辞における「基地の比重」は、ここ数年では今回がいちばん大きかった。もちろん反戦と基地問題は密接に関連するし、式辞に込めた想いもわかるのだが、一定以上の比重で「基地」を盛り込んでしまうと追悼式の中立性が失われかねない。ちなみに去年も今年も「追悼式に行く」と言ったら複数の知人(県民)に「え、そっち(左)の人なの?」と言われかなり驚いた。よくない傾向だと思う。

出身地に出身国、軍民の区別なく全ての戦没者を追悼する式である。参列者までが不要な色眼鏡で見られる「傾き」のないよう「全」戦没者追悼の意味を再確認してほしい。

式は予定を10分オーバーの12時50分終了。すでに地元新聞の号外ができていて(移動編集車が来ていた)碑銘の前で涙する高齢婦人の写真が大きく載せられていた。