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「韓国人の監督が、なぜ日本をこんなに美しく撮るんですか」と言われ、ショックを受けました。

渥美志保映画ライター

今回は日本で順次公開中の日韓合作映画『ひと夏のファンタジア』のチャン・ゴンジェ監督のインタビューをお送りします。奈良県五條市を舞台に、ある夏の出来事を2部構成で描いたこの作品は、穏やかで優しく繊細、そしてどこかファンタジックで、韓国ではインディーズ映画としては異例の大ヒットを記録しました。“韓国の是枝裕和”ともいわれるその作風は、是枝監督の初期の作品を思わせる即興的な演出でできあがっています。今回は開催が危ぶまれる釜山映画祭について、今の韓国で映画を作ることについても、お伺いしてきましたー。

ということで、まずはこちらを!

監督の好きな監督、映画を教えてください。

是枝裕和監督の『歩いても 歩いても』。時折「作風が是枝監督に似てる」と言っていただくのですが、僕にとっては嬉しい褒め言葉ですね。俳優の演出の方法、自然な演技を追求するという部分や、日常を切り取るという部分では、影響を受けていると思います。ヨーロッパ系ではフィリップ・ガレル監督。あんな映画を撮りたいなと思います。

日本を舞台にした作品を作るきっかけは?

長編第2作目の『眠れぬ夜』という作品がなら国際映画祭に招待され、その中のプロジェクトである「NARAtive」(活躍が期待される若手映画監督による、奈良を舞台にした映画の製作)への参加のお話をいただいたんです。「奈良県五條市で撮影すること」「日本のスタッフの参加」など様々な条件があるのですが、映画祭の実行委員長である河瀬直美監督とご一緒したくてお引き受けしました。当初は河瀬監督が作った構成を自分が監督するというお話でしたが、せっかくならば自分の方向性が示せる、日韓のコラボレーションのような作品にしたいという思いがありました。プロデューサーである河瀬監督からは、映画監督の視点から様々なアドバイスをいただきながら、最後の最後まで緊張感あふれるやり取りを続けました。映画が完成した後に、日韓の映画関係の友人たちには「河瀬監督からよくぞ生き延びた」と、真っ先に言われたんですよ(笑)。

1部は五條市でロケハンする映画監督を追う話、2部はその登場人物だった役所の男の、過去にあったほのかな恋愛のエピソードをもとにした物語という、独特の構成ですね。

1部は実際の自分の体験がベースに、映画監督と通訳が、五條市役所の広報課の職員の案内で五條をロケハンする話をドキュメンタリー風に描きました。

2部は、それをもとに作られた映画という設定です。一部で登場した、岩瀬亮さん演じる役所の職員が「数年前に(キム・セビョクさん演じる通訳の女性と似た)韓国人の女性を案内したことがある」と言うセリフがあるのですが、それを思わせる、青年・友助と韓国人女性ヘジョンのほのかな恋の物語になっています。

1部の撮影が始まった段階では2部は別の話を想定していたのですが、撮影の途中で、一部に出演していたセビョクさんと岩瀬さんに、二部もやらない?と声をかけてしまったんです。想定していた物語は予算の都合上できそうになく、その時点ではストーリーすら決まっていなかったんですが。

モノクロの1部。クラシックな町の落ち着いた雰囲気が伝わる感じ。
モノクロの1部。クラシックな町の落ち着いた雰囲気が伝わる感じ。

1部をモノクロでドキュメンタリー風に、2部をカラーで物語として撮ったのはどんな理由からですか?

五條は人も少なく、時が止まったような町です。モノクロで静的に撮ることで、そうした自分が見たままの世界を描くことができると考えました。過疎化した町の現状ももちろん入れるつもりでしたが、外国人の自分が何かしらの判断を下すことではありません。ですから大上段に描くより、人物に寄り添うことでそうした問題が見えてくればいいなと思いました。ドキュメンタリー風に描くことで、地元の方のお話も本音の部分で聞くことができたかなと思っています。

これに対して、2部はカラフルに動的に撮影しました。若い男女がその街を歩き回ることで、色を加えていくような感じです。五條は「かぎや」で知られる日本の花火の発祥の地なので、モノクロとカラーの場面のブリッジとして、花火の場面を使っています。

ほのかな恋のエピソードが彩る、カラーの2部
ほのかな恋のエピソードが彩る、カラーの2部

二部には細部まで書き込んだシナリオがなかったとか。

実は1部はドキュメンタリー風ですが書き込んだシナリオがあり、二部は物語ですがシナリオがなく、大枠だけを決めてあとは俳優に任せて撮ったんです。ですから岩瀬さんもセビョクさんもお互いの感情を手探りで、観察しながら演じていたと思います。

