改憲で現実味?スノーデン事件が教える、個人情報ダダ漏れ社会の恐怖

スノーデン支持のデモはアメリカをはじめ各国で。(写真:ロイター/アフロ)

今回お勧めする作品は、2014年度のにアカデミー賞ドキュメンタリー賞を獲得した『シチズンフォー』。2013年に起きた「エドワード・スノーデン事件」の裏側を追ったドキュメンタリーで、この取材をもとに書籍化された作品はピュリッツァー賞も獲得しています。

事件自体はみなさん、なんとなく耳にしたことありますよね。アメリカの情報機関NSAで上級職員として働く当時29歳のエドワード・スノーデンが、一般国民に対して政府が行っている通信傍受、記録の実態を、マスコミを通じて告発した事件です。これ全世界的な大問題なのに、日本だとなんとなく他人事感があるんですよねー。でも参議院選挙の結果いかんでは憲法改正もありうる今、日本でももしかしたら現実味がないわけじゃないのかも……なーんて思ったりするわけで、すでに公開中の作品ですが、ご覧いただくべく、いってみたいと思います。

映画の発端は、映像ジャーナリスト、ローラ・ポイトラスのもとに届いた、アメリカの情報機関で働く「シチズンフォー」と名乗る謎の人物からの「国家の国民監視の実態を示す情報を提供するから公開してほしい」という、暗号化されたメールです。彼女が選ばれた理由は、イラク戦争やグアンタナモ収容所に関する作品を作り、NSA(国家安全保障局)の監視対象だったから。メールにはこうあります。「メールは暗号化し、パスワードも厳重に。敵は毎秒1秒に1兆種類を推測可能です」。まるでスパイもののような緊迫感の中、ふたりは香港で会うことを約束。そこで秘密裏に行われた英紙ガーディアンの記者による8日間にわたるインタビュー取材を、彼女は映像によって記録し始めます。

なんかぜんぜん伝わらない写真!
なんかぜんぜん伝わらない写真!

さてスノーデンが、なぜこんな行動に出たか。映画はその背景となる世の中の動きを断片的に示してゆきます。

例えば2012年の公聴会。NSA長官の「個人に関する情報収集(携帯電話の通話、Amazonの購入履歴、銀行口座、グーグル検索履歴など)はしてない、する場合は裁判所命令が必要」と明言しているにもかかわらず、それに先立つ2006年、NSAが電話会社の通信網への侵入しているんですね。でもってこのプライバシー侵害を巡る裁判で、政府側弁護人はいけしゃあしゃあと言うわけです。

「国家の監視政策にまつわる事例で、こうした申し立てをできる資格を持つ者はいないし、司法が口を挟むべきでない」。

聞いていた判事も半ギレのこのセリフに、私も「えっ?」となりました。ウォーターゲート事件でニクソンが大統領辞任したアメリカが、今や国家ぐるみでニクソン化?!

まあそうした現状に、「実はオバマ政権ではブッシュ政権時代よりひどくなってる!」と危機感を覚えたのがエドワード・スノーデンその人です。それまでの内部告発が握りつぶされてきたのを見てきた彼は、長い時間をかけて入念な準備をした上で、ついに決行したわけです。もうこれまでの人生には帰れないという覚悟のもとに。

この映画を見て最初に怖くなるのは、ひとつ紐解けば芋づる式に情報がダダ洩れになる現代社会の怖さです。映画の中で様々に指摘される危険性を挙げてみましょう。

まずはクレジットカード。便利だしポイントもたまるから、最近ではスーパーでもカフェでもコンビニでも使います。この情報を入手すれば、自分がどこで何にお金を使ったかがわかりますよね。最近よくある交通機関のカードと一体化したものや、オートチャージするものもありますが、そうなると日々の足取りがすべて把握できます。

次はもちろん携帯電話。誰と話したか分かるし、別の誰かのデータと照らし合わせれば、誰と会っていたかも分かります。一時期、「アイフォンにバックドア(通信機器にあらかじめ作られている政府機関からのアクセスを許容する仕組み)を作れ」というアメリカ政府の要請をアップルが拒否したことが話題になっていましたが、つまりこれがニュースになるってことは、あらゆる企業がその要請を受け入れちゃっているってことなんでしょう、おそらく。

これだけじゃありません。おうちの電話はIP電話ですか?これ、ジャックさえつながっていれば、通話中でなくても盗聴器として遠隔操作できるそうです。パソコンにSDカードがさしっ放しでは?これもスノーデン曰く「危ない」。パスワードは4桁?もってのほかです。数字や大文字小文字をまぜた10桁でも「まだマシだけど、NSAなら2日で解読」します。盗撮を恐れるスノーデンは、PWは頭からすっぽり布をかぶって入力します。見てるうちに、あああああああと叫びだしたくなります。

いやいやいや、たとえできたとしてもやらないでしょ、別に何の罪も犯していないんだし――と、常識的には思いますよねー。でも何か狙いのある人は、世の中が「いくらなんでも」と思うのを逆手に取り、「そんなことしませんよ」という顔でやりたいようにやってしまうもの。っていうかその証拠を暴露したのが、まさにスノーデンなんですねー。

さてそんな状況で、スノーデンは言います。

「監視される前のインターネットは、世界中の人々が対等に、何の抑制もされずにモノが言えた。今は監視されることが前提で、検索ワードにも気を使う人もいる。僕は自分を含めたあらゆる人々の知的自由を守りたい。これを自己犠牲だとは思わない」

さてここで考えたいのは、世間はすっかり「スパイ」「売国奴」扱いで、実際に「第一次大戦時に作られたスパイ活動法」で起訴されたスノーデンは、本当にスパイなのかってことです。

例えば今年の公開映画で「スパイもの」って言えば『ブリッジ・オブ・スパイ』とかありましたけど、これ、「アメリカに潜入して情報を収集したロシアの“スパイ”」の話ですよね。でもスノーデンは「アメリカ政府が国民を欺いているという事実を告発し、アメリカ国民に知らしめた」わけで、アメリカに潜入した敵国のスパイじゃないし、盗んだ情報をそうした国に売ったわけでもありません。むしろ国民は、国が国民全員を容疑者扱いして(もしくはそれを理由に好き放題に情報収集して)いることを怒るべきじゃないのかなあ。

映像の中で語るスノーデンを見ていると「本当に勇気があるな、天才なんだな」って思うんですが、その一方で、部屋のモニターにはもろオタクな(たぶん日本の)ゲームの映像がかかってるし、毎日いちいち寝癖があったりして、「スノーデンくん」と呼びたくなるような、普通の29歳なんですね。その彼が、そうはいっても、事態の進展とともに不安になってゆく様子はすごく痛々しい。

彼を含めて「国」に都合の悪いことを言う人や組織が次々と追い詰められてゆく様を見ると、「国」ってなんだろうと思います。少なくとも「国=国民」じゃないんだなと思い知るのは、なんとも苦々しいことです。

『シチズン・フォー』公開中

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