【止まらない国民民主党離党劇】 立憲民主党への移動は大義があるのか

相次ぐ離党騒動にストップはかけられず(写真:つのだよしお/アフロ)

山井氏は除籍すらされない?

 かねてから噂にはなっていたが、国民民主党の山井和則国対委員長代行がとうとう6月3日夕方、平野博文幹事長に離党届を提出した。党内手続きは後日になるが、岡田克也元民進党代表が率いる「無所属フォーラム」(院内会派は「立憲民主党・無所属フォーラム」)に入る予定の山井氏にとって、その処理はかなり厳しいものになりそうだ。

「国対委員長代行が逃げ出すなんて前代未聞。次の選挙に不安で立憲民主党に頼りたいのだろうが、うちは離党を認めないし、除籍もしない。党籍を残したまま、会派を移動できなくさせてやる」

 山井氏に対してはこのように、党内では激しい批判が渦巻いている。国民民主党を離れられないままではその立場は宙ぶらりんの形になり、委員会での質問も事実上困難になる。

 もっとも山井氏本人はそれも覚悟の上ゆえに、この時期の離党表明となったのだろう。国民民主党関係者はこう述べる。

「5月28日に山井議員が取り組んでいた児童虐待防止改正法案が衆議院を通過した。やるべきことはやったということで、離党に踏み切ったのではないか」

過去に4名が「除籍」で2名が「離党」

 昨年5月に結党された国民民主党だが、下記のように現職の議員ではすでに6名が党を離れ、無所属ないしは立憲民主党の会派入りをしている。

柚木道義衆議院議員(除籍)

今井雅人衆議院議員(除籍)

長浜博行参議院議員(除籍)

伊藤俊輔衆議院議員(離党)

藤田幸久参議院議員(除籍)

階猛衆議院議員(離党)

 このうち4名が「除籍」で2名が「離党」となっているが、「離党」は本人の意思が認められたもので、「除籍」は「離党」が認められなかったことを意味する。すなわち「除籍」とは、国民民主党の場合は倫理規則第4条に基づいて「党の運営に著しい悪影響を及ぼす」最たるものとして党からの「絶縁状」ともいえるのだ。

 上記の6名のうち、階氏を除く5名は離党理由は選挙区の事情によるところが大きい。柚木氏や今井氏は比例復活組で、政党支持率が低い国民民主党に残るよりも立憲民主党の方が有利だ(ただし立憲民主党に移籍するなら、衆議院が任期満了・解散後になる)。

 長浜氏と藤田氏は今年の参議院選での改選組。中でも藤田氏は1月の党大会で「私の強味は弱い者の味方」と述べながら、その後間もなく立憲民主党になびいた。体調不良を理由に離党届を本人が出さず、秘書が持参したことも批判された。

 一方で伊藤氏と階氏の「離党」が認められたのは、自己都合とは言い切れない背景事情によるものといえる。伊藤氏の関係者は話す。

「伊藤議員は本当は国民民主党を離れたくなかった。立憲民主党から『こちらに来ないと対抗馬を立てるぞ』と言われたので、地元の声もあって泣く泣く離党した」

小沢氏が理由で離党した階氏

 階氏の離党は国民民主党と自由党の合併が原因だ。階氏と小沢一郎元自由党共同代表は同じ岩手県出身で、かつては師弟関係にあった。それが破れたのは、消費税増税を柱とする社会保障と税の一体改革に反対した小沢氏が、あらかじめ集めていた配下の議員の離党届を出してしまったことだった。階氏は小沢氏に離党届を預けていたが、提出する際には意思確認をするように文書を交わしていた。だがそれを無視して小沢氏が離党届を提出したことで、関係が破綻してしたのである。

 よって階氏はかねてから自由党との合併に強く反対。さらに階氏が参議院岩手選挙区に黄川田徹元復興副大臣を推していたにもかかわらず、立憲民主党、社民党と自由党が別の新人候補を内定。階氏がこれに強い不満を抱いたことも、離党の動機のひとつになっている。

 「野党結集のために」(柚木氏)、「自分なりに考える野党の大きな塊を作りたい」(今井氏)、「国民民主党と立憲民主党が再び大同団結して大きな塊になる架け橋、接着剤になりたい」(山井氏)などと述べるが、果たしてそれは実現しているのか。これについて6月4日の立憲民主党幹事長会見で、福山哲郎幹事長は以下のように述べている。

「(候補の一本化については)私と(国民民主党の)平野幹事長で胸襟を開いて話し合っている。その中で国民民主党からこちらに来ている議員の方々のいろんなところでのアドバイスやサジェスチョンなど、いろんな形で心を砕いていると思う」

 だが国民民主党側からは、「橋渡しといっても、自分でその橋渡って終わりだろう」などという本音がちらほら。きれいごとだけでは野党の大同団結は不可能ということだろう。

※国民民主党の大野元裕参議院議員は6月5日、8月の埼玉県知事選に出馬することを表明した。これに伴い、近く国民民主党を離党する。