Yahoo!ニュース

7・30総理会見で見えたもの 国民に寄り添えない菅首相に、日本を任せられるのか

安積明子政治ジャーナリスト
覇気もなく(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

東京五輪の最中に感染者が激増

 菅義偉首相は7月30日に会見を開き、東京都と沖縄県に8月22日まで発令されている緊急事態宣言に8月2日から神奈川県、千葉県、埼玉県と大阪府を加え、期間を8月31日までとすることを発表した。同時に京都府、兵庫県、福岡県、石川県と北海道に8月2日から31日までまん延防止等重点措置を実施することを決定。菅首相が「安全・安心」と胸を張った東京五輪の最中だというのに、新型コロナウイルスの感染が止まらないからだ。

 多くの競技が行われる東京都では、7月27日に感染者数2848人を記録。前日の1429人の2倍近くにまで増加した。さらに28日には3177人、29日には3865人を記録。30日には3300人といったん数字は下がったが、上昇傾向にあることは事実だ。全国の感染者数も、7月29日には10698人、30日には10744人と、一日あたり1万人を超えている。

「これまで経験したことのないスピードで、感染が拡大している」

 菅首相は会見の冒頭でこう述べた。

質問と回答がかみ合わず

 なぜコロナは収束しないのか。それは感染力の強いデルタ株が猛威をふるい、全体の7割を占めるまでに至ったからだ。また感染者の多くはワクチン未接種層の20代や30代で、比較的症状が軽いとはいえ、40代50代の重症化数は1月と比較して1.5倍に至っている。味覚障害などの後遺症事例の報告もある。

 にもかかわらず、会見する菅首相にはコロナ禍がなぜか他人事であるように思えた。まずは記者の質問と回答がかみ合っていないのだ。「感染を止めようとする総理のメッセージが届いていないのではないために、国民に危機感が欠如しているのではないか」という北海道新聞の質問に対しては責任についての言及はなく、「オリパラ開催の前提である国民の命と健康は守られてるのか」との問いについては、新型コロナウイルス対策分科会の尾身茂会長に丸投げした。

 国民と危機感を共有するために最も大事なことは何かという質問した文化放送に対しては、「最も大事なことはそれぞれの立場で危機感を持ってもらうことだ」とトートロジー的な回答だった。

 さらに毎日ぶら下がりなどでアピールする必要があるのではないかという問いについては、「かなりの頻度でぶら下がりは行っている」と現状維持の姿勢を示すとともに、「若者に対してはSNS で訴える」と他人事だった。

尾身会長の方が首相らしい?

 むしろ尾身会長の方がよほど国民の気持ちを真剣に考えているとの印象だった。尾身会長は国民の間に「感染対策をしなければならないと思う一方で、社会活動をしたいという(両立しがたい)思いがある」と述べ、「言葉は必要だが、十分ではない。言葉に加えて今まで以上のアクションが必要だ。そのためには政府と自治体が一丸となり、ワクチンや検査の実効性を上げ、どこでも検査ができるということが必要だ」と主張した。

 もっともこれはアメリカの都市部では、すでに昨年に実施されており、日本は周回遅れの印象が強い。そして遅れているのはコロナ対策だけではない。経済においても深刻な後遺症を残す可能性が高いのだ。

世界から立ち遅れる日本

 米国商務省は7月29日、今年4月から6月までのGDPが前期比で6.5%増(速報値)と発表した。4期連続でプラス成長を維持した上、コロナ前の2019年10-12期を上回った。よってアメリカ経済はコロナ禍から立ち直ったと評価して良い。

 またIMFが7月28日に公表した「世界経済見通し」でも、アメリカは0.6ポイント上方修正して7%の成長が見込まれる一方で、日本の成長率は0.5ポイント下方修正した2.8%だった。ユーロ諸国の4.6%と比べても低いが、ワクチン接種が送れる発展途上国の6.3%よりも低いということは衝撃だ。

 理由は国内に資金がまわらず、必要なところに助成が届いていないところにある。事実、アメリカの高成長はバイデン政権が3月に1.9兆ドルの追加経済対策を行った成果でもある。

 一方で日本は2020年に当初に加えて3度の補正で計175兆円の予算を組んだが、30兆円以上を使い残し、翌年に繰り越している。その中には自治体が飲食店に支給する協力金の財源である臨時交付金3.3兆円が含まれる一方で、GoToキャンペーンの使い残しである1.3兆円など、政策の失敗が見受けられるのだ。

 そもそも菅首相が胸を張って主張した「人流の抑制」についても不完全だ。菅首相は会見で都内への車の乗り入れ3割減やテレワークを例に挙げ、「対応している」と述べたが、この日の朝の閣議に丸川珠代五輪担当大臣が交通渋滞のために遅刻した。五輪対応のために交通事情が変化したことが理由だが、その影響を受けたのが五輪担当大臣であったというのは笑うに笑えない話だ。

菅首相の頭は選挙でいっぱい?

 空回りする施策の背景に、迫りくる衆議院の任期と自民党総裁選が見えてくる。菅首相は「総裁として出馬するのは、時機が来れば当然のことだ」と再選に意欲を見せている。しかし内閣支持率は下落する一方で、7月の各社の世論調査では軒並み最低値を更新した。

 「菅首相では戦えない」という声が自民党内で聞こえる一方で、菅首相に代わりそうな有力な候補はまだ出ていない。唯一の頼みが「不甲斐ない野党」であるというのが皮肉だ。野党第一党の立憲民主党も政党支持率は自民党の半分にも及ばず、2009年の民主党のように単独で政権政党に挑もうという意欲もパワーも欠如している。

 なお前年度予算で使い残された30兆円については、「次期衆議院選用にとっておいたのではないか」とも囁かれている。自民党の二階俊博幹事長は7月8日、テレビ番組で30兆円規模の補正予算の編成の必要を主張した。本来なら国民が前年度に享受しなければならなかった予算を、選挙対策として使おうということだ。

 それでも世界の成長にはほど遠い。覇気のない総理会見を見ながら、緊急事態宣言以前に多くの国民はこの国の行方に不安を感じたに違いない。

政治ジャーナリスト

兵庫県出身。姫路西高校、慶應義塾大学経済学部卒。国会議員政策担当秘書資格試験に合格後、政策担当秘書として勤務。テレビやラジオに出演の他、「野党共闘(泣)。」「“小池”にはまって、さあ大変!ー希望の党の凋落と突然の代表辞任」(ワニブックスPLUS新書)を執筆。「記者会見」の現場で見た永田町の懲りない人々」(青林堂)に続き、「『新聞記者』という欺瞞ー『国民の代表』発言の意味をあらためて問う」(ワニブックス)が咢堂ブックオブイヤー大賞(メディア部門)を連続受賞。2021年に「新聞・テレビではわからない永田町のリアル」(青林堂)と「眞子内親王の危険な選択」(ビジネス社)を刊行。姫路ふるさと大使。

安積明子の最近の記事