9.11以降の世界に生きることは、いつ何が起こるかわからない薄氷の上を歩いているのと同じだ

前作『エッセンシャル・キリング』が出品のヴェネチア映画祭にて。不敵なおっさん。(写真:ロイター/アフロ)

役を得るためにセクハラまがいの監督に会いに行く女優と、彼女を引き留める嫉妬深い夫。若い娘と問題を起こし刑務所から出所した父親と、その息子で結婚間近の薬物中毒のバイク便の男。質屋強盗をもくろみ、失敗した少年。狭いビルに突入する救急隊員。川沿いで絵を描く老人。彼らの多くが見上げる空に、次第に大きくなってゆく謎の「黒い点」の正体は……。

『イレブン・ミニッツ』は、11分後の「ある運命の一点」に向かって交錯する様々な人生を描いた作品。監督は、三大映画祭のすべてにおいて主要な賞を獲得した数少ない監督として知られるポーランドの巨匠イエジー・スコリモフスキ。その大胆かつ斬新な構成、ドラマの躍動感、現代的な感覚など、まるでハリウッドの若手監督が挑戦したエンタテイメント作品のようにすら思えるのですが、細部には示唆に富んだ現代社会に関するほのめかしがちりばめられています。御年78歳、いまだ気炎を吐く監督が、作品に描いた世界とはいったいどんなものなのでしょうか?

作品を11分間の出来事にした理由はなんですか?

まず約10分間という制約で映画にしようと決めて――とはいうものの、数字自体がいくらか持っている数霊術的な印象に深入りしたいとは思いませんでした。そう考えたときに、10はあまりにキリが良すぎるし、「十戒」のような意味もありすぎる。12も同様です。「12か月」とか「12使徒」とか。「13」は不吉な数字だし。それで11が残りました。グラフィックとしてもいいなと思いました。11という数字のシンメトリーと単純さが。

そうした制約を決めたときに、円環状の構成を用いるのがいいと考えました。全体は11分間なのですが、同じシチュエーションが繰り返され、時には時間をさかのぼりながら、同じ時間の中をぐるぐると回るような。

これは我々の脳の中で起きていることと同じではないかと思います。人は同じことを何度も何度も繰り返し考え続ける。ちょうど粉を引く石臼のように、その時その時に新しい考えは入ってくるものの、同じところで回り続けているんです。

監督が美人女優にセクハラ中。
監督が美人女優にセクハラ中。

結論や理由のない小さなエピソードがすれ違い絡み合う物語になりましたね。

いろいろと制約があるのは刺激的なことだと思います。『イレブン・ミニッツ』の場合は、制約を設けることで型通りの物語的設定に囚われずにすみました。実を言えば、登場人物の心の軌跡や動機を追うこと、ありそうな物語の流れや転換点を提示すること、起承転結があるという前提で考えることなどには、あまり興味がありません。

偶発的で、時に陳腐で時に痛切な瞬間が織りなす、途切れることのない連続――人生こそが唯一そういうものだと思いますが――の中にある、登場人物たちを見つめることに興味がありました。意味のあることと無意味なこと、関連性のあることとまったくの無関係なことが、奇妙にまじりあう感じを見てみたかったんです。

プロローグをカメラ付携帯の映像にしたのはどういう理由からですか?

冒頭はシナリオを書いていて、一番最後に思いつきました。登場人物たちの「サイバー墓地」みたいなものを、プロローグにしようと思ったんです。我々より長生きするシンプルで無害なものの数々――飛行機の墜落事故で持ち主が死んだ後に残る財布のようなものについては、そもそもの構想に含まれていました。

プロローグにあるwebカメラで撮られた写真や映像は、ソーシャルメディアが大流行する現代における“死後の生”です。時に非常に偶然的な、個人が望まないような生存のかけらが、死後に残ってしまう。そういうものへの気持ちの悪さを感じます。

個人的には、現代的なコミュニケーションというのは好きではないし、フェイスブックもブログもやってません。自分の映画にとってプラスになればメディアに顔を出しますが、なるべくそういうものから距離を取っていたいし、私は私の片鱗をネット上に残したいとは思いません。

逆に一番最初にあったのは、映画のラストのシークエンスです。この映画を作り始めた当時、私にとって一番身近だった数人が亡くなったんです。そうした悲劇的な体験から、私は悪夢を見るようになりました。この映画のラストはそうした悪夢のひとつとして私が見たものです。これはドラマチックな映画のラストにふさわしいと思い、そこから逆算して物語を作ってゆき、冒頭の部分にたどり着きました。

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驚きのラストが示すものは?

