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左派に熱狂する欧米のジェネレーションY:日本の若者に飛び火しない理由

ブレイディみかこ在英保育士、ライター
(写真:ロイター/アフロ)

「努力をすれば成功する」が通用しなくなった若者世代

英紙ガーディアンが「ミレニアルズ:ジェネレーションYの試練」という特集を組んでいる。ミレニアルズまたはジェネレーションY(英国ではこの二つは同義語として使われることが多い)というのは、ジェネレーションXの次の世代、つまり1980年代から2000年にかけて生まれた人たちのことである。

同紙が3月6日に発表した統計によると、過去30年のあいだに米国、英国、オーストラリア、カナダ、スペイン、イタリア、フランス、ドイツの8か国で、25~29歳の独身者たちの可処分所得が、全国平均のそれと比較して大幅に減少している。例えば、英国では1979年から2010年までの全国平均の可処分所得の伸びは71%だが、25~29歳の独身者では38%だ。米国では可処分所得の伸びの全国平均13%に対し25歳~29歳の独身者では-6%、スペインでは全国平均68%に対し25~29歳の独身者では-12%になる。さらに、米国、ドイツ、カナダ、フランス、スペインの5か国で、25~29歳の可処分所得が30年前と比較して実質的に減少していることも明らかになった。

また、Ipsos MORIが行った調査では、英国の人々の54%が、今日の若者たちの将来の生活水準は前の世代より低くなっているだろうと答えている。

これらの調査結果を受け、政府の社会的流動性調査委員会の代表、アラン・ミルバーンは、「このままでは英国は永久に分断された国になる」と警告する。「上の世代より下の世代の未来のほうが明るい」、「努力をすれば成功する」という中高年が信じてきた考え方は完全に過去のものになったという。

保守党政権の委員会の代表でさえ以下のようなことを言う時代だ。

「残念ですが、それはもはや通用しないということを示す非常に説得力のあるデータがあります。これは国の社会的一体性に重大な影響をもたらします。この国は、どんな社会になりたいのかという実存的危機に直面しているのではないかと思います」

出典:The Guardian :”UK faces permanent generational divide, social mobility tsar warns”

オズボーン財務相は2020年までには9ポンドの「LIVING WAGE(生活賃金)」を導入すると言っているし、昨年、大きな物議を醸したタックスクレジット削減も、拍子抜けするほどあっさり取りやめた。「保守党がだんだん赤くなってきた」と揶揄される背景には、前述のようなデータの数字に加え、泡沫候補として笑い者にされながら大勝利をおさめて労働党党首になったジェレミー・コービンの存在もある。

なぜ「選挙にいかない世代」だった若者が左派に熱狂するのか

「選挙に行かない世代」と言われて政治に放置プレイされていた若者たちが、大西洋の両側で不気味な政治勢力になりつつある。英国のコービンをはじめ、スペインには結党2年目で第三政党になったポデモス、米国にも大統領候補指名レースで思わぬ善戦をして多くの人々を驚かせているバーニー・サンダースがいる。彼らを熱狂的に支持しているのがジェネレーションYだ。

就職難、将来性のない仕事、ハウジング・クライシス、借金、下落する生活水準、結婚や子供なんて望めない。先進国では、どこの国の若者も同じような問題を抱えている。

ガーディアン紙のオーウェン・ジョーンズは、若者はけっして「政治なんてどうでもいい」と思っているわけではないという。ただ、あまりにも長い間、彼らに関係のある事柄が政策メニューに上らなかったため、自分が抱えている問題と政治をリンクさせることができなくなったのだという。しかし、コービンやポデモスやサンダースが、彼らの問題をダイレクトに解決する政策(「大学授業料無料化」「手頃な家賃の住宅の大規模提供」など)を打ち出してきたため、「こんなに自分が辛かった理由は政治だったんだ」と気付いたのである。

また、ジョーンズは、ジェネレーションYが左派を支持する理由は、「若いから理想に走っている」ということではないし、「人は加齢すると保守的になる」という説も怪しいと考察している。

例えば1984年と1988年の米国大統領選では、若い有権者がロナルド・レーガンやジョージ・H・W・ブッシュに投票したし、英国でも1983年の総選挙では多くの若者がマーガレット・サッチャーを支持した。つまり、中高年は若い頃の考え方をそのまま維持していると考えるほうが自然で、ジェネレーションYは違う考え方を持っているというのだ。

自らを社会主義者だというサンダースは米国の政治家としては例外的に稀なタイプだ。だが、65歳以上の米国人のうち15%しか社会主義に対してポジティヴな見解を持っていないのに対し、18歳~29歳の層では36%に上がる。これは、資本主義に対してポジティヴな見解を持つ同年代より3%少ないだけだ。

