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なんでスーパーヒーローものばっかり?新作『スパイダーマン』で垣間見る、知られざるアメコミ規制の黒歴史

渥美志保映画ライター

今週末から公開の『スパイダーマン スパイダーバース』は、アカデミー賞の長編アニメ部門で、日本作品『ミライのミライ』を破りオスカーを獲得した作品。パラレルワールドに存在する何人ものスパイダーマンがこの世界に集まってくるという物語も面白いのですが、何より面白いのはアニメで「コミック本」そのものの世界を作っている映像表現です。映画館で見るとコミックの世界に入ったような気持ちになります。今回注目したいのは、この作品が「コミック本」であることを示すものが…

映画会社のロゴの後、最後に見えたものは、「コミック倫理規制委員会(Comic Code Authority)」の「検印」です。

前々から「アメコミ」ってなんでスーパーヒーローものばっかりなんだろ?日本のマンガのようにいろんなジャンルがないんだろ?と思っていたのですが、実はこうした倫理規定があったからなんです。今回はアメリカ・コロンビア大学図書館にコミック・コレクションを創設したライブラリアンであり、コミックの歴史に詳しいカレン・グリーンさんにお話を伺いながら、その真実を紐解いてゆきたいと思いますー。

いわゆるアメコミの歴史が始まったのは1920~30年代。始まりは新聞連載の4コマ漫画だったのですが、それが本にまとまって売り出されたのがこの時代です。

コミックっていうぐらいですから、最初は文字通り笑えるもの。そこからDCコミックの『スーパーマン』の大ヒットを契機に、50年代まで黄金時代が続きます。そんな中で登場したのが、ホラーや犯罪もので大ヒットを飛ばすECコミックス。人種差別や性、薬物乱用なども含めたその衝撃的なストーリーと作画に、ヒットを狙う他社が追随しはじめます。そんな流れの中で「コミック倫理規定委員会」が発足。マッカーシイズムが吹き荒れる1950年代の保守化の波の中、その主張は拡張されていきます。

カレン・グリーンさん「1930年から(コミック倫理規定委員会発足の)1954年まで、アメコミにはスリラーから刑事ものからミステリーからいろんな種類があったんですが、ロックやラップのように、アメコミは青少年への悪影響をすると言い出した人がいて、1954年に政府が少年非行審問会をひらくなど、規制に乗り出したんです。その当時、コミックは本屋ではなくキオスクやドラッグストアで売られていたんですが、もし「コミックコード(倫理規定)」に違反して検印をもらえないと、そうした場所に置いてもらえなかったんです」

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さてこの規制がどんなものだったのか。54年の規制の一部を抜粋してみましょう。

