油断大敵の新型肺炎 五輪を前に日本政府は思い切った防止策を

新型肺炎は収まりそうにない(写真:ロイター/アフロ)

ヒトからヒトへの初めての国内感染

 国内初の新型コロナウイルス感染例が確認された。奈良県在住の60代男性が、今月8日から11日までと12日から16日まで、それぞれ大阪から東京、東京から大阪へ向かう中国・武漢市の観光客を乗せたバスを運転していた。男性自身は武漢市への渡航歴はない。厚生労働省と奈良県は1月28日夜に緊急会見している。

後手後手の対策で大丈夫か

 新型コロナウイルスによる肺炎への対策が後手後手になっている。政府はようやく1月28日、国内での感染拡大を防止するために感染症法に基づく「指定感染症」と検疫法の「検疫感染症」に指定する政令を閣議決定した。「指定感染症」には都道府県知事が患者に対策が整った医療機関に入院させることができるし、一定期間の休職を指示できる。医療費は公費負担となる。また「検疫感染症」になれば、感染者は空港などの検疫所で検査や診療を指示され、従わなければ罰則を科せられることにもなる。

 ただし施行は告知期間(10日間)を経た後の2月7日から。その間でも入院費用については公費負担としたが、不十分な印象は否めない。

 そもそも中国・武漢市で最初の患者が認定されたのは、昨年12月8日のことだった。様々な動物が売られていた「華南海鮮卸売市場」が発生場所だ。2002年から2003年に流行したSARSの原因も、この種の野生動物の取引だったという。蝙蝠に寄生したウイルスが食用とされたハクビシンを介して人間に感染したのだ。

あの北朝鮮でさえ素早く対応

 習近平主席は1月20日に「感染の蔓延を断固阻止」を表明。23日には武漢市を封鎖した。しかしその前に多くの市民は同市を脱出。24日からは春節で、民族大移動の季節だ。

 これについて北朝鮮の対応は早かった。1月22日から中国からの旅行客、および中国からの自国民の入国を拒否。さらに朝鮮総連に対して、中国を経由した在日朝鮮人の入国を当面拒否することも通告した。中国との経済交流が命綱である北朝鮮だが、ウイルスの侵入を許せば不十分な医療体制では対処できない。まさに背に腹は代えられない決断だ。

 その他、フィリピンは武漢市からの観光客を強制送還し、シンガポールは中国からの入国規制を強化した。一方で日本はどうなのか。

1000万人の中国からの入国をどうするか

 警視庁は1月15日に対策室を設置し、26日にはこれを対策本部に昇格させた。消防庁も同日に災害対策室を設置し、出入国在留管理庁は25日から中国への渡航者に対する注意喚起のポスターを掲示。外務省は23日に中国大使館に対策本部を設置し、翌24日には武漢市がある湖北省へに感染症危険情報レベル3(渡航中止勧告)を発出した。

 安倍晋三首相は26日、チャーター機などで希望者全員を帰国させることを宣言。27日には在中日本大使館職員10名が武漢市入りしている。

 だがこれでは、ウイルスの侵入を防止するには不十分ではないのだろうか。日本に入国する中国人の数はSARSが流行した2003年には44万8782人だったが、2019年には959万4300人にも増加(日本政府観光局)。インバウンド効果を期待する政府としては、「お客様」を邪険にできないということなのか。あるいは「国際交通に与える影響を最小限に抑えなければならない」という世界保健機構憲章を意識しているのだろうか。

 油断は禁物だ。厚生労働省によれば、28日午前8時には中国での患者数は2744名で、日本での患者数は4名。しかし同日午後11時には中国の患者数は4607名を数え、死亡者は106名に上った。同日夜には日本の患者数は7名と報道されている。本稿が読者諸君の眼に触れる頃には、さらに増えていることだろう。

責任不在がパンデミックの原因か

 WHOも当てにはできない。1月22日と23日に開かれた緊急委員会では、PHEIC(国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態)宣言を出せなかった。一部の委員が二次感染を甘く見て「時期早々」と判断したためまとまらなかったというが、背景に中国政府への忖度はなかったのか。実際に習主席は28日、訪中しているWHOのテドロス事務局長に「客観的に状況を評価していると信じている」と述べ、テドロス事務局長も中国の対処を評価。だが感染が治まる様子はない。

 日本が後手後手の責任はどこにあるのか。春に習主席を国賓に迎えたい安倍政権が中国に甘いためか。あるいは桜を見る会問題などスキャンダル追及にあけくれ、政府のお尻をたたかなかった野党の責任なのか。いまだ「海に囲まれている安全」を信じている風潮もあるのかもしれない。

 7月には東京オリンピック・パラリンピックを開催する日本。世紀の祭典を成功させるためには、不意に発生した問題についても鮮やかに解決する必要があるが、一抹の、しかし深刻な不安を感じてしまうのは、果たして筆者だけだろうか。