オスカー作品・監督W受賞のデルトロ監督「誰も信用できない今の時代に、僕はファンタジーの力を信じてる」

(写真:Shutterstock/アフロ)

さて今回は本日発表のアカデミー賞で作品賞を筆頭に、監督賞、美術賞、作曲賞の4冠を獲得した『シェイプ・オブ・ウォーター』をご紹介します。というか、まあそこらじゅうでご紹介されているのだけれど、先日来日の際の会見の内容が、まさに「この4つの賞を獲る!」と予言しているかのような内容でしたので、こちらとともに作品の見どころもあわせてご紹介します!ということでまずはこちらをどうぞ!

物語の舞台は1962年のアメリカ。主人公のイライザは30代半ばと思しき女性で、幼い頃のトラウマで口がきけません。でも映画館の2階にある部屋で、普通の生活を普通に生きています。彼女は某国家機関で清掃員として働いているのですが、ある時そこに国家機密らしい謎の「怪物」が運び込まれてきます。何か実験に使われひどく虐待されている様子のその怪物に興味を持ったイライザは、言葉とは異なるコミュニケーションにより、やがて心を通わせてゆきます。

●ファンタジックなロマンス描こうと思ったきっかけは?また舞台が60年代なのはどうしてですか?

こうした物語が今の時代に必要だと思ったからです。現代は、誰もが他者を恐れる、他者を信用すべきでないという考え方がはびこり、愛や感情が感じられない困難な時代です。

でもだから舞台を現代にするよりは、寓話やおとぎ話といった形の方が受け入れやすいのではないかと思いました。携帯電話や様々なメディアがあることで語ることができなくなるものもありますし、「むかしむかしのあるところに、声を発することのできない女性と怪物がいました……」という語り口のほうが、聞く耳を持ってもらえるのではないかと。

特に1962年を選んだ理由は、この時代が完璧な現代の鏡だからです。1962年は、第二次大戦が終わり、豊かさと将来への希望にあふれ、宇宙開発競争が始まり――アメリカが再び「偉大なアメリカ」を目指した時代です。家、自動車、キッチン、テレビ、美しい広告のような生活の裏には、人種差別や女性差別、新たに始まった冷戦などがあったんです。

そして1962年はテレビが登場し、現代のように映画が衰退した時代でもあります。その部分に私の映画への愛が込められているのです。

ヒロインを演じるサリー・ホーキンスは『しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス』も現在公開中
ヒロインを演じるサリー・ホーキンスは『しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス』も現在公開中

●ヒロインにサリー・ホーキンスを選んだ理由を教えてください。

ヒロインは「香水のCMに出てくるような若くて美しい女性」にはしたくなかった。30代後半の女性で、性的でもあり、普通の日常を生きている――靴を磨いたり、バス通勤の隣に座っていたりするような、それでいてマジカルな輝きをもっている女性です。

この役は最初からサリーに宛書したものです。彼女の出演したイギリス映画『サブマリン』を見て、その演技に目を奪われました。セリフは少ないけれど、人の話を聞き、動きを見る様子が素晴らしかった。セリフをうまく言えるのがいい俳優のように思われがちですが、本当にいい役者は共演者のセリフをよく聞き、反応をよく見る人で、彼女はまさにそういう俳優です。初めて会った時、私は彼女にこう言いました。

「口がきけない役だよ、でも一度だけモノローグがあり、歌い踊る場面がある。そして半魚人に恋をするんだ」。彼女の答えは「すごい!」。完璧だ!と思いました。

さてこの作品の素晴らしさは、なんといっても映像の美しさ。ヒロインが水に満たされた部屋の中でたゆたう冒頭の場面から、妙にイケメンに見える怪物の造形、二人の水中でのラブシーンなど、どれもこれもがすごく美しくどこかダークで、まさに大人のファンタジーといった趣です。

●美術などのこだわりについて教えてください。

今回の映画の「核」は怪物で、それを中心に装置、衣装、カメラワークが決まり、職人たちの手作りによって作り上げました。もちろん怪物が存在する世界を美しい場所にする目的もありましたが、それ以上に必要だったのは「おとぎ話」をリアルに感じてもらうこと。もし怪物が普通の現実的な世界にいたら場違いになってしまいますから、芸術的に美しいクリーチャーと世界観を作っていくことが僕の仕事だったんです。

●水中の場面が幾つかありましたが、いろいろな苦労があったのでは?