●過激な暴力場面はNG。残忍な拷問、過激かつ不必要なナイフや銃による決闘、肉体的苦痛、残虐かつ不気味な犯罪の場面は排除。

●あらゆる恐怖、過剰な流血、残虐あるいは不気味な犯罪、堕落、肉欲、サディズム、マゾヒズムの場面はNG

●いかなる姿勢においても全裸は禁止。また猥褻であったり過剰な露出も禁止。劣情を催させる挑発的なイラストや、挑発的な姿勢もNG。

●暴力的なラブシーンや変態性欲の描写もNG。不倫の性的関係はほのめかしも描写もNG。誘惑や強姦は、描写もほのめかしもNG。

ま、まあね、子供も読みますしね。

●犯罪者への同情を抱かせたり、犯罪者を模倣する願望を他人に与えるような手法で、犯罪を表現するべきではない。

●犯罪は、汚らわしく卑劣な行為として描写。悪との取り引きは道徳的な問題を描写する意図でのみ。犯罪者や悪を魅力的に描き、模倣したいと思わせる表現はNG

●どんな場合でも勧善懲悪、犯罪者はその罪を罰せられるべき。

●警官、裁判官、政府高官などの権威を軽視するように描くことはNG。

●ロマンスものでは、家の価値と結婚の尊厳を強調する。離婚を面白おかしく、または前向きなものとして描くことはNG

●女性のいかなる肉体的特徴も誇張せず、写実的に描かねばならない。

●性転換またはそれに対するいかなる推論や、性的倒錯とそのいかなる暗示的な表現は厳禁

ま、まあね、50年代のアメリカですし……手塚治虫とか白土三平とか水木しげるとか根こそぎダメな感じがしますが。

●「ホラー」「テラー」という言葉をタイトルに使うのはNG

●タイトルに「犯罪」を使うことを制限。使う場合も他の単語より小さな文字で

●ゾンビ、拷問、吸血鬼および吸血行為、食屍鬼(グール)、カニバリズム、人狼化を扱った場面、または連想させる手法は禁止する。

……。

でも確かに今回の『スパイダーマン スパイダーバース』もコードに違反していないかも。小さいお子さんと一緒でも、安心して楽しめる作品です
でも確かに今回の『スパイダーマン スパイダーバース』もコードに違反していないかも。小さいお子さんと一緒でも、安心して楽しめる作品です

カレンさんは言います。

カレンさん「規制をパスする作品は、言ってみれば、8歳の子供が理解できる程度の作品。これだけの規制があると複雑で深みのある物語を作れるはずもなく、内容はペラペラになり、ヒーロー像も単純なものになってしまいます。これにプロテストする形で、一般の場所では売ることができない“地下コミック”も生まれましたが、多くの出版社は倒産し、読者ははっきりと二分化され、その間のものがすっぽりなくなってしまったんです。そうやって残ったのがマーベル(『アベンジャーズ』)やDC(ジャスティス・リーグ)などの大手。ダークホースコミックス(『ヘルボーイ』『シン・シティ』)などその後にできた会社もありますが、今でもこの歴史は尾を引いていて、結果としてスーパーヒーローものが一番多いんです」

その後は少しずつ規制が緩くなっていったのですが、それでも2011年まで残っていたというから驚きです。「ゾンビ」という言葉がコミックで使えるようになったのは1989年(吸血鬼のような文学的背景がないという理由から)。マーベルではコミックコードをパスするために、「ズベンビー」という変な新語を作ってゾンビっぽいものを登場させていたんだとか。カレンさんは言います。

カレンさん「コードは途中で何度か改変されていたのですが、風穴を開けたものとしてよく語られるのは1971年の『スパイダーマン』です。作家のスタン・リーが、薬物乱用に警鐘を鳴らす作品を作ってほしいと、国の保険医療福祉省から依頼されたんですね。それで主人公ピーターの親友、ハリー・オズボーンを薬物依存として描いたんです。その作品が倫理委員会の検印を得られなかった。でもそもそも国の依頼だったし、彼は物語にこだわって引かなかった。4か月後にDCが薬物依存を描いた『グリーンアロー』は、問題なく検印を得ることができました。スタン・リーが規制を打ち破ったんです」

2011年、最後の参加団体であるアーチーコミックがコミック倫理規制委員会を脱退し、団体はなくなりました。現座はそれぞれの会社の自主規制によって内容を精査しているようです。検印の知的財産権は、コミック弁護基金(言論の自由などに関する訴訟を抱えるクリエイターなどの訴訟費用を援助する団体)が所有していて、特別な意味があるわけではないのですが、「コミック本」の歴史を知る人には感慨深いシンボルなのかもしれません。

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Karen Green カレン・グリーン

2002年よりコロンア大学図書館司書。’05年に同大学の中央図書館であるバトラー図書館にグラフィックノベルのコレクションを設け、’11年にManga Creator Arciveと称し、手塚治虫をはじめとする多くの日本の漫画作品を収集。’11年にウィルアイズナーコミックス業界賞、’15年の編集漫画部門のピューリッツァー賞の審査員を務め、現在はイラストレーター協会の理事会の副会長を務める。自身も日本のマンガ作品、特に水木しげるの大ファン。

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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