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「勝てる左派」と「勝てない左派」

ブレイディみかこ在英保育士、ライター

英紙ガーディアンの人気コラムニスト、オーウェン・ジョーンズが「イギリスの左派は新言語を学んで喋るべき。それはスペイン語だ」という記事を書いていた。沈着冷静な彼ですら興奮するほどスペイン地方選で急進左派が大躍進した週、わたしはポルトガルにいた。

ホテルでもバーでも食堂でも、テレビで流れているのはスペイン地方選のニュースばかりで、噂のポデモス(スペインの急進左派。ギリシャのシリザと並ぶ「欧州の台風の目」と呼ばれている)系の左派の台頭に誰もが大きな関心を抱いているようだった。

ポルトガルの庶民たちは疲れて見えた。食堂やバーの店員も、土産物屋のおばちゃんたちも、英語で言えば「fed up」というか、日常の貧しさと閉塞感にくたびれきった顔つきだ。

「なんか一昔前のスコットランドの庶民みたいな表情をしている」と配偶者が言ったのが印象的だった。

そしてそのスコットランドの人々をSNPの女性党首ニコラ・スタージョンが魅了しているのと同様、ポルトガルの人々は隣国のポデモスに夢を感じているのかもしれない。

「政治は何が正しいかということとは関係ない。成功することが全てだ」

という絶対に左翼が言いそうにないことを、ポデモスの党首パブロ・イグレシアスは言う。そしてその「成功」こそがスペインの左派が現在勝ち取っていることだ。

ポデモスのパブロ・イグレシアス
ポデモスのパブロ・イグレシアス

パブロ・イグレシアスは36歳のマドリード・コンプルテンセ大学政治学教授だ。2008年、眉にピアスをし、長髪を後頭部で一つにまとめた当時29歳のイグレシアスは、自分の講義を受けていた学生たち一人一人を椅子の上に立たせたという。それは80年代の映画『いまを生きる』のワンシーンの再現だった。そして彼は学生たちを奮い立たせ、彼らの抗議活動を支援し、彼らの指導者となる。彼が政治学の学生たちに教えたことはシンプルだった。

「君たちは権力というものについて学んでいる。そして権力とは、脅かすことが可能なものだ」

彼は共産党のドクトリンに根付いたクラシックなスペインのインテリ左翼ではない。だが、現代の世界を病ませている原因を明確に指摘し、その終焉を目指す。それは緊縮政策であり、市場主義であり、グローバル資本主義だ。

イグレシアスと彼の学生たち、そして大学教員たちは、政治討論番組を製作し、南米の左派と連動したり、インターネットを駆使しながら自らの主張を広めて行く。彼らが2014年1月にポデモス(We canの意)という政党を結成した時、大政党は「単なる反緊縮のポピュリズム」「市民運動の延長。数カ月で消滅する」と相手にしなかったという。しかしポデモスは政党設立からわずか4カ月後のEU選でスペインの第4勢力となり、昨年秋には支持率が与党を抜いた。今や11月に行われる総選挙でイグレシアスが首相になる可能性すら囁かれている。

たった一年やそこらで、スペインにいったい何が起きているのか。

今年1月、ポデモスの呼びかけで行われたマドリードの反緊縮集会
今年1月、ポデモスの呼びかけで行われたマドリードの反緊縮集会

スペインでは4人に1人が失業し、若年層では2人に1人に仕事がないという状況らしい。これは英国に住んでいても肌で感じる。近年、保育業界でも、エージェンシーからの派遣保育士にやたらとスペイン人が増えたからだ。彼らは本国で失職した人々である。マドリードから出稼ぎに来ている元小学校教員、現派遣保育士の女性が言っていた。

「ポデモスは英国でいえばオックスフォードの教授や学生たちが作った政党のようなもの。だから実は超インテリ。ただ、彼らがこれまでのアカデミクスと違うのは、地べたの人間にもわかる、パッションのこもったメッセージを送っているということ」

英語の字幕がついたイグレシアスの討論映像を見た。彼はこう言っていた。

「僕のDNAには敗北が染みついている。(中略)左派の人間は概ねそうだろう。(中略)左派は連立を組むのが好きだ。『君たちと僕たちと彼らが組めば15%、いや20%の票が獲得できる』などと言う。だが、僕は20%なんか獲得したくない。僕は勝ちたいのだ。(中略)勝つためには、我々は左翼であることを宗教にするのをやめなければいけない。左翼とは、ピープルのツールであることだ。左翼はピープルにならなければならない」

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翻ってわたしが住む英国では、「与党と野党の支持が拮抗し宙づり国会になるかも」などと騒がれた総選挙があっさり保守党の過半数獲得で幕を閉じ、左派の落胆が尾を引いている。このムードをガーディアンのオーウェン・ジョーンズはこう書く(以下、抄訳)。

「僕たち左派にとり、時計の針は2015年5月7日午後10時で止まってしまったようだ。あのホラーと信じられないショックから、僕たちはまだ逃れられない。(中略)こうなると左派は内向きになりたくなる衝動に駆られる。それでなくとも内省的な左派のミーティングは、どうやって支持を勝ち取るかという策を話し合うのではなく、グループ・セラピーの様相を呈してくる」

「僕たちの言葉は往々にして排他的で、美辞麗句や専門用語が多く、レフトな思想の持ち主にしかわからない。そしてソーシャル・メディアは、左翼の厳格なる言葉遣いの規範に外れると言って左派同士が攻撃し合う場所になっている。正しい言葉で喋ったり、書いたりしていない人物は怪しいとされ、時には裏切り者とさえ呼ばれる」

「こんなことでは左派は単なる文化的反逆児でしかない。大勢の右派の群れから自分は離れていることを主張しているだけの、ほんの一部の反抗者、またはエモいガキである。(中略)だが、社会のあり方についてうるさく批評することではなく、社会を変えることを望むのであれば、左派はそのアプローチを根本から考え直す必要がある」

「ポデモスのアプローチは、『政界の外にいる人々にとっては、右とか左とかいう概念は関係ない』という前提に基づいている。人々が最も考えるのは、説得力があり、一貫性があり、自分が理解できる言葉で伝えられた問題だ。数百万人の支持を掴むのは、統計や事実ではない。僕たちは人間だから、感情に訴えられるのだ」

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ポデモスのイグレシアスは、「左翼は庶民に語りかけていない。ワーキングクラスの人々を異星人のように扱っている。為政者は僕たちがわけのわからない言葉を話す少数派のままでいることを望んでいるのだから、それでは彼らの思う壺だ」と学生たちを叱ったことがあるという。

ポデモスは、従来の左翼の悪癖について真剣に考え、改めることによって劇的に「勝つ」ことを始めた。これはスコットランド国民党(SNP)のニコラ・スタージョン党首にも共通している。

欧州で新左派が躍進しているのは、彼らが「負ける」という生暖かいお馴染みの場所でまどろむことをやめ、「勝つ」ことを真剣に欲し始めたからだ。

右傾化する庶民を「バカ」と傲慢に冷笑し、切り捨てるのではなく、その庶民にこそ届く言葉を発すること。

スペインの学者たちがやっていることは、実はたいへん高度な技だ。

だがそれに学ばない限り、左派に日は昇らない。5月7日から日が沈みっぱなしの英国には、謙虚に学ぼうとする声が出て来ている。

在英保育士、ライター

1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)、『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン)、『THIS IS JAPAN 英国保育士が見た日本』(太田出版)、『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)、『アナキズム・イン・ザ・UK - 壊れた英国とパンク保育士奮闘記』、『ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 』(ともにPヴァイン)。The Brady Blogの筆者。

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