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菅首相が突然GO TOトラベルを止めたワケ

安積明子政治ジャーナリスト
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

二階幹事長が絶句した

「勝手なことをしやがって」

 恨みがこもった言葉が自民党の二階俊博幹事長の口から洩れて出た。菅義偉首相は12月14日に突然、GoToトラベルを全国一律に停止することを決定したからだ。その3日前の11日にニコニコ動画に出演した時は、菅首相は「まだそこは考えていない」と否定していたはず。いったい菅首相はどこで“変心”したのか。

 きっかけは2つの世論調査だろう。毎日新聞が12日に行った調査では、内閣不支持率(49%)が支持率(40%)を初めて上回り、14日に発表されたNHKの調査では、内閣支持率は42.4%で、前月比より14ポイントも下落した。

 その他の世論調査でも、下降傾向は明らかだった。しかし上記の2つの調査の数字には特別の意味があった。いずれも11日のニコニコ動画で菅首相の出演の後に行われたのだ。

国民に寄り添わなかった菅首相

 そもそも9月16日に総理大臣に就任以来、菅首相はほとんど国民に話しかけてはこなかった。首班指名がすむと所信表明も行わずに臨時国会を閉じ、10月26日まで40日間も国会を開かなかった。

 10月26日に開かれた第203回臨時国会も延長はなく、12月4日に事実上閉会。その間、新型コロナウイルス感染症が蔓延し、第3波が発生した。これに対して菅首相は11月に記者団に対し、2度ばかり短い声明を読み上げたにすぎない。

 12月4日夕方には就任後2度目の総理会見が開かれたが、国民から評価されたとは言い難い。国難だからこそ、国のリーダーから国民への呼びかけが必要だが、菅首相は「1日に2度、官房長官が会見を行っている」と言い切った。「機会があれば、自分もぶら下がりなどをやる」とも述べたが、機会は自分で作るものだろう。実際にコロナ対策で世界の注目を集めるニュージーランドのジャシンタ・アーダーソン首相は、定期的にフェイスブックに登場し、インタラクティブに交流。490万人のニュージーランド国民に団結を訴えている。アーダーソン首相はニュージーランドを「500万人のチーム」と呼んでいるそうだ。これこそ国民と一体となって戦う姿勢ではないか。

にこやかに「ガース―です」と自己紹介

 隠れていた菅首相が表に出始めたのが、11日のニコニコ動画の出演だった。ここで菅首相は致命的なミスを犯す。「ガース―です」と自己紹介し、同時にその映像が地上波に流されたのだ。

 「ガースー」とは官房長官時代に、会見を中継していたニコニコ動画のユーザーたちに名付けられた愛称だ。よってニコニコ動画の番組では非常に受けのよい自己紹介だった。そもそも動画は地上波の番組とは異なり、時間的にも内容的にもかなり緩く作られ、それが持ち味になっている。

 しかし地上波に流れる場合は話が別だ。地上波では動画よりもはるかに多くの視聴者が番組を見ており、しかも彼らの大多数は官房長官会見を見ておらず、「ガース―」という愛称について知らない。「このコロナで大変な時に、総理大臣がふざけている」としか見なさない。

天命尽きたか

 さらに運の悪いことに、菅首相がにこやかに挨拶して間もなく、菅首相の笑顔に「東京 新たに595人感染」との速報の文字がかぶさった。支持率と同様に菅首相の運もまた、急降下しているのかもしれない。

 こうした中で自民党内で批判が出るのは必至。国会を閉じれば野党の批判は防げるが、敵失を狙う野党は何も言わないだろうが、次期衆議院選への影響を懸念する与党では「菅降ろし」も発生しかねない。

 だからこそ、14日に政府が決定した「全国一律GO TOトラベル適用停止」は、「新型コロナウイルス感染症対策分科会」の尾身茂会長が11日に提案した「感染が急拡大している地域への適用除外」を上回るものだった。しかしそれは、二階俊博幹事長の利権を大きく侵害してしまいかねない。

 そもそも二階氏の協力なくして菅首相の誕生はありえなかったはずだが、次期総裁選まで後9か月、衆議院の任期満了まで10か月を残すのみとなった今、肝心の仁義を切らないままで菅・二階の体制は続けられるのか。

政治ジャーナリスト

兵庫県出身。姫路西高校、慶應義塾大学経済学部卒。国会議員政策担当秘書資格試験に合格後、政策担当秘書として勤務。テレビやラジオに出演の他、「野党共闘(泣)。」「“小池”にはまって、さあ大変!ー希望の党の凋落と突然の代表辞任」(ワニブックスPLUS新書)を執筆。「記者会見」の現場で見た永田町の懲りない人々」(青林堂)に続き、「『新聞記者』という欺瞞ー『国民の代表』発言の意味をあらためて問う」(ワニブックス)が咢堂ブックオブイヤー大賞(メディア部門)を連続受賞。2021年に「新聞・テレビではわからない永田町のリアル」(青林堂)と「眞子内親王の危険な選択」(ビジネス社)を刊行。姫路ふるさと大使。

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