陰謀と策略が蠢く裏社会で、罠にかかったのは誰なのか。『名もなき野良犬の輪舞』

さて今回は『名もなき野良犬の輪舞』のピョン・ソンヒョン監督のインタビューをお届けします。作品は韓国では「ノワールもの」と言われる、いわゆるヤクザもの。ソン・ガンホなどと並び、興行力と実力を兼ね備え国際的な認知度も高いソル・ギョング(『海雲台』『力道山』など)と、もはやアイドルと呼ぶのは申し訳ないZE:Aのイム・シワン(『ミセン 未生』『王は愛する』)共演の話題作。

今回は韓国の若手映画監督に取材したら聞いてみようと思ったこともいろいろ聞いておりますが――特にラストの1問!「今の時代に『タクシー運転手 約束は海を越えて』が作られたのはなぜか?」という質問は、ぜひぜひお読みいただきたいです~!政治に対する「スパッ!」としためちゃめちゃ新世代な歯に衣着せぬ物言いも、非常に気持ちいいです~。

ということで、まずはこちらをどうぞ!

物語はイム・シワン演じる若者ヒョンスが、刑務所から出所する場面から始まります。真っ赤なスポーツカーで大勢の手下を引き連れながら迎えに来たのは、ソル・ギョング演じる組織のNo.2ジェホ。映画はそこから過去に戻り、ふたりの刑務所内での出会いから義兄弟の契りを交わすまでを描いてゆく――のですが。その合間に、今度はヒョンスの過去がさしはさまれてゆき、彼が実は警官であることがわかってきます。

物語は、ジェホとヒョンスの義兄弟が組織の中で権力を拡大してゆく過程を描きつつ、ひとつ進むたびに「でも実は…!」という具合に過去に戻り、その裏にある秘密を明かしてゆきます。

ピョン・ソンヒョン監督  今回の映画では時間軸に工夫し、過去と現在を行き来する時間配置になっています。なぜそうしたかと言えば、観客にずっとハラハラしながら見てほしいという狙いがあったからです。「次はどうなるんだろう?」と思った途端に、過去から現在へ、現在から過去へと場面が変わる、という手法にしました。

そんなわけで物語は何が真実なのか、誰が味方で誰が敵なのか、罠にかかったのは誰なのか、最後まで二転三転しながら進んでゆきます。その中で築かれ、翻弄されるジェホとヒョンスの義兄弟の絆がこの映画の見どころ。アクションの見どころもありますが、このあたりの機微を演じる役者の演技が、ほんとに、ほんとに素晴らしい。

ソル・ギョングとイム・シワンに漂うブロマンス。こういうホモソーシャルな世界観を描かせたら、韓国映画の右に出るものはありません
ソル・ギョングとイム・シワンに漂うブロマンス。こういうホモソーシャルな世界観を描かせたら、韓国映画の右に出るものはありません

特に印象に残ったのは、誰も信じることができないジェホが、その半生をヒョンスに告白する場面。ソル・ギョングの演技にはいつも「ちょっと暑苦しいなあ」と思うんですが、この場面に見せる乾いた狂気と自嘲と、そこに漂う男の色気といったら!嘘かもしれないと感じていたとしても信じてしまいたくなります。

これに対してイム・シワンが全く負けていません。ある意味では最後まで変わらないジェホに対し、異常な状況を生き抜くたびに陰影を増してゆき、自分の中に別の自分――自分すら知らなかった自分が生まれてゆく様を、見事に演じきっています。ちなみに腹筋割れるほどの身体作りも完璧です。

ピョン・ソンヒョン監督  私としては従来の「ノワールもの」とは一味違う、破壊へと導かれてゆくメロドラマ、ブロマンス的な要素が含まれた作品として終われたらいいなと思いながら作りました。この役にイム・シワンさんをキャスティングしたのは意外に思われる方もいるようですが、僕としてはヒョンス役には「少年的な美しさ」が欲しかったし、そうでありながら少年から男へと成長する姿も見せられることも必須でした。あの年代で突出した演技力と、少年的な美しさを兼ね備えたイム・シワンさんであれば、その両面を見せられるなと思ったんです。

