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機密メモが語る山中iPS細胞事業の危機一髪!

安積明子政治ジャーナリスト
日本の将来を切り開くiPS細胞事業の行方は……(写真:つのだよしお/アフロ)

文春砲があばいた京都旅行

 31歳の東出昌大と22歳の唐田えりかの不倫問題をスクープした週刊文春は昨年12月、66歳の和泉洋人首相補佐官(内閣官房健康・医療戦略推進本部室長)と52歳の大坪寛子内閣審議官(同室次長)の“不倫旅行”を報じた。もっともこちらの方は国家的プロジェクトの“私物化騒動”を含んでおり、単なる男女の問題ではない。記事によると彼らは昨年8月に“旅行がてら”に京都の山中伸弥教授のiPS細胞研究所(CiRA)を訪れ、iPS細胞事業に対する補助金支給について大坪審議官が「私の一存でどうでもなる」と恫喝したという。

「要するに虎の威を借るナントカで、こういうことをやってたんじゃないですか!」

 1月29日午後の参議院予算委員会で、立憲民主党の杉尾秀哉議員の声が委員会室に甲高く響いた。無表情にそれを聞いていた大坪審議官は答弁のために席を立つ時、一瞬にやりと口元を緩めた。

約13億円が奪われる

 杉尾氏が示したのは令和元年8月9日付の「iPS細胞ストック製造事業法人化の進め方」というペーパーで、大坪審議官が山中教授と面会した際に作成したものだ。左肩に【機密性2情報】と記されている。

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 これによれば、京都大学CiRAを基礎研究部門とiPS細胞ストック製造を推進する公益財団法人に分け、前者については国費を充当するが、法人については国費を充当せず、民間へのライセンスアウトのための基礎研究や、健康医療戦略推進本部に設置される協議会で個別に検討することになる。平成30年度の予算でいえば、ストック事業としてのおよそ13億円相当が国費に充当されなくなるのだ。

 これについて山中教授は昨年11月11日に開かれた日本記者クラブでの会見で、「(政府の支援を)いきなりゼロにするのは相当理不尽だ」と批判した。さらにこれが「一部の官僚の考えだ」とした上で、「透明性の高い議論での決定なら納得だが、違うところで決まってしまうと理由がわからない」と問題の深刻さを訴えている。

 昨年8月に大坪審議官が山中教授に補助金打ち切りを宣言し、「私の一存でなんとでもなる」と言い放った件は、すでに「薬経バイオ」8月29日号で配信されており、情報誌「選択」2019年12月号でも掲載済みだ。事実ならとんでもない行政の私物化であり、日本の将来を担う重要な産業が潰されることになりかねない。CiRAには600名の研究者がいるが、国費による補助金打ち切りは彼らの死活問題につながりかねない。もしそれを寄付でまかなおうとするのなら、山中教授にとんでもない苦労を強いることになる。実際に山中教授はマラソンに参加し、一般の寄付を広く募った。あるいは特定の製薬会社から多大な寄付をもらうとなると、その会社が外資なら、せっかくの日本の財産が海外に流出することにもなりかねない。

 この国費充当問題について、大坪審議官はしれっとこう述べている。

「内閣官房からストック事業に対して国費の充当をゼロにすると言ったことはありません」

 しかしこれこそ「私の一存でどうでもなる」という発言に繋がってくるのではないだろうか。

議事メモが示す医療行政の私物化

 さらに杉尾氏は、和泉補佐官と大坪審議官に文科省担当者3人と経済産業省担当者1名を加えて8月16日午後に行われた会議のメモの存在を明らかにした。これについて大坪審議官は「ご指摘いただいた話合いは詳細な記憶がない。どの人の議事メモか確認させていただきたい」と否定したが、文科省の村田善則研究振興局長は「8月中旬に内閣官房関係省庁との打ち合わせがあったと記憶している」と会議の存在を認め、渡辺その子内閣審議官は「日々打ち合わせをしている中でのことだが、そのメモは共有されているものではないので、具体的な内容は言えない」と逃げている。しかしメモには以下のような大坪審議官の発言が記載されていた。

「今の概算要求資料からストック製造の部分を抜いて……」

「公募で10年27億円つけるように採択しているのもなんとかしないと」

 そして「いきなりというのもなので経過措置とかもあり得るかもしえないが」との和泉補佐官の発言に対し、大坪審議官が「方針は決まっていますので、それに沿った判断をすることで」とぴしゃりと否定する場面もあった。2人の関係がわかると同時に、仕切っているのは大坪審議官であることを示している。

 これらについて大坪審議官は「言いぶりについては私の認識とは違う」と全否定することはできなかった。

難病に苦しむ人たちが捨て置かれてはならない

 杉尾氏の主張は次の言葉に集約されるだろう。

「山中教授はノーベル賞受賞の日本の宝ですよ。iPS研究、国策ですよ。安倍政権の成長戦略の柱のひとつだったんじゃないですか。それが大坪参考人、和泉補佐官。なんの権限があって、概算要求から外せとか、こういうストック事業には国費を投入しないとか、あなたたちが決める権利があるんですか」

 そればかりではない。山中教授の研究は難病に苦しむ人の希望になっている。たとえば脊髄性筋萎縮症の薬はアメリカで2億3000万円だが、日本で実用化できれば、安い価格が実現できる。命に係わる政策の有様が、一部の官僚による単なる権威付けの材料にされてしまうのなら、国民はたまったものではない。

政治ジャーナリスト

兵庫県出身。姫路西高校、慶應義塾大学経済学部卒。国会議員政策担当秘書資格試験に合格後、政策担当秘書として勤務。テレビやラジオに出演の他、「野党共闘(泣)。」「“小池”にはまって、さあ大変!ー希望の党の凋落と突然の代表辞任」(ワニブックスPLUS新書)を執筆。「記者会見」の現場で見た永田町の懲りない人々」(青林堂)に続き、「『新聞記者』という欺瞞ー『国民の代表』発言の意味をあらためて問う」(ワニブックス)が咢堂ブックオブイヤー大賞(メディア部門)を連続受賞。2021年に「新聞・テレビではわからない永田町のリアル」(青林堂)と「眞子内親王の危険な選択」(ビジネス社)を刊行。姫路ふるさと大使。

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