被害者の証言に頼り切った性犯罪判決の危険性

●勾留と服役で6年

2015年2月、大阪地方裁判所は強姦(※注)事件で懲役12年の刑が確定していた男性の再審(裁判のやり直し)を決定しました。無罪判決が出る見込みです。

男性は2004年に11歳の少女を強姦し、08年(同14歳)にも同じ罪を犯したとして少女側が同年に大阪府警に告訴し、男性は逮捕されました。男性は捜査段階から一貫して容疑を否認したものの09年の大阪地裁判決は懲役12年の実刑、大阪高裁への控訴も棄却(いわゆる門前払い)、最高裁への上告も棄却されて確定、収監されました。

弁護側は納得せず、刑の確定後も被害者とされる女性や親族などの目撃者に聞き取りを進めたところ、そうした行為を受けていない。うそをついたと告白。再審請求審に新証拠として提出しました。

09年の地裁判決は「14歳だった女性がありもしない被害をでっちあげて告訴するとは考えにくい」が有罪とする決め手になっただけに、根底から覆る証言に男性の罪を問う側である大阪地検も再捜査に乗り出したら「体内に性的被害を受けた痕跡はない」とする診療記録が見つかり14年11月に男性を釈放しました。

逮捕直後の警察、検察および裁判中の勾留と服役は計約6年間に及びました。これほどの時間を無実の人に課してきたのです。

しかも診療記録について弁護側は「あるはず」と主張したのに対して、検察側は「ない」と回答しています。少女らを高裁で再び尋問したいという請求も却下されていました。

強姦や強制わいせつといった性犯罪は原則として親告罪です。つまり被害者からの訴え(告訴)がなければ裁判ができません。その事実が公の場(例えば裁判所)で明らかになれば被害者が二次被害など不利益をこうむるおそれがあるからです。言い換えると、「あえてそうと理解した上で告訴したのだから信用できる。まして14歳の少女がうその証言をする理由が見当たらない」というのが地裁から最高裁まで貫かれていた論理です。

性犯罪は被害者の証言以外に立証するのが難しいケースがしばしばです。弁護側が証言の不確かさを突こうと考えても、検察や裁判所は「被害者を二重に苦しめる」恐れありとして消極的になりがち。診療記録のような証拠も同じような論法で徹底的に調べない傾向があります。

問題は、それはそれで正当性のある判断という点です。性犯罪は卑劣であり、かつ被害者の人権を守る必要が他の犯罪より大きいというのは誰でも納得するでしょう。だからといって冤罪(ぬれぎぬ)を許していいはずもなく、今回のように加害者とされた人が一貫して否認している場合は「反省がない」などと安易に断罪せず、調べるべきは調べるといった配慮を一層深めなければなりません。

●最高裁で逆転、無罪

性犯罪について、これまでも冤罪を生みかねない状況に警鐘を鳴らした判決が出てきます。09年には最高裁が女子高校生に痴漢行為を働いたとして強制わいせつ罪で地裁・高裁段階まで実刑判決が出ていたのを破棄して逆転無罪を言い渡しています。やはり被害者とされる女性の証言に対する信頼性と客観証拠がないのが理由で被害者の思い込みなどで犯人とみなされたら、容疑者・被告に有効な防御策はないと述べています。証言以外の証拠も真剣に捜査せよとの意図があり、大きな反響を呼びました。証言に頼り切らない「特に慎重な判断」を下級審(地裁・高裁)に求めたのです。

それでも同じような出来事は続きました。2011年には未成年の女性に対する強姦罪に問われて地裁・高裁まで懲役4年とした男性の判決を最高裁が破棄して逆転無罪を言い渡しています。「被害女性の供述を全面的に信用した1、2審の判断は是認できない」と述べました。この時も男性は一貫して否認し、客観証拠はなく、被害女性の証言がほぼ唯一の証拠でした。脅かされて暴行されたという証言を裏づける証拠はみつからず「強姦行為が行われたこと自体、疑わしい」と断じられました。

●推定無罪の鉄則に戻れ

結局は推定無罪という刑事裁判の鉄則に戻るしかないのでしょう。確かに被害女性の証言を疑うという行為は、それが本当であれば実に気の毒といわざるを得ません。証言以外に証拠が見つかりにくく、また、証拠がないからといって無実が証明されたわけでもないので、検察側が証言のみで公判を維持しようとする姿勢がまったく理解できないとはいいません。だからといって証言のみに頼り切って加害者とされた人をまるで「推定有罪」のように扱うのでは本末転倒です。普通の捜査と同じように証言以外の証拠を特に初動捜査において集める努力を今以上にするとか、検察も起訴する前にそうした点をより一層厳しく調べていくという努力が必要です。証拠があれば公判も維持できやすいので、被害者の不利益になるわけでもありませんし。

裁判所にも工夫を求めたいところです。証言のみで起訴された場合は、被害者の人権を十分に配慮する形で弁護側からの質問に答えてもらえる環境作りが必要でしょう。少なくとも「初めに証言ありき」では裁判所がまともに機能しているとはいえません。単に「かわいそうだから」とはねつけていては冤罪の温床になりかねないのです。何より被告の防御権は「証言のみ」の起訴の場合、そこへの尋問以外は、事実上行使できないので。

怖いのは、何の覚えもないのにこうした罪に問われる可能性が誰にでもあるという点でしょう。例えば、満員電車の痴漢(主に強制わいせつ罪か都道府県の迷惑防止条例違反)は女性そのものを冒涜する悪質な犯罪です。と同時にそうした気がまったくなくても形式的にそのようになってしまう現実があるのも事実。押し合いへし合いしていれば近くの女性のどこかに触れてしまう可能性を排除する方がむしろ難しく、それを「痴漢だ」と訴えられたら防御のしようがありません。なかには示談金目的でうそをつくケースもあります。この場合、何が悪いかというと「満員電車という状況」となるでしょう。しかし多くの働き手はそうとわかっていても乗らざるを得ません。

冒頭の再審決定は、確定後に被害女性とされる人と目撃者が告白したから可能でした。しかし、そうした例はごくわずかでしょう。仮に真実を語らないままでいたら男性はしてもいない罪で15年の刑に服し、出所後も強姦の前科者というレッテルがつきまといます。実際に罪を犯して更生した者でさえ重いレッテルなのに、何もしていなければ酷に過ぎる十字架を一生背負わせるところでした。

※注:「強姦」という言葉の使用について

近年は不快用語として使用しないのがふつうになっています。しかし今回は刑法177条の「強姦罪」について述べたので使用が不回避でした