ラストのふたりの展開については監督と岩瀬さんだけが知っていて、セビョクさんには伝えずに撮ったと聞いてビックリしました。よくあんなに自然な場面になったなと。

実は終わった後に、彼女に飛び蹴りをされました……(笑)。自分の意図は理解してくれたと思いますが、それでもビックリしたんでしょうね。でももう一度やるとしても、たぶん同じ方法でやると思います。少しリスキーな方法かもしれませんが、その場その場で作り上げてきた即興性のある作品でしたし、この作品であれば機能するかなと。ただし撮り直しは絶対にできません。「こうなるのか」と俳優が知ってしまえば、その時の生の感情を撮ることができないからです。もちろんああした自然な、美しい場面になったのは、セビョクさんの実力があってこそだと思います。

ヒロインがどんな展開になるか知らなかったという、嘘みたいに素敵なラストシーン!
ヒロインがどんな展開になるか知らなかったという、嘘みたいに素敵なラストシーン!

韓国で多くの若い女性に支持され、インディーズ作品では異例の大ヒットになったそうですね。

この作品をきっかけに、五條を一人旅した女性も多かったようです。SNSなどでは「奈良に来たけど友助はいない」とつぶやく人もいたりして(笑)。僕は残念ながら結婚しているので、そうした経験はできないのですが、やっぱり旅行に行ったときにちょっとしたロマンスみたいなものがあるといいなと思いますし、そういうものへの憧れがあります。今の韓国では、若い人たちは就職難だし、やっと就職してもオーバーワークで、恋人同士もデートをしないし、結婚の年齢も遅くなっているし、自殺も増えています。そんな生きにくい社会で生きる若い世代にこの作品が受け入れられたのは、みなが僕と同じような憧れを持っているのかなと思います。

これまで過去の作品では、韓国人の男性と日本人の女性という組み合わせはあるのですが、歴史的な問題があるせいか、日本人の男性と韓国人の女性という組み合わせはほとんどありませんでした。そうした作品が韓国人の若い女性に受け入れてもらえたというのは、ひとつには岩瀬さんの誠実なキャラクターがあったからこそだと思います。岩瀬さんは韓国で人気が出て、今年8月には『最悪の一日』という主演のロマンティックコメディも公開されるんですよ。

公開されていた2015年は、日韓関係が冷え切っていたタイミングでしたね。

韓国での舞台挨拶で、岩瀬さんに映画とは無関係の厳しい質問が飛んでくるのではないかと思い、質疑応答のシミュレーションをしたりもしました。幸い岩瀬さんにはそうした質問はなかったのですが、監督である自分に対して「韓国人のくせに、なぜ日本をあんなに美しく撮るんですか」と言われたことがあり、それに対してはすごくびっくりしたし、ショックを受けました。

韓国では釜山映画祭への政治の介入で開催が危ぶまれていますが。

これは個人的な見解ですが、おそらく今年も開催はされると思います。ただ映画祭としての表現の自由、政治からの独立性をどうやって保っていくかは大きな問題です。

上映作品の選定に政治が口を出すなんてありえないことだと思いますし、それに反発した韓国のほとんどすべての映画人が映画祭をボイコットしています。ですからその問題がクリアにならなければ、最悪、映画人がほとんど参加しない映画祭が開催されるという展開もあり得るかもしれません。

そういう状況で、韓国で映画を作る時に何か影響する部分はあるんでしょうか。

何が問題かと言えば、こういう事態が起こっていることで、自分が作っている映画を自分自身が検閲してしまうことです。「こういう作品を作って、もし何か言われたら。政府に問題視されたらどうしよう」と、事前に思ってしまうんですね。そのこと自体がクリエイターとしてはとても大きな問題です。それは自分に限ったことではなく、気分的には作り手の誰もが感じていることだと思います。

最後に日本の観客にメッセージを。

韓国人の監督が日本で撮った作品ですが、国籍に関係なく理解できる普遍的なものを描いた映画だと思います。映画を見て気に入ったとしても、そうでないとしても、どんな感想を持たれるかお聞きかせいただきたいなと思います。

写真・石津文子
写真・石津文子

チャン・ゴンジェ JANG KUN-JAE

1977年11月26日生まれ。韓国映画アカデミーを卒業後、中央大学先端映像大学院映像芸術学科映画演出専攻で製作修士学位(MFA)を取得。数々の映画祭に招待された1998年の短編映画『学校に行ってきました』の後、2009年に『つむじ風』で長編デビュー。第28回バンクーバー国際映画祭グランプリ、第45回ペサロ国際映画祭ニューシネマ大賞などを受賞するなど、多くの映画祭で注目を集める。2009年には自身の映画会社MOCUSHURA(モクシュラ)を設立。現在、龍仁大学校映画映像学科教授。

『ひと夏のファンタジア』公開中

公式サイト

(C)Nara International Film Festival+MOCUSHURA

取材協力・ときのもりLIVRER

http://www.tokinomori-nara.jp/livrer/

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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