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==韓国の若手監督に会ったら、聞きたかったこと

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ピョン・ソンヒョンの商業映画デビューは前作の『マイPSパートナー』というラブコメです。チソンとキム・アジュンという人気俳優がテレフォンセックスをするというなかなか過激な作品なのですが、会見などにモヒカンで登場したのが印象的でした。「ああ、韓国の監督に新世代が出てきた…」なんて思ったものです。

ピョン・ソンヒョン監督  周囲の知人友人にも、僕が映画監督だと知らない人も多いです。事務所でオーディションをしたりすると、来た俳優が別の人を監督だと思って挨拶したり、うろついている僕を「何この人」といぶかるんあてこともありましたね。でも「映画監督」は単なる肩書ですし、自分は自分らしいスタイルで生きていきたいなと思っています。

こういうちょっとやんちゃな新人監督が、オリジナル作品で次々と登場してくるのが韓国映画界の凄いところ。エネルギーが違う感じがします。

ピョン・ソンヒョン監督  韓国でも新人監督がデビューするのは結構難しいんですよ。違いがあるとすれば、韓国の監督は自分でオリジナルの脚本を書くことができ、作家として認められないとデビューできないんです。僕個人としては韓国映画界が必ずしもいい方向に向かっているとは思いませんが、エネルギーがあるとすれば、才能のある人たちがすごく頑張っているからだと思います。

僕自身、2本目に「ノワールものを」の企画を通すのは本当に大変でした。制作会社としては僕を「ラブコメの監督」と認識していたから、提案されるのはラブコメとヒューマンなドラマ――つまり望まれていたのは「心温まる作品」ばっかりだったんです。でもここで諦めたら、ずっとラブコメばっかり撮るハメになる、いつまでもノワールを撮る機会は訪れないと、何が何でもという気持ちで踏ん張り続けました。でも本作を作った後に提案されるのは、やっぱりノワールものばっかり。ソル・ギョングさんまでもが「続編を撮ろう」と言ってきて。もちろん将来的にはあるかもしれませんが、現時点で「もう一度ノワールを」とは思えませんから、「やりません」とお答えしています。

==なぜ今、韓国で、「70~80年代」映画が次々と作られるのか?

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現在は次回作『キングメーカー』(70年の大統領選における金大中陣営の内幕を描く)を準備中。韓国映画界ではこのところ、『タクシー運転手 約束は海を越えて』をはじめとする70~80年代を舞台にした作品が目立つ気がします。それには何か理由があるのでしょうか。

ピョン・ソンヒョン監督  70~80年代の韓国は、今のような平穏を手に出来なかった時代で、民主化を実現させるため、民主的な社会を作るため、多くの人が犠牲になった時代です。政治はそうした時代を引き継ぐべきであるにもかかわらず、パク・クネ、その前のイ・ミョンバクといった、民主主義を阻むような政権が生まれてしまいました。個人的にはあの二人の大統領は、国として非常に恥ずかしいい大統領だったという思いがあります。

そうしたパク・クネ政権を退陣に追い込んだのは、政治家のような上にいる人たちではなく、市民の運動でした。しかも暴力的な実力行使ではなく、「ろうそくデモ」のような平和的な方法で、市民が歴史を変えたんです。歴史は繰り返すと言われていますし、そういう意味において、市民運動が生まれた70~80年代が再評価され、過去の政権や政治に対しても再び見直してゆこうという動きがあるのではないかなと。新しい政権になりましたが、国内にはそうした状況についての関心は依然強いと思います。

韓国で今年の初めに公開された『1987 ある戦いの真実』(1987年の「6月民主抗争」の起爆剤となった「パク・ジョンチョル拷問致死事件」を映画化)という作品も、この後日本で公開されると聞いています。いい作品ですから、日本の皆さんがどんなふうにご覧になるか楽しみです。

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『名もなき野良犬の輪舞(ロンド)』

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