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英EU離脱投票:ブレクジットが「労働者階級の反乱」にならない理由

ブレイディみかこ在英保育士、ライター
(写真:ロイター/アフロ)

最新のEU離脱投票の世論調査の結果が出そろい、9社中5社が残留優勢、1社が離脱・残留同数と、相変わらず拮抗しているような感じだが、英国の最近の世論調査がいかにあてにならないかはスコットランド独立投票や昨年の英国総選挙で実証済みである。予断を許さぬ状況と判断した残留派の左派論客たちは、「英国のトランプ現象」とも呼ばれている労働者階級の離脱派たちに最後の説得を行った。

オーウェン・ジョーンズはわかりやすく離脱派が勝った場合に起こるシナリオを箇条書きにして動画で説明した。

1.保守党の右派がパワーを握る

2.総選挙の時期が早まる

3.労働者の権利が脅かされる

4.NHS(無料の国家医療制度)が脅かされる

5.公正な税制が実現しなくなる

6.EUからの報復措置

7.アンチ移民感情の高まり

8.世代間闘争

9.英国の解体

英国の労働者階級の中高年といえば、サッチャー政権時代以来の徹底した保守党嫌いが多いが、彼らがわりと本気で信じているのは、離脱派が勝てばジョーンズの箇条書き中2の「総選挙の時期が早まる」が起きて、政権交代が実現するというシナリオだ。が、ジョーンズは「早期選挙はヤバい」と言っている。なぜなら、キャメロン首相は残留派だが、実は保守党の党員は離脱派のほうが多く、離脱のシナリオになっても党の結束は崩れない。逆に労働党はそれでなくともコービン党首がうまく党全体をまとめられておらず、離脱になれば議員たちがコービンを失墜させるためクーデターを起こすかもしれないし、そうでなくともそんな足並みのそろわない政党が選挙で勝てるわけがないので、早期選挙は労働党にとってマイナスだというのだ。

また、労働者たちがアンチ・エスタブリッシュメントな気分で政権に反抗しても、離脱後にパワーを握るのが、1で指摘されているように保守党右派になるので、当然ながら労働者の権利は脅かされ、NHSの解体は進み、公正な税制の実現も遠のくだろう。保守党右派はきわめて親市場で「小さな政府」を目指すゴリゴリの緊縮派たちだからだ。さらに若者たちの層では残留派が圧倒的に多く、経済システムの犠牲になっている意識も高いことから、離脱となって経済状況が悪化すれば世代間の対立感情も避けられないだろうし、残留派のSNP(スコットランド国民党)のスタージョン首相が率いるスコットランドが再び独立を求めることになれば英国解体も自然な流れた。

つまり、現政権の緊縮財政で不満をためているワーキングクラスの人々がキャメロン首相やエスタブリッシュメントたちへの反乱のつもりで離脱票を投じても、その先に待っているのは現在よりもさらにノー・フューチャーな未来図ということになる。

「懸念はときに恐怖心を煽ることになる。だが、ときに懸念は、危機に対するリアリズムでもある」

オーウェン・ジョーンズは動画の最後でそう言っている。

一方、ガーディアンのジョン・ハリスはイングランドからウェールズまで全国の市井の人々がEU離脱投票について語る姿を取材してきたが、「誰も自分たちの声を聞いていない」「誰も自分たちを気にかけていない」と憤る離脱派の人々を目の当たりにして、「英国はワーキングクラスの反乱の只中にある」と感じたという。

が、これに真っ向から反対するような記事が、ポール・メイソンの「ブレクジットは偽の反乱だ――ワーキングクラス文化がエリートを助けるためにハイジャックされている」だ。それは、いくらオピニオン欄とは言え新聞にこんな記事が掲載されるのか。と驚くぐらい平易かつストレートな記事であり、本当に彼はワーキングクラスに呼び掛けているのだと思った。ポール・メイソンはこう書いている。

23日にとてつもない反乱を起こすつもりの人々に、僕は本物の反乱と偽物の反乱の違いを指摘しておきたい。

本物の反乱を率いるのはふつうエリートではない。

本物の反乱では、リッチでパワフルな者たちは恐ろしがって一目散に逃げていくものだ。

出典:Guardian:”Brexit is a fake revolt --- working-class culture is being hijacked to help the elite" by Paul Mason

保守党右派が率いる民衆の反乱など、あるわけがないではないか。と説くメイソンは、オーウェン・ジョーンズ同様、「リッチでパワフルな」保守党右派が権力を握った場合の労働者たちの暗い未来について説く。そして彼らを偽の反乱に駆り立てているものの正体を労働党が明確に示し、取り組もうとする姿勢を見せてこなかったから労働者の怒りが保守党右派やUKIPにハイジャックされてしまったのだと憤る。

「移民を心配するのは正しい」と言っても許容されるようになったことを僕は喜ばしく思う。だが、もっと多くの労働党議員がその理由を説明すればいいのにと思う。労働者階級の、特に民間セクターの低賃金労働者は、緊縮財政や住宅不足、そして上がらない賃金を心配し、欧州から制限なく入ってくる移民の労働力が彼らの生活に悪影響を与えると思っている。そしてそれが正しい場合もあるのだ。(中略)労働党の影の大臣たちは、最近になってはっきりと大声で、移民だけを雇用する低賃金の仕事を作り出すことをやめさせる対策を講じると語り始めた。(中略)はっきり言って、彼らはもっと早くにやっておくべきだったと思う。

出典:Guardian:"Brexit is a fake revolt ...working-class culture is being hijacked to help the elite” by Paul Mason

そしてメイソンは、本物の民衆の反乱は誰が率いるべきなのかについて書き進む。

本物の変革をもたらすことができるのは、労働党左派がプログレッシヴなナショナリスト政党、そしてみどりの党と一緒になった時だ。その時にはタイムズやテレグラフの編集部内でジレンマなど発生しない。彼らは一丸となって反乱を潰そうとするだろうから。

それが本物の反乱と偽物の反乱の見分け方である。敵対している者たちを見ればわかる。

出典:Guardian:"Brexit is a fake revolt ... working-class culture is being hijacked to help the elite" by Paul Mason

我が家にも労働党から残留票を促す最後のダメ押しDMが届いた。

いよいよ投票の日だ。

労働党の最後のダメ押し「Vote Remain」ハガキ
労働党の最後のダメ押し「Vote Remain」ハガキ
在英保育士、ライター

1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)、『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン)、『THIS IS JAPAN 英国保育士が見た日本』(太田出版)、『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)、『アナキズム・イン・ザ・UK - 壊れた英国とパンク保育士奮闘記』、『ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 』(ともにPヴァイン)。The Brady Blogの筆者。

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