出典:The Guardian:"First Corbyn, now Sanders: how young voters' despair is fuelling movements on the left” by Owen Jones

日本の若者にも溜まるマグマ、これに応える経済政策はあるのか

今年の冬は1カ月ほど日本に滞在した。

「欧米のような左派が日本にも現れたら」と複数の人々が言っていたが、少なくとも、コービンやサンダースやパブロ・イグレシアスが日本に出現している気配はなかった。

とは云え、これらの指導者たちは「きっかけ」になっただけで、その前からジェネレーションYのマグマは地中でぐつぐつと滾り、きっかけさえあれば一気に噴出しそうなムードは2011年(ロンドン暴動、スペインのM15 運動の年)ごろからあった。

日本はどうなっているのだろう。

日本滞在中、エキタスのメンバーたちに会った。「最低賃金1500円」という、「民主主義を守れ」より遥かに具体的で、それゆえさらにボロクソに叩かれそうなスローガンで運動している若者たちだ。

わたしはずっと、欧州の若者たちの反緊縮運動のような「金の問題」を訴える運動が日本に出てこないのは、まだみんなリッチだからなんだろうと思っていた。が、どうもそうではないらしい。いろいろ話を聞いていると日本のジェネレーションYを取り巻く状況も欧米と同時進行で推移している。が、本人たちがそれを意識していないというか、受難の当事者意識がないという。

エキタスの藤川里恵さんはこう言った。

「『考えたくない』んだと思うんです。考えたら、先を考えたらもう終わってしまうんです。本当は中流じゃなくて貧困なんですけど、貧困っていう現実に向かい合うと終わっちゃうから・・・・。(略)労働問題とかを自分のこととして考えることをすごく嫌がるんです。だから、友達と話をするときに、そういう話題を出せない」

「私は23歳で貧困の当事者なんですけど、『私は貧困だ』ってあえて言ってるんです。そうすると私より収入が低い人とか私と同じぐらいの収入、生い立ちの人はみんな貧困っていう定義になるんじゃないかと思って。(略)そうでもしないと、やばいというか、どう言えばいいんですかね…」

同じくエキタスの原田仁希くんはこう言った。

「貧困運動とかって(精神的・身体的・金銭的)ケアとか、やっぱり貧困問題いっぱいあるんで、もう(船に)流れ込んでくる水をひたすら掻き出してるような感じなんです。『これじゃ、間に合わない!』。これじゃ間に合わないから、ちょっとインパクトの大きいものにしなくちゃいけない」

日本でもジェネレーションYのマグマはふつふつと湧いていた。

が、日本の野党はこれに応える経済政策を出しているだろうか。

英国に戻ったわたしを追いかけるように届いたのは松尾匡という学者さんの「この経済政策が民主主義を救う」だった。同著によれば、欧米と日本では、右派と左派の経済政策が見事なほどねじれているらしい。

日本では、左派・リベラルと言われている政党が「緊縮」派で、欧米の左派のような経済政策(金融緩和、政府支出)をやっているのがアベノミクスだという。

確かに、コービンやポデモス、サンダースら欧米の左派たちは大前提として反緊縮派であるから、松尾さんが書かれている通り、金融緩和に反対したり、弱者を犠牲にしてまで健全財政を目指したりしない。それは保守派がやること(英保守党の政策がその典型)だ。

日本では左派がサッチャーの如くに緊縮を志向し、右派は金融緩和と財政出動はやっても若者のためには金は使わない。となれば、ジェネレーションYは捨てられたも同然だ(日本のNPO界隈で「若者支援」という言葉がふつうに定着していることは20年間海外にいるわたしにはけっこう衝撃的だった)。

左右の政策がねじれていてもそれが独自の文化なら、何も欧米をコピーすることはない。が、洋の東西を問わず、左派とは本来、社会構造の下敷きになっている者たちの側につくものではなかったのか。

次の世代はオプティミズムを奪われているということだけが悲劇なのではない。

そういうものだと諦めさせられているのが悲劇なのだ。

不公平は不可避だという考えを否定せずに、何が左派だ?

コレクティヴな意志でそれは乗り越えられると信じずに、何が左派なのだ?

出典:The Guardian: "A war of the generations is not a solution ....hope is" by Owen Jones

在英保育士、ライター

1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)、『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン)、『THIS IS JAPAN 英国保育士が見た日本』(太田出版)、『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)、『アナキズム・イン・ザ・UK - 壊れた英国とパンク保育士奮闘記』、『ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 』(ともにPヴァイン)。The Brady Blogの筆者。

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