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ゼレンスキー大統領の演説から改めて見えた、日本が直面する現実の危機

安積明子政治ジャーナリスト
リモートで演説するゼレンスキー大統領(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

日本人の気持ちに沿って見えた大統領の演説

 史上初の試みだった。ウクライナのウォロディミル・オレクサンドロヴィチ・ゼレンスキー大統領の演説が3月23日、議員会館内の国際会議室でオンラインで行われた。会場は衆参両院議長や岸田文雄首相、林芳正外相、セルギー・コルスンスキー駐日ウクライナ大使の他、国会議員たちであふれんばかり。入りきれなかった議員たちは、議員会館の自室のパソコンやテレビで演説の様子を見ていた。

 今回のゼレンスキー大統領の演説は、「パール・ハーバー」や「911」で扇動調だったアメリカへの演説や第二次世界大戦時のチャーチルの演説を引用してイギリス人を鼓舞した演説とは異なり、「チェルノブイリ」や「サリン」、そして日本が長年望んできた「国連改革」などを“素材”とし、その論調はやや大人しめの印象。しかし広島や長崎での被爆や「311」、「地下鉄サリン事件」を体験した日本人にとっては、胸に迫るものもあったはずだ。

 何よりも感じ取れたのは、「なんとしてもロシアに負けられない」という気概だ。ウクライナを「弟」と呼びながら飲み込もうとするプーチン・ロシアには、決して屈することはできないのだ。その思いは、1946年4月25日まで有効だった日ソ中立条約を1945年4月5日にソ連から一方的に延長しないことを通告され、4か月後の8月8日に宣戦布告された歴史を持つ日本にとって、とても他人事ではない。

 そして日本がポツダム宣言を受諾した以降に北方領土はソ連軍に不法占拠され、それ以来、その周辺の豊かな海とともに日本に戻っていない。当時1万7291人いた旧島民たちのうち、今年2月現在での生存者はその3分の1より少ない5429人。その平均年齢は86.6歳と、「戦後」の長さを物語る。

裏切りと偽りに満ちた領土交渉

 新しい脅威もある。ロシアは2016年に択捉島と国後島に地対艦ミサイル「バル」と「バスチオン」を配備。さらに2020年には択捉島に、高性能な地対空ミサイルを実戦配備した。

 なお安倍晋三首相(当時)がウラジーミル・プーチン大統領に8項目の経済プランを提示したのは2016年5月のソチでの首脳会談で、両者が3000億円にものぼる具体化プランを合意したのは同年12月。その間に北方領土では北海道をまるごと射程に収めたミサイルが配備されたことになる。そして2020年にはロシアは憲法を改正し、領土割譲を容認した行為や呼びかけを禁止。事実上の返還を封じている。

27回も会談し、蜜月状態だった安倍元首相とプーチン大統領
27回も会談し、蜜月状態だった安倍元首相とプーチン大統領写真:ロイター/アフロ

北方からの今ある危機

 ウクライナ侵攻に対して日本政府が経済制裁を行うと、ロシアは日本を「非友好国」に認定し、3月9日には北方領土を事実上の「経済特区」に指定。また北方領土などで高性能地対空ミサイルの発射実験を実施し、3月10日と11日には津軽海峡、14日にも宗谷海峡をロシア海軍の艦船が通過した。

 さらに3月15日と16日には、ロシアの戦車揚陸艦計4隻が津軽海峡を横断。松野博一官房長官は17日午前の会見で、「我が国周辺で軍の活動を活発化させていることについて、重大な懸念を持って注視している」と述べてロシアに抗議したことを明らかにしたが、そもそもこうした「穴」があるのは、1977年の領海法で、宗谷海峡、津軽海峡、對馬海峡東水道、同西水道、そして大隅海峡の領海の幅を12カイリではなく3カイリにとどめたことが原因だ。これによってこれら海域には公海のスペースが生じ、外国の艦船が自由に往来できるが、もともとはアメリカの核搭載艦が太平洋から日本海に抜ける際、日本の非核3原則に抵触しないように整理されたものだという。

 しかしアメリカ以外の外国艦船も核を搭載してこれら海域を通行できることになるわけで、「それでは公海なら外国艦船による探査や軍事行為も可能になってしまいかねない」と危惧するのは、有志の会の緒方林太郎衆議院議員だ。

 外務省出身の緒方氏は、この問題について質問主意書で政府に問うているが、政府の答弁は「各国の実行の十分な積み重ねが必要」とはっきりしない。だが「もし領海幅を12カイリにすれば、公海の部分がなくなるので、国連海洋法条約の“国際海峡”として波打ち際から波打ち際まで通過通行権が認められることになりかねず、またその上空は自由航行となってしまう」と緒方氏は懸念する。いずれにしても近時の中国艦船、そして日本を「非友好国」と認定したロシア艦船が活発に日本近海を往来している現状を鑑みれば、深刻な防衛上の問題であることがわかるだろう。

ウクライナ支援は日本のためになるのか

 3月23日のゼレンスキー大統領の演説の後、岸田首相はすでに表明した1億ドルの支援に加え、新たな追加支援を検討する方針を明らかにした。すでにアメリカはウクライナへの兵器の供与や人道支援などで総額136億ドルの緊急予算を成立させており、24日からのG7首脳会議では先進国による新たな支援策が協議されることになる。

 これまでのウクライナは中国との経済関係が深く、北朝鮮への核技術供与疑惑もあり、むしろ日本にとって遠い国だったといえるだろう。もしゼレンスキー大統領の演説が単に援助を請い、ロシアへの経済制裁を求めるだけのものではないのなら、8193キロ彼方にあるかの国は、日本の友好国となるだろう。

政治ジャーナリスト

兵庫県出身。姫路西高校、慶應義塾大学経済学部卒。国会議員政策担当秘書資格試験に合格後、政策担当秘書として勤務。テレビやラジオに出演の他、「野党共闘(泣)。」「“小池”にはまって、さあ大変!ー希望の党の凋落と突然の代表辞任」(ワニブックスPLUS新書)を執筆。「記者会見」の現場で見た永田町の懲りない人々」(青林堂)に続き、「『新聞記者』という欺瞞ー『国民の代表』発言の意味をあらためて問う」(ワニブックス)が咢堂ブックオブイヤー大賞(メディア部門)を連続受賞。2021年に「新聞・テレビではわからない永田町のリアル」(青林堂)と「眞子内親王の危険な選択」(ビジネス社)を刊行。姫路ふるさと大使。

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