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”優しいヒトラー”を演じれば、大衆は「世界征服」という主張も受け入れてしまう

渥美志保映画ライター

今回は、前回ご紹介した『帰ってきたヒトラー』でヒトラー役を演じた俳優オリヴァー・マスッチさんのインタビューをおとどけします。

ドイツで舞台俳優として活躍するオリヴァーさんは、ヒトラーを演じられる年齢層で、俳優自身の既存のイメージでなく「ヒトラー」として存在できる人を探していた製作側が発見した、いわば”無名の名優”だったとか。どうやってヒトラーになったのか、かなり危険な意見がバンバン飛び出すドキュメンタリー部分はどんな風に撮ったのか、お伺いしましたよ~。

ヒトラーを演じてくれと言われた時、どんなふうに感じましたか?

驚きましたよ。だって全然似てないから(笑)。でも顔はメイクのすごい力でヒトラー風になりました。小柄で知られるヒトラーを193cmの私が演じているのですから、「背が高すぎる」と言われることもありましたが、私もなりきって「戦後70年で成長したのだ」とやりすごしたりして(笑)。

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ヒトラーの格好で町に出て一般の人たちの声を拾ったドキュメンタリー部分は、どんな風にとったのでしょうか?

街頭に出てすぐの頃は、監督は意気込んでいろいろと演出しようとしていたんです。ドイツの高級リゾート、ジルト島にある大きなレストランで撮影した時、「もっと自然なやり方じゃないと無理だな」と思い、いろいろと話しあって、まずはヒトラーがひとりで席に座って魚料理でも注文し、誰かが近づいてきて話しかけてくるのを待つ、というやり方に変えました。そうするとやっぱり人が近づいてくるんですよね。ヒトラーのキャラクターには強い力があると感じました。

アドリブでヒトラーになりきるのは難しかったのでは?

もちろんすごく時間をかけて準備しました。当初は問答集や会話のパターンなども想定していたし、自分をヒトラーと思い込んでいるパラノイアとしてカウンセラーと何時間も話したり、ネオナチの連中と一緒に過ごす機会を作ったり、とにかく常にヒトラーであり続けることを練習して準備をしました。原作小説の中でヒトラーが繰り返すフレーズを頭に叩き込み、「世界征服」「国土攻撃」「反ユダヤ主義」を基本にあらゆる場面で反応できるようにしました。

表に出るキャラクターとしては、いわゆるヒトラーの、プロパガンダで演説している姿に近づこうとはせず、困っている国民の話を聞き、父親のように包む姿をイメージして役作りをしました。でもそういうキャラクターにすることで、昔とぜんぜん変わらないヒトラーの主張が機能してしまうことは、私にとってはすごく驚きでした。大衆がいかに騙されやすいか、いかに歴史から学んでいないかわかりました。

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一般の人の発言は本物なんですね?

ヒトラー姿の私に「何してるの?これ冗談?」と近づいてくる人に、「いや真剣ですよ。自分は人種差別主義で、レズもホモもユダヤ人も黒人も嫌い、そういう人たちにはどこかに消えてほしい」というと、多くの人は引いていくんです。でも中には強く賛同して残る人たちもいる。映画の中ではそうした確信的に右寄りである人しか残しませんでしたが、話しているうちにうっすらと、外国人敵視などに同調する人はかなりいました。

撮影には大きなカメラ2台を使っていましたから、「右寄りの発言を引き出すのは難しいんじゃないか」と思っていましたが、逆に何かに使われることを承知でそうした発言する人がいることに驚きました。

ドイツの知識層には「長い戦後の歴史教育で、そうした思想はなくなっている」と言う人もいますが、実際にああいう形で人々の声を拾ってみると、本音のところでは右翼的な思想――外国人を敵視し、その増加に不安を覚えている人たちもいるんですね。

これはドイツに限らず、世界中に見られる傾向だと思います。異文化に感じる不安は人間の普遍的なものですから、右派政党がそれを利用しているのだと思います。

普通の人間がヒトラーのような存在になってしまう可能性はあると思いますか?

ヒトラーのように「世界征服する」という誇大妄想を繰り返し刷り込まれ、洗脳されてしまった人であれば、可能性はないとは言えません。もちろんそうした存在になるには政治的な力を持つことが不可欠ですが、考えてみるとドナルド・トランプはまさにそういう存在だし、ヨーロッパにも右派的なプロパガンダで扇動する政治家が出てきていますから。

でもヒトラーがどうであれ、国民が選んでいなければこうはならなかったはずです。ヒトラーがモンスターであるなら、選んでしまった国民もモンスターなんですよね。

日本では、旧日本軍の悪事を描く映画を「反日映画」と嫌悪する人もいますが、第二次大戦でドイツを悪く描く映画を「反独映画」と反応する人もいるのでしょうか?

ドイツは歴史教育が徹底していますから、今のドイツでそういう人がいるとすれば、スキンヘッドのネオナチでしかありません。もちろんナチスやヒトラーを題材にした映画ができると、もうそろそろいいんじゃない?という風潮はあります。でもその一方で、過ぎ去ることのない永遠の問題、特にこの映画で描かれていることに関しては、「もうそろそろ」とは思わないでしょう。

映画の中には、ヒトラーがネオナチのデモに参加する面白い場面があります。ヒトラーがその参加者に「アナタにとって民主主義とは?」と聞くと、「明確な方向性を示してくれること」という答えが返って来る。ヒトラーにしたら「渡りに船」、期待通りの言葉で「そうだろう!」という場面なんですが、でもよく考えたらそれは民主主義とは真逆のことじゃないですか。バカげた話ですよね。

第二次世界大戦の死者は6000万人もいて、民主主義はその犠牲のもとに打ち立てられたもの。私も含めた戦後の生まれの人間は当たり前のように思っていますが、簡単に手に入れたものではないんです。でもこの映画をやってみて、それがいかにもろいものであるか分かったし、守らねばいけないものだと再確認しました。

マスッチさん、ホントにヒトラーに全然似てない!
マスッチさん、ホントにヒトラーに全然似てない!

オリヴァー・マスッチ

1968年ドイツ、シュトゥットガルト生まれ。ベルリン芸術大学を卒業後、舞台俳優としてキャリアをスタート。2009年より、ウィーン・ブルク劇場のアンサンブル常任メンバーとなり、幅広い作品に出演。「戦争と平和」「Solaris」「先祖の女」などで高い評価を得る。その他の出演作には、アカデミー賞にノミネートされた短編映画「Die Rote Jacke」(02)、TV映画「SWORD-X ソード-X」「VOLCANO」など。

『帰ってきたヒトラー』

全国順次公開中

公式サイト

(C)2015 Mythos Film Produktions GmbH & Co. KG Constantin Film Pro duktion GmbH Claussen & Wobke & Putz Filmproduktion GmbH

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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