実はオープニングとラストの水中の場面は、一滴も水を使っていないんです。これは「ドライ・フォー・ウェット」という古い演劇の手法で、部屋全体を煙で充満させた上で、「浮かんでいるもの」――俳優や小道具などを操り人形みたいにすべてワイヤーで吊り上げて、送風機で風を送りながら、スローモーションで撮ります。水のテクスチャーはビデオプロジェクターで投射し付け加えているんです。

でも中盤のお風呂場での場面は、実際に水の中で撮影しています。二つの手法を使っていますが、それぞれに大変な部分もありますね。

この場面も、水は一滴も使ってないなんて!
この場面も、水は一滴も使ってないなんて!

●色彩も美しく、特に多く使われていたのは水のブルーでしたね。

色についてはすごく綿密に計算しています。

彼女のアパートは常にブルー――水中の色で、壁紙は魚のうろこ状になっています。これは葛飾北斎の描いた大きな鯉の絵に影響を受けたものです。これに対し他のキャラクターはみな、ゴールドやオレンジ、アンバーなどの暖色系の家に住んでいます。

そして赤は、「愛」と「映画」にまつわる部分のみに使われています。ヒロインが住む部屋の階下にある映画館のインテリアはすべて赤ですし、ヒロインはモンスターに恋をすることで赤い服を着るようになり、最後には全身赤になってゆきます。

そしてクルマ、ゼリーの色、カフェで食べるパイ、研究所などのグリーンは、全て未来を表しています。

水中の場面に加えてすごく印象に残るのは、声が出せないヒロインが歌いだす、まさにファンタジーの場面です。監督はこの映画について説明する時に、「歌」とか「メロディ」とか「シンフォニー」とか、音楽に関する言葉がすごくたくさん出てきます。作曲賞を獲得したのも、そうした監督の思いが表現されていたからでしょう。

●この作品をどんな作品にしたいと考えていましたか?

一番の目的は、ラブソングのような――音とイメージでシンフォニーを奏でる映画を撮ることでした。よく車を運転しているとカーラジオからラブソングがかかり、ボリュームを最大に上げて歌いだすことってありますが、そんな気持ちを感じてほしかった。でもその一方で、ハリウッド黄金時代のようなクラシカルな映画にもしたかったし、ちょっとだけクレイジーな要素も入れるつもりでしたけどね。

●1947年のミュージカル映画「ハロー、フリスコ、ハロー」の挿入歌「you’ll never know」が何度かかかりますが、それに込めたものを教えてください。

映画への愛を示したかったんです。でもそれは偉大な名作、劇場にいって見る『市民ケーン』とか『雨に歌えば』のようなものではなく、メキシコではいわゆる「日曜シネマ」と呼ばれる、さほど重要視されていないような作品――コメディやメロドラマ、ミュージカルのような作品です。というのも私が人生において、落ち込んで落ち込んで沈み切った時に救ってくれたのは、そうした作品だったから。私はそういう、ただ観客とつながることを目的とした映画をこそ、すごく愛しているんです。そういう作品って内容的にもすごくエモーショナルで、曲が流れると泣けてきちゃうんですよね。

そして映画の中のヒロインは、彼をどれだけ愛しているかを伝えたいのですが、声が出せないから伝えられません。メキシコ人が愛を伝える時の一番の方法は、バルコニーの下からセレナーデを歌うこと。ですから彼女には、彼への思いを歌い上げてほしかった。映画の中でもそうですが、言葉を持てば嘘をつくことができるし、言葉がある人たちはみんな混乱していますよね。その一方で、言葉を持たない二人は一番強いつながりを持つことができる。それに歌の歌詞の中は、誰も嘘をつくことができないですよね。

余談ですが。映画のラストがいいのは、怪物が怪物のままで終わること。ディズニー映画なんかではよく「真実の愛を得た怪物は、呪いが解けて王子様に」となりますが、『美女と野獣』も「野獣のままの方が可愛かった……」と思う私(もしかして特殊?)のような女子には、ものすごーくツボでした。そして陽気でロマンチストで、会見の最後には歌まで披露したクマちゃん、デルトロの可愛さも!

●アカデミー賞ノミネートに関してはどのように感じていますか。

嬉しいです。この作品は『パンズ・ラビリンス』に続くオスカー2度目のノミネートですが、どちらもまさに自分らしさを表現した作品で、そうした作品で認められたことが嬉しいんです。私はこうした物語の「ポエトリー」の力、そしてファンタジーでしか表現できない美しさがあることを信じています。

『シェイプ・オブ・ウォーター』

(C)2017 Twentieth Century Fox