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是枝裕和監督インタビュー「文化的視点ない東京国際映画祭、プサン映画祭にもっと学ぶべき」

渥美志保映画ライター

今回は釜国際映画祭で取材した是枝裕和監督のインタビューをお届けします。公開中の『真実』のお話はもちろん(別のインタビューでは話していないことを!)伺っておりますが、今回お伺いしたメインのお話は、最近話題の日本の文化助成について。特に現在開催中の東京国際映画祭について、映画業界にいる誰もが大なり小なり感じているモヤモヤを、「なぜ?」「どうしたら?」とストレートにお聞きしてみましたー。

最新作『真実』は全編フランス語のセリフですが、演出のOK・NGをジャッジするのは難しかったのでは?

是枝:日本語なら時制がばらばらでも主語がなくても成り立ちますが、フランス語はそうはいかない。だから日本語で書いた脚本をフランス語に変えるのは、結構大変でしたね。演出においては、メインの女優さん4人のそれぞれ個性的な声と話し方を思い浮かべながら、そのハーモニーをどう作っていくかを考えました。

例えばファビエンヌ役のカトリーヌ・ドヌーヴさんは、セリフを言うのが早く短い時間でたくさん話すので、それをなるべく生かそうと。一方、リュミール役のビノシュさんは、沈黙した瞬間に一番感情が出るので、彼女は黙って見ている表情で感情が伝わるようにしました。劇中劇の主演女優であるマノンさんは、非常にハスキーな独特の声でゆっくりしたテンポで話す。そういうそれぞれの持ち味とテンポの違いを生かしながら。台詞の意味が分からないから、余計にそういう音楽的なことを頼りにしながら作っていきました。

それでも、やっぱり難しい部分はありました。ある場面では、ドヌーヴさんが素晴らしく軽快にリズミカルにテンポよくセリフを言い終わり、「今のすごくいいリズムだった」と通訳さんに言ったら、「でもセリフの内容は全然違います」って(笑)。彼女は現場の空気で、だんだんとセリフを入れてくタイプなので、そういうことがたびたびあって、そのOKとNGは、僕としては常に不安でした。

ただ僕がカットをかけて通訳の人と相談する前に、彼女は「今のは素晴らしかった」と自分で言ってくれるし、その判断が常に正しいんですよ。逆にビノシュさんは納得がいかなければ、僕がカットをかけると「もう一回やらせて」と言ってくれる。だからそういう意味では楽でしたよ(笑)。

今回も俳優の自然な演技が素晴らしかったのですが、そういう演技を引き出す秘訣のようなものはあるのでしょうか?

役者のアンサンブルを気に入っていただけたとするなら、現場で役者を観察して脚本を直していくからでしょうか。それは役者本人であって、役柄のものではないんだけど、作品の中に落とし込めるものは落とし込んでいくという作業を、撮影中は毎日やっているから、それはうまくいったのかなと思います。

『誰も知らない』以降、子供の演出には定評がありますが、今回も素晴らしかったです。

あの映画の時もそうですし『真実』もそうでしたが、 役者の中に一人、こちら側についてくれる演出の目を持った役者がいてくれると、すごくプラスになるんです。『誰も知らない』の場合はYOUさんで、彼女に「こういう子供たちの様子を撮りたい。こういうセリフが欲しい」と伝えてカメラを回しっぱなしにすると、話がそれても彼女がドラマの側に戻してくれた。テレビのバラエティ番組で、ディレクターの声を受けながら現場を動かすことを助けていた経験が、彼女にはあったんですね。

『真実』ではイーサン・ホークがそういう存在で、物語の中で子供をどう動かすかという意識を事前に僕と共有してくれていた。他の映画ではリリー・フランキーさんがやっぱりそういう役をやってくれていますね。

ちょっとずるいやり方ですが、そういう存在が一人いると、子供が僕を意識せずに、母親役なら母親役、父親役なら父親役の方を見て、お芝居をやり始めてくれる。そうなったらもう大丈夫です。

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公式上映の後は、韓国の熱心な映画ファンが群がってサインを求めるという場面もありました。日韓関係の悪化など感じさせない、アイドル並みの熱烈歓迎でしたね。

ありがたいです。ただ「日韓関係が悪化している中で」ということはあまり思いませんでしたね。釜山映画祭は僕にとって本当に特別な、デビューからずっと歩みをともにしてきた映画祭だから。とはいえ韓国でのあらゆる日本映画の公開が危ぶまれている中で、年内公開の目処がついたっていうのは、やっぱりありがたいことですよね。

「アジア映画人賞」を受賞したことについて、何か思うところを。

アジアの尊敬する映画人たちから渡されたバトンだと思ってしっかり受け止め、次の世代のアジアの作り手たちに渡したいと思います。政治的対立とかそういったものを越えて、映画と映画をつないでいく役割を、担っていけたらいいなと改めて思いました。