一番簡単な答えは「That’s、LIFE」ということです。私は人生において非常にたくさんの悲劇を経験しました。それが私の創作に反映しないわけがありません。私が作るのはドラマです。コメディやミュージカルは1本も撮ったことがありません。もちろん『早春』や『アンナと過ごした4日間』などで笑ってしまったという人もいるでしょう。それに対しても、同じように「人生ってそういうもの」と答えます。もちろん楽しいことや楽観的な瞬間もありますが、最後の最後には、あまりいい結末にはならないものです。

そうした話を伺うと「11」という数字に、どうしても「9.11」を重ねてしまいます。作品の中には低空飛行するジェット機の姿も見えますよね。

特定のどこかではなく、世界のあらゆる場所でカタストロフィが起こりうる、そうした世界観を描いた映画です。この映画の撮影は主にワルシャワで、グジボフスキ広場を中心に撮影しました。選んだ理由は、古さと新しさ、秩序と混沌、美しさと醜悪さが、最も不調和に混在する場所だと感じたからです。

でもこの広場はおろか、都市自体も特定することは意味をなさないし、特定しえない都市として描いたつもりです。高層建築が立ち並ぶような現代都市で、交通が発達した都市であれば、どこでも構いません。ただこの場所が、粗削りでダイナミックな「十字路」のような体験を、観客にもたらしてくれればいいと願っています。その曲がり角に、まったく予期せぬ出来事が潜んでいる十字路のような。

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テロなどが続発する現在のヨーロッパには不穏な雰囲気があると思うのですが、この作品を作った当時から、そうした空気のようなものを感じていたのでしょうか?

この映画は、ある意味でこの1年くらいに起きていることを先んじた映画だと思います。作り始めたのは2年前ですが、その当時にもそういう部分を感じていたのだと思うし、それが私を悩ませていたのでしょう。我々は薄氷の上や奈落のふちを歩いているのと同じです。あらゆる曲がり角には、不測の事態、想像を絶する事態が潜んでいます。確かなことなど何ひとつとしてなく、次の日、次の一時間、次の一分間でさえも不確かで、全く予期せぬかたちですべてが不意に終わってしまうかもしれないと思います。

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イエジー・スコリモフスキ

1938年5月5日ポーランド・ウッチ生まれ。両親は第二次世界大戦中レジスタンスに身を投じ、父はナチスに処刑される。大学時代に友人を介してアンジェイ・ムンク、ロマン・ポランスキーらと出合い、この時期に詩集、短編小説、戯曲などを発表。アンジェイ・ワイダの『夜の終わりに』(60)で共同執筆および俳優デビュー。ポランスキーの長編デビュー作『水の中のナイフ』(62)で台詞を執筆。

64 年、自ら主演して完成させた長編第1 作『身分証明書』を発表、アーンへム映画祭でグランプリを受賞。その後同作のキャラクター“アンジェイ” を主人公にした『不戦勝』(65)、『手を挙げろ!』(67)を監督・主演。『手を挙げろ!』がスターリン批判とされ上映禁止となり、国を離れる。

67 年にベルリン国際映画祭金熊賞を受賞した『出発』を皮切りに、『ジェラールの冒険』(70)、『早春』(70)など精力的に作品を発表。『ザ・シャウト/さまよえる幻響』(78)でカンヌ国際映画祭グランプリ、『ムーンライティング』(82)で同映画祭最優秀脚本賞、『ライトシップ』(85)でベネチア国際映画祭監督賞および審査員特別賞をそれぞれ獲得、誰もが認めるヨーロッパを代表する映画作家の地位を確立。

2008年、17年ぶりに監督復帰した『アンナと過ごした4 日間』を故国ポーランドで製作。東京国際映画祭で審査員特別賞を受賞し、日本でも公開され大ヒットを記録。10年、ヴィンセント・ギャロ主演『エッセンシャル・キリング』でベネチア国際映画祭審査員特別賞、最優秀男優賞をW受賞。俳優としても、ハリウッド超大作『アベンジャーズ』(12)などにも出演。

『11ミニッツ』 公開中

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