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迷走の施政方針演説に垣間見た、岸田首相の政治家としての意地

安積明子政治ジャーナリスト
(写真:Motoo Naka/アフロ)

引用された勝海舟の言葉は、誰に投げつけられたのか

 年初の国会で1年の政府の基本姿勢を示す施政方針演説は、総理大臣が行う最も重要な演説だ。だが岸田文雄首相が1月17日に行った施政方針演説は、その方向性がいまいちわかりにくいものだった。立憲民主党の泉健太代表などは、「画龍点睛を欠くものだ」 と批判した。

 演説の冒頭で述べられ、演説の時間の多くを占めたのは、新型コロナウイルス感染症対策だった。感染力の強いオミクロン株をなんとか抑え込まなくてはという意気込みは理解できる。しかしその他は、何を骨格にしているのかがさっぱりわからない。だがキーワードを参考にすると、それはおぼろげながら見えてくる。

「行蔵は我に存す」

 岸田首相は施政方針演説で、この文を2度述べている。「行蔵」とは出処進退を意味するもので、勝海舟が福澤諭吉に宛てた手紙の一文が引用されたのだ。岸田首相はこれを「責任をもって行う」と解したようだが、もともとは「放っておいてくれ」あるいは「大きなお世話」という意味だ。勝は幕臣でありながら、開国に尽力。咸臨丸に乗って渡米したり、江戸城を無血開城させたことで歴史に名前を刻んでいる。

 一方で福澤は咸臨丸に乗船したものの、軍艦奉行の木村芥舟の従者で、教授方頭取の勝とは格差があった。もっとも勝の方が福澤より12歳年上だったが、もともと気が合わなかったらしい。

 その福澤が後に慶應義塾を創設し、徳川幕府を終わらせた責任者でありながら、明治政府に入った勝を批判した。それに対して勝は、「お前の知ったことではない」とやりかえしたのだ。

安倍元首相に意地を見せたのか?

 その勝の言葉を岸田首相が引用したのは何の意味があるのだろうか。岸田首相が「お前の知ったことではない」と言いたかった相手は誰なのか。それは、かつては岸田首相への禅譲をほのめかしていたにも関わらず、2020年の総裁選で菅義偉前首相を支持し、2021年の総裁選では高市早苗政調会長を全面的に支援した上、「岸田票」をばっさりと剥がそうとした安倍晋三元首相ではなかったか。

 たとえば施政方針演説で岸田首相は、「新しい資本主義」では行き過ぎた市場依存を批判し、分厚い中間層の衰退による民主主義の危機を警告している。これは「アベノミクスは失敗だった」と言っているに等しいものだ。また「経済あっての財政」と言いながら、経済を立て直した後に財政再建に取り組むことを忘れていない。これも、積極財政に大きく旗を振っている安倍・高市路線と異なる点だ。

 こうした安倍元首相ら清和研究会系と岸田首相が属する宏池会系とは、経済への視点について根本的に対立する。それは池田勇人元首相の所得倍増計画に、旧大蔵省出身の福田赳夫元首相が「党風刷新連盟」を結成して反対したことに遡る。池田元首相は宏池会、福田元首相は清和研の創立者だ。

宏池会からのDNAでは玉木氏に負ける?

 しかしながら岸田首相が池田元首相の政策をそのまま受け継いでいるとは言い難い。岸田首相は昨年9月の総裁選で「令和版所得倍増」をぶち上げたが、いつの間にかそのスローガンを口にすることはなくなった。もっとも「デジタル田園都市国家構想」は、大平正芳元首相の「田園都市国家構想」をもじったものであることは間違いないが、後者が家庭基盤の充実を基本とする「日本型福祉社会の建設」とともに都市の活力と田園のゆとりの両立を目指し、人間が築き上げる文化や文明が感じられたのと対照的に、「デジタル田園都市国家構想」はただデジタル化の世界の趨勢に遅れまいとするだけで、「人への投資」を主張するものの、肝心の「人間」が見えてこない。さらに地方の活性化についてはとってつけ感が満載だ。

 ならば昨年にいち早く国民ひとり一律10万円支給を提唱し、早くから教育国債など具体的な「人への投資」を主張してきた国民民主党の方がよほど“宏池会スピリット”を踏襲しているとはいえまいか。なお同党の玉木雄一郎代表は香川県2区選出で、大平元首相の後継を自負している。

得意の外交でも迷走か

 岸田首相が得意とする外交では「新時代リアリズム外交」を打ち出しているが、これは安倍・菅政権時代から変わるものではない。安倍元首相はアメリカのドナルド・トランプ前大統領とコンビを組んで国際政治に大きな影響力を持ったが、岸田首相はどうするのか。対米従属外交では中国が台頭するこれからの国際社会を乗り切ることはできず、また日米地位協定などいまだ戦後を引きずる遺物を取り除くことにも消極的だ。

 なお岸田首相は1月21日夜(日本時間)には、アメリカのジョー・バイデン大統領とテレビ会談を行い、新たな閣僚レベルの枠組みとして経済版「2プラス2」を設置することに合意した。これは中国の巨大経済圏構想である「一帯一路」を念頭に置く経済安全保障のひとつで、今年前半に日米豪印による「クアッド」の首脳会談を開くことも決定。だがバイデン大統領の政権基盤は頑強とはいえず、支持率の低下も懸念されている。訪米して日米首脳会談を望む岸田首相にとっても、その影響は免れないだろう。

ハネムーン期間を経ても内閣支持率は安定

 しかし岸田政権は通常国会開会の5日前、政権発足100日目を迎えた。一般的に政権が発足100日を過ぎると、「ハネムーン期間」が終わったとして内閣支持率は下降するが、岸田政権の場合は維持あるいは上昇傾向すら見せている。

 それは安倍政権に対峙する姿勢からくるものなのか。あるいは菅政権での反省でコロナ対策を前倒しで行ったのが原因か。

 いずれにしろ国民は目くらましに騙されず、政治家の言葉から本質をつかみ取るべきだ。

政治ジャーナリスト

兵庫県出身。姫路西高校、慶應義塾大学経済学部卒。国会議員政策担当秘書資格試験に合格後、政策担当秘書として勤務。テレビやラジオに出演の他、「野党共闘(泣)。」「“小池”にはまって、さあ大変!ー希望の党の凋落と突然の代表辞任」(ワニブックスPLUS新書)を執筆。「記者会見」の現場で見た永田町の懲りない人々」(青林堂)に続き、「『新聞記者』という欺瞞ー『国民の代表』発言の意味をあらためて問う」(ワニブックス)が咢堂ブックオブイヤー大賞(メディア部門)を連続受賞。2021年に「新聞・テレビではわからない永田町のリアル」(青林堂)と「眞子内親王の危険な選択」(ビジネス社)を刊行。姫路ふるさと大使。

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