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腐敗し陥れあう検察と警察、その泥仕合を暴くスーパー検事【年末に一気見したい韓国ドラマ『秘密の森』】

渥美志保映画ライター

韓国ドラマで「検察庁」が登場したら、上のほうの人はたいてい腐っている。『ヴィンチェンツォ』でも『ハイエナ 弁護士たちの生存ゲーム』でも『無法弁護士』でも『被告人』でも、検察の上のほうの人は政治家とか謎のVIPとか財閥とかとつながって悪事を好き放題にもみ消し、ゆくゆくは政界に打って出ようとしている。現在Netflixで2シーズンが配信中の『秘密の森』はそのジャンルの大ヒットシリーズだ。つまり「検察腐敗モノ」である。

面白い韓国サスペンスに共通するのは「見始めたら止まらない!」という点だが、その典型例ともいうべきこのドラマの特徴は、その「芋づる式構造」にある。最初に起きるのはなんの変哲もない、普通の捜査官なら事務的に処理して「ハイ終了」といった事件なのだが、そこから「なぜこの人が?」という人物が隠蔽に動き出し、小さいほころびから過去の嘘や秘密が薄らぼんやり見えてきて、その細ーい糸を手繰っていくと、「おいおい、ちょっと待てよ」的なデカい芋、じゃなくて事件が、次々と見えてくるのだ。

唸るのは、その「小さいほころび」が尋常じゃなく小さいことである。主人公のスーパー検事ファン・シモク(チョ・スンウ『馬医』)は、その時に会った人が持ってた封筒に書いてある会社名とか、ちらっと見えた相手の携帯電話の着信名とか、そういうのものを視線の端っこで逃さず捉え、そこで覚えた僅かな「あれっ?」という違和感を決して忘れない。そして別の「あれっ?」が起きた時に、過去の(時に数年前の)「あれっ?」を頭の隅っこから引っ張り出し、併せて分析し仮説を作っていく。

そのへんの刑事モノであれば、その「仮説」は事件の関係者と証拠から導き出されるものだろうが、このドラマが面白いのは、ここに検察内部の腐敗や歪みがガッツリ絡んでいること。つまり事件とはまったく無関係な人たちが、事件解決とはまったく別の意図で、事件を利用し、捜査を妨害し、真実を捻じ曲げようとするのだ。だがミスリードしようとする輩の意図さえも、シモクは見逃さない。このあたりの面白さは特にシーズン2で冴え渡る。シーズン1で最初に殺される人物は検察の腐敗に直接的に関わっていた人間なのだが、シーズン2では夜の海の立ち入り禁止区域で高校生が行方不明になる事件である。シモクの最初の違和感は「なんでそこだけ立入禁止のテープが外されていたのか?」ってことなのだが、ここから検察と警察のトップを揺るがす大疑獄に発展するとか想像もつかない。こうして原稿を書きながらすら「どこをどうやったら?」と思う。

ほとんど無表情で演じながら、考えていることはちゃーんとわかるチョ・スンウの名演技。
ほとんど無表情で演じながら、考えていることはちゃーんとわかるチョ・スンウの名演技。

さらにこの人はド級の変わり者である。脳の異常なまでの発達ゆえに幼いころから激痛レベルの頭痛持ちだったシモクは、その治療のための外科手術の後遺症で、一般的な感情や欲求をほとんど失っている。つまり「こんなん言うたら飛ばされる」とか「この人を疑うなんて気の毒」とかまったく思わず、理性のみで冷静(冷徹ですらない)に事実のみを追い求める。何が痛快って、忖度する機能がコメツブほどもないことだ。脅迫されても恐怖せず、金や出世欲にも支配されない態度は、いきり立つ敵を完全にアホ化せしめる。そしてその裏返しとして、何をやっても私利私欲や私怨が一切ない。「事実を解明するのが職務」という原則にひたすらに忠実なのだ。ある意味これほど信頼できる相手はいないわけで、「組織を改革したいが、いろいろあって自分には難しい」とか「組織改革の本気度をアピールしたい」というタイミングで抜擢されたりするのだが、何人もシモクを思い通りには動かせないわけで、諸刃の刃でもあるわけだ。

何かしらの社会ネタがほぼ必ず盛り込まれる韓国ドラマでは「検察腐敗もの」は結構よくあるジャンルであり、それは現実でもよくあるということの裏返しでもある。その理由のひとつは、他の国とは異なる韓国独特の事情――検察が絶大な権力を持っていることにある、一般的な先進国では「捜査=警察」「起訴=検察」「裁判=裁判所」と別々の組織が役割を持つことで、権力の乱用ができない仕組みを作っている。だが韓国では「捜査指揮&起訴=検察」で、警察は検察の令状がなければ捜査ができず、活かすも殺すも検察次第だったのである。

そういう中で検察改革を強力に推し進めてきたのが現在のムン・ジェイン大統領で、2020年には検察の捜査指揮権の廃止が議会で可決された。そのさなかに放送されていたのが『秘密の森』のシーズン2で、ドラマはまさにその捜査指揮権をめぐって対立する検察と警察が、互いを牽制し、マウンティングし、ド突きあい、陥れあう中で、両組織の闇があぶり出されてゆく。それを白日の下にさらしていくのが、スーパー検事シモクと、女性刑事ハン・ヨジン(ペ・ドゥナ『最高の離婚』)なのだ。出世を望まない検察の変人と、男社会である警察の女性刑事は、存在そのものはもちろん、「組織の正義より社会の正義を優先する姿勢」も、組織内では異物なのである。

息もつかせぬサスペンスが脚本家の力量によるところが大きいのは当然だが、加えて俳優たちが上手い。主演のチョ・スンウは韓国の「キング・オブ・ミュージカル」としても知られる人だが、ドラマ、映画でももはや唯一無二の存在だ。感情のないシモクは表情も口調もほとんど平板なのだが、それでいながら、シモクなりに嬉しかったり不愉快だったりするのが、わずかな表情の変化で確実に伝わってくる。誰も近づかないシモクの懐に、憎めない馴れ馴れしさでスルッと入り込むヨジンが「あ、いま怒ったでしょ!」とからかう場面も、(……うっとおしいな)って感じのチョ・スンウの表情と合わせてついつい笑ってしまう。ちなみに毎シーズン最終話のラストカットでは、ずーっと無表情だったシモクが満面の笑顔を見せるのもお楽しみだ。

人気・実力を兼ね備えた主演コンビに加え、「いつも胡散臭い二枚目」のイ・ジュニョク(『サバイバー 運命の大統領』)、「カメレオン俳優」ユ・ジェミョン(『梨泰院クラス』)、「いつも黒幕」イ・ギョンヨン(『ハイエナ 弁護士たちの生存ゲーム』)、「いつもお金持ち」ユン・セア(『SKYキャッスル』)など、俳優の演技にも唸るばかり。あらゆる点で韓国ドラマの最高峰と言っていいシリーズである。

(C)STUDIO DRAGON CORPORATION

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映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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