アンチ・ホームレス建築の非人道性

近年、英国のバス停のベンチの奥行きが異様に狭くなってきた。しかも、それは後部から前部に向かって下向きに傾斜しており、座るというより、半立ちの状態でお尻を預けることしかできない。また、公園のベンチも肘掛けがベンチの両脇ではなく中央に斬新なアングルでついているものや、背もたれと座席の角度が90度以下という腰痛の原因になりそうなものなどが出現し、ゆったりと座ることができない。

これらのデザインはいずれもアンチ・ホームレス・アーキテクチャーと呼ばれるものだ。要するにホームレスが長時間座ったり寝転がったりできないようにしてあるのだ。が、これを一歩推し進めた建築物がロンドンに登場し、マスコミに取り上げられて大きな物議を醸している。ロンドン市内の高級マンションが、正面玄関の外側スペースに尖ったメタルの鋲を打ち付けてホームレスがそこに座れないようにしたのである。コンクリートに突出する銀色の鋲のヴィジュアルは一種異様で、シュールでさえある。まるで鳩除けの棘マットの人間版のようだ。

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ニュース番組を見ていると、マンション住民はこうコメントしていた(ちなみにこの方はエミさんという日本人女性だった)。

「自分の家の前にこんな鋲が並べてあるのは、本当に居心地が悪いです。ホームレスの人々を動物扱いしているようで」

しかし、別の局のニュースでは、別の住民がこう言っていた。

「良いアイディアだと思います。物乞いやホームレスがここに寝ているとビル全体の外観に影響しますし、第一、ナイスじゃありません」

このマンションがあるロンドンのサウスウォーク・ブリッジ・ロードは、ワン・ベッドルームの単身者向けマンションの価格が50万ポンド(約8600万円)だという。いわばお洒落なリッチ層のための高級住宅地である。この界隈にホームレスが増えたのは、近隣のウォータールー地区の「ホームレス締め出し作戦」の影響だという。

こうした建築物が出て来た背景には、格差が広がっているのに、その一方で貧困層の現実が都市生活の中で見えにくくなっているという風潮がある。例えば、ホームレスに関する誤解はその典型だ。

「ホームレスとして生きることは、個人的なライフスタイルの選択」、「貧困は個人的失敗の結果だから、自己責任」、「良いシェルターがあるんだからそっちに行けばいい」というようなことを言う人は少なくないし、ホームレスの人間には簡単に福祉の手が差し伸べられると信じている人も多い。

が、この誤解について元ホームレスのライター、アレックス・アンドリューはガーディアン紙でこう指摘している。彼は貧窮して家を失った時、ホームレスが頼れる筈のシェルターがいかに少ないかということに驚いたという。しかも、地方自治体からの推薦がなければ無料のシェルターには入れず、その推薦を受けるには、「当該市町村の住民であることを示す証拠書類」の提出を求められる。つまり、過去数カ月間に自分宛に送付された公共料金の請求書を持って来いと言われるのだ。何カ月も友人宅に居候していた彼には当然そのような書類は提出できなかった。あと数日で友人宅を出なければいけなくなって地方自治体のハウジング・オフィスに行ったとき、職員は彼にこう言ったという。

「あなたはまだホームレスではありません。加え、この住所に来たあなた宛ての公共料金請求書がない」

一晩14ポンド(約2400円)の有料シェルターに泊まったこともあるらしい。が、14ポンドは当時の彼の一週間分の食費と同じだったそうだ。加え、十数人の男性が寝ている部屋はアルコールと汗の匂いが充満し、一晩中咳き込んでいる病人もいて眠れず、多くのホームレスがシェルターより路上生活を選ぶ理由がわかったという。

路上生活者を市民からは不可視な場所へと追い立てて行けば、貧困者の日常は地下に潜り、都市のパラレルワールドとなる。路上生活者は確かに存在しているのに、その息づかいは全く聞こえず、人々の意識の中にリアルなものとして存在しなくなる。路上生活者に公共料金の請求書を提出しろなどという、あまりにもアンリアリスティックな要求がまかり通っているのもそのせいだろう。

アンチ・ホームレスの鋲が全国的な話題になったため、ロンドン市長のボリス・ジョンソンは「愚の骨頂。マンション側は早急に鋲を撤去して欲しい」とツイッターに書いた。

が、そのメッセージにはこんな返信がついていた。

「私はあのエリアの住人です。酔っ払いやジャンキーが路上で寝ています。彼らを可哀そうだと思います。でも、うちの近所にはいて欲しくない」