去年のカンヌ国際映画祭でのパルムドール受賞と合わせて、何か日本映画界に対するスタンスに変化はありますか。

あまり変わりません。僕自身、今も、これまでも、冷静に見ているつもりですし、いうべきことは言ってきたつもりです。

ただ自分に刺激を与えてくれる監督が、中国、台湾、韓国にいて、東南アジアからも若い監督が出てきてーーという中で、日本映画がどういう形で存在しうるのか、日本の映画人がどういう役割を果たせるのか。ナショナリズムを語るつもりはまったくありませんが、そういうことはもっと考えていくべきだとは感じていますね。

二年前にここに来た時に、映画祭が運営するアジア映画アカデミー(Asian Film Academy、以下AFA)で校長先生をやったのですが、その企画の交流が素晴らしかった。映画祭側はアジアから集まってきた若手映画作家たちに「皆さんが今回培った経験に基づき、自分たちの国に帰りデビュー作を撮ったら、是非釜山映画祭の新人コンペに帰ってきてください」と言うんですね。受け入れ育てて、作った作品を迎え入れ、やがて成熟したら審査員に呼ぶーーそういう循環を、作り手と映画祭で作っていくことが、映画祭にとって最大の財産。そういうことで映画祭は文化交流の場になっていく。日本の東京国際映画祭には、そういう感覚で映画祭をとらえる文化がないように感じます。

なぜだと思われますか?

映画祭を立ち上げた時点から、そうしたスタンスがなかったのかもしれません。

釜山映画祭が立ち上げられた当初、僕も世界中の様々な映画祭に行っていましたが、どこにいっても当時の執行委員長だったキム・ドンホさんがいらっしゃるんです。ものすごく意欲的に世界中を回って、映画祭がどうあるべきか、釜山で定着させるには何が必要かみたいなことを、学んでいらしたんだとおもうんですよね。

これに対して東京国際映画祭は、業界団体と広告代理店が主導していて、その後に配給・公開される映画の宣伝に映画祭をどう利用するか、という発想からスタートしてしまっているように感じます。今年の開催発表の記者会見では山田洋次監督も「哲学がない」とおっしゃっていましたが、映画祭を文化的な視点からとらえていない。そういう最初のボタンの掛け違いみたいなものが修正できないまま来ているという印象です。

文化助成という点においても、そういう視点はかけているのかもしれません。

そうだと思います。文化助成には「作り手を守る」という観点はありますが、作り手はそれを私腹を肥やすために使っているわけではありません。助成金や補助金は、文化における豊かな多様性を保つために使われるわけで、先進国であればどの国も当然のこととしてやっていることです。それによって、国民が多様な文化に触れる環境が作られてゆく。だから税金が使われるんです。日本ではそうした、本当に基本的な前提が共有されていない。政治家や有識者と言われるレベルでも、「そんなことは自費でやれ」みたいなことをいう人たちが少なくないという状況ですから。

どうしたらいいでしょうか。

まずはそういう意識を持ち、意見を言う映画人がもっとたくさん出てこないと。深田晃司くんとか、増えてきてはいますよね。今の日本の映画業界の認識は、3歩くらい遅れていると思う。プサンみたいな映画祭を持ち、文化助成の考え方、認識が浸透し、きちんとそのことが政治家に理解されーー何十年かかるかわかりませんが。でも韓国だって、まあもちろんいろろな衝突はあるにせよ、1987年の民主化から30年ちょっとでここまで来ているのだから、それを考えたらできないことじゃない、とは思うんですけどね。

韓国映画界からもらう刺激を教えてください。大づかみですみませんが。

大づかみだなあ(笑)。まあでもね、イ・チャンドン(『バーニング』)がいて、パク・チャヌク(『お嬢さん』)がいて、ホン・サンス(『それから』)がいて、ポン・ジュノ(『パラサイト 半地下の住人』)が出てきて、ナ・ホンジン(『チェイサー』)がいて。年代も作家性もバラエティに富んで、これだけ層が厚い。今の日本にはこういう「束になってる感じ」は欠けていますよね。

是枝監督の翌年に、カンヌ映画祭で最高賞を受賞したポン・ジュノ監督『パラサイト 半地下の家族』。来年1月公開
是枝監督の翌年に、カンヌ映画祭で最高賞を受賞したポン・ジュノ監督『パラサイト 半地下の家族』。来年1月公開

韓国の映画界はそれ自体の若さもあるし、様々な状況が違うから、単純に比較をしてコンプレックスを感じることもないけれど、学ぶことは本当にたくさんあると思います。その中で釜山国際映画祭の存在や取り組みは、やっぱり大きいと思う。東京国際映画祭の人は釜山国際映画祭に来て、もっと多くのことを学んで、そこから始めたほうがいいと思う。

もちろん韓国映画界にも問題点はたくさんあります。興行成績による作品の評価は日本以上にシビアだと思いますし。でも映画が当たった時の作り手への還元や、企画開発へのお金のかけ方という部分は日本とは全然違う。儲かるからやるという感覚が必ずしも正しいとは思いませんが、食えない産業に、若くて優秀な人材は集まらない。どうやったら作り手がちゃんと生活を維持しながら、夢を持てるような状況をつくるか、ということも大事です。

一監督ではありますが、自分自身発信せざるを得ない立場になってきている。もちろんそうした状況が変わるよう、僕なりのやり方で、いろいろと頑張っていきたいと思っています。

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映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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