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二人の男が死ぬまで殴り合う壮絶に、なぜ魂が震えてしまうのか。『あゝ、荒野』

渥美志保映画ライター

今回は、現在公開中の話題作『あゝ、荒野』をご紹介します。

この作品、W主演の菅田さん、ヤン・イクチュンさんも大好きで、別媒体で取材もさせていただいたのですが、個人的には高橋和也さんが素晴らしい~。かつて「男闘呼組」として活動していらした頃も素敵でしたが、イ・ビョンホンのアフレコを担当し、個性派俳優として様々な監督に愛された30代を経て、特に『そこのみにて光輝く』以降の素晴らしさといったら!

というわけで、今回は高橋和也さんのインタビューを交えつつ、「大人の男」の視点で見る『あゝ、荒野』をご紹介したいと思いますっ!でもってまずはこちらをどうぞ!

さて、まずはざっと物語を。舞台は2021年(!)の新宿、主人公は、ひょんなことから出会い、さびれたジムでボクシングを始めた“新次”(菅田将暉)と“バリカン”(ヤン・イクチュン)のふたりです。母親に捨てられ友人に裏切られ、復讐するかのように拳に憎しみを込める新次と、ボクシングを通じて初めて誰かとつながれることを知った吃音に悩む床屋の青年=“バリカン”は、180度違うタイプなのですが、ジムでともに生活し練習するうちに兄弟のような絆で結ばれてゆきます。

映画の前篇はこの二人を中心に、それぞれの事情で「新宿」という町に集まってきた根無し草のような人々を、めちゃめちゃ濃いキャラで描きます。

「当初はこれだけの人物の人生が、1本のストーリーにまとまるんだろうか?と思ったんですが、完成作品を見ると、すべてが『新宿』という町に集約されているなと感じましたね。新宿って僕も若い頃から馴染みがありますが、“ここから先には行くな”って言われるようなワイルドサイドがある町なんですよ。映画はそういう場所に吹き溜まる人々が、脚本以上に生き生きと描けていると思います」

『そこのみにて~』に引き続き、高橋さんは菅田くん演じる役の大切な人(今回は母親)を、デジャブのように愛人にしております。
『そこのみにて~』に引き続き、高橋さんは菅田くん演じる役の大切な人(今回は母親)を、デジャブのように愛人にしております。

私は脚本を読んではいませんが、映画が脚本以上に生き生きとしているならば、それは現場で作られたものに違いありません。この作品に関わった多くの人みんなが口にするのは「現場のセッション」という言葉。つまり現場で、監督と俳優、俳優と俳優が化学反応しまくっていた!のだとか。何が素晴らしいって、やっぱりそこはボクシングのシーンから伝わる気迫――なんですが、それは後に譲るとして。

まずはそういうセッションの現場がどんなだったかを語る、高橋さんが演じた宮木の登場シーンについてのお話を。宮木は、主人公二人を抱える貧乏ジムと、ラブホテルを居ぬきで使う介護施設の、インチキくさい社長です。この場面、昭和の香り漂うこの映画らしい強烈なインパクトがあり、しかも爆笑です。

「暗い地下道みたいな場所でイチャイチャしているカップルを覗きながら、自分を慰めているという場面なんですが……不能なんですよね、宮木は。正直、どうやって演じたらいいのかと(笑)。カップルを見ながら“がんばれ、がんばれ”と呟くことで、自分も鼓舞する――これは現場で出たアドリブです。そこに突然菅田君演じる新次が現れ、後ろから声をかけてくる。

シナリオでは、ビックリして怒った僕が菅田君を追いかけまわす――とあるんですが、これが現場でなんだかうまくいかない。どうしようかと考えて、今まで覗いてたカップル、我に返って行為をやめてしまった二人の方に近づいていってみたんです。“やめないで続けて”って言いながら(笑)。

とにかく現場で作った映画でしたね。ジムを仕切る元ボクサー“片目”役のユースケ・サンタマリアさんとの場面なんてほとんどがアドリブ。監督はそれを何回も何回もやらせるんですよ。同じこと言うわけにはいかないから、10テイクあれば10パターン。もうネタないよっていうくらい」

ユースケさん演じる「片目」も、大人の哀切漂わせてすごくいい味。
ユースケさん演じる「片目」も、大人の哀切漂わせてすごくいい味。

こうしたライブ感とともに撮られた数々のボクシングシーンは、躍動感がみなぎっています。前半は菅田君演じる新次の独壇場です。戦う相手を激しく憎悪することで撃破してゆく、その戦いっぷりはまるで獣のよう。菅田君のハイエナジーな演技も画面からはみ出さんばかりです。

その陰で、相手を憎むこと、殴ることができずにいたヤンさん演じるバリカンが、あることをきっかけに、新次と戦うことを決意します。作品のクライマックスは、浅からぬ因縁を引きずったふたりが、それぞれの宿命を乗り越えるための対決、その壮絶な戦いを描くのですが、現場も独特の空気に包まれていたのだとか。

ボクサー役の菅田君は、マジで鍛えた身体。
ボクサー役の菅田君は、マジで鍛えた身体。

「あの場面の撮影の前に、監督から“ある提案”があったんです。それは二人にとことんまで戦わせるために宮木が思わずしてしまうことなのですが、ある意味ではボクシングの試合を冒涜するような行為でもあり、“さすがにどうかな”と……。でも完成した作品を見て、正しかったなと思います。背負わされてしまったどうしようもない人生から抜け出すために、男二人がリングの上で命がけで殴り合う。それは常軌を逸したことだし、現場も異様な雰囲気に飲み込まれていましたが、同時に世界が反転してしまう瞬間でもあるんです。つまり、ふたりの戦いは、ものすごく尊いことなんじゃないかと」

一見“軽薄でインチキくさいオッサン”の宮木。でも掃きだめの新宿で、人生の酸いも甘いも頂点もどん底も、「ふりむくな、ふりむくな、後ろには夢がない」なんてセリフに象徴される達観とともに、見続けてきた人でもあります。そんな人が若い二人の死闘を見て思わず叫ぶ「この美しい世界を壊すな!」は、この映画のテーマに通じるもののように思います。

「完成した作品を見て、“ああそうか、監督が言わんとしてることはこれか”っていう感じがしました。常識を覆す、ちょっとすごいところまで描けたんじゃないかと思います。今の時代、社会のあらゆる場所で、常識を押し付けられることが多いじゃないですか。そうした中でたまった歪みは、必ず噴出する。人間ってやっぱり動物で、どこかに野生が残っているんだと思うんです。いろんなものがシステマチックになり、コンピューターが欠かせない時代にありながら、二人の男が命を懸けて殴り合う壮絶にどうして魂が震えてしまうのか。それはそうした野生に、誰もがある種の美しさを感じているからじゃないかと思うんですよね」

『あゝ、荒野』

公式サイト

前篇 公開中

後篇 10月21日(土)より公開

(C)2017「あゝ、荒野」フィルムパートナーズ

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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