女の子たちは純粋に楽しんでいるだけなのに、世間はそれを「性」に結びつけて非難する。
今回は前回ご紹介した『裸足の季節』のデニズ・ガムゼ・エルギュヴェン監督のインタビューをお送りします。監督は、トルコの外交官の家庭に生まれ、お父様のお仕事の関係でフランス、アメリカ、トルコを行き来しながら育ち、フランスで映画を学んだ女性。
映画を見ると、男性優位社会でイスラムの女性が強いられる有り方、特に結婚の実態にビックリしちゃうのですが、女性ならきっと誰もが感じるいろいろな「なんで?」「どうすれば?」もお聞きしてみましたよー。
■この物語は監督の実体験がもとになっているということに、すごく驚きました。海での騎馬戦から処女検査、閉じ込められる下り、強制的に結婚させられる下りなど、どの程度まで実話なのでしょうか。
冒頭で、少女たちが少年たちの肩によじ登り、その後、暴力的なまでに叱責されるシーンがありますが、あれはティーンだった頃の私に実際に起きたことです。ひとつだけ違うのは、当時の私は恥ずかしくて顔を伏せ、まったく反抗できなかったことです。抗議できるようになるまで何年もかかったのです。
それ以外のエピソードは知人に聞いたり、取材で集めたものです。初夜に出血しなかったら病院へ連れてかれる、というのも、本当にある話です。実際に医者から聞いた話で、1件2件のレベルではなく、40件50件とあるそうです。しかも、それはトルコの田舎でなく、トルコの政治の中心、アンカラでの話です。
■5人の少女たちをモチーフに、どのようなことを描きたいと思っていましたか?
女性は身体だけでなはないということです。
トルコにおいて女性の行動・言動は全て「性」に結びつきがちです。だから女性たちは身体をヴェールで覆わなければいけないのです。それは本当に幼い頃から始まります。冒頭の騎馬戦も、女の子たちは純粋に楽しんでいるだけですが、世間はそれを「性」に結びつけ非難する。そのことに疑問を投げかける人は誰もいません。
映画を作る時に最初に考えることは「私たちが今どんな世界に生きているか」ということです。この作品では、まず「女性が置かれている立場、条件について」考え、ヒロインの勇気が報われる作品にしたいと思いました。私は5人の少女を「5つの頭を持つ怪物」ととらえました。物語から一人ずつ脱落していくたびに怪物は頭を失くしていくけれど、最後に残った者が成功するというイメージです。姉たちが罠にハメられたからこそ、末っ子のラーレは彼女たちと同じ運命を拒絶する。ラーレは、私が夢見たすべてを凝縮した存在です。
■年配の女性たちが少女たちを監視していることにも驚きました。時に女性は「自分を苦しめてきた社会的束縛を、自ら再生産して補強してしまう」「女の敵は女」といったところがあり、これはその典型のように感じました。それについて監督はどのようにお考えですか。
あるグループが別のグループを抑圧すると、抑圧された側はそれを受け入れてしまいます。女性差別に関しても同じで、差別されることで女性は自身の価値が低いと思ってしまい、それを問いただすこともなく受け入れ、繰り返してしまうのだと思います。
トルコには様々な面があり、様々な考えを持った人がいます。保守的で家父長制がいまだに根強い場所もあれば、とても自由な場所もあります。他国に先駆けて女性の参政権が認められた国ですが、女性たちが昔ながらの男尊女卑の掟の存続に加担している部分もあります。この映画では祖母がそれにあたります。アフリカに残る女の子の割礼もそうで、実際に手術を行うのは女性です。
オバマ大統領は、人種差別問題において大きな問題は、被害者側が問題を外に出さず、内側にずっと秘めてしまうことだと言っています。虐げられている側が差別の掟を守り、自分自身に問題提起をしないということに問題があるのだと思います。
■トルコの女性たちが必ずしもこうした因襲を打破したいと思っていないことを前提とした上で、若い世代が「別の選択肢」を知ること、選ぶことができる社会にするには何が必要だと思いますか?
何よりも大事なのは、まずは気づくことだと思います。
女性が「なぜそうしなければいけないのか」と聞くと、「女性は神聖なるものだから」と言われ、結局圧迫が続いている。そのことに気づくこと。
そして女性が男性を教育してゆくことです。家父長制的な社会の価値観も、女性がそれを放置しているから変わっていかないというのが現状だと思います。
■この映画はトルコの保守的な層にはどのように受け止められていますか。
トルコには自由でモダンな生活をしている女性達がいる一方で、非常に保守的な生活を送っている人たちもいます。その二者の間の乖離はとても大きく、だからこそ、向けられてきたリアクションも様々でした。暖かく受け入れてくれる人もいれば、あまり良い印象ではなかったと言う人もいました。でもこれほどの反響があったということは、トルコ社会の真実を表しているということでもあると思います。
デニズ・ガムゼ・エニュギュヴェン
1978年6月4日、トルコ・アンカラ生まれ。ヨハネスブルグ大学で文学、同大学院修士でアフリカの歴史を専攻後、フランス国立映画学校(La FEMIS)の監督専攻で学んだ。若いトルコ人女性が男性の権威主義に反抗する物語を描いた卒業制作の「Bir Damla Su (Une goutte d’eau)」はカンヌ国際映画祭のオフィシャル・セレクションで上映され、ロカルノ映画祭のレオパーズ・オブ・トゥモロー賞を受賞した
長編デビュー作である本作は、2015年カンヌ国際映画祭監督週間に出品されるや各国プレスから絶賛され、その後も世界中の映画祭を席巻。トルコ出身の女性監督によるトルコ語の作品ながら、同年のカンヌ映画祭パルムドール受賞作『ディーパンの闘い』(16/ジャック・オディアール監督)などを押しのけアカデミー賞フランス映画代表に選出、同外国語映画賞にノミネート。自国語以外の作品がフランス代表となったのは『黒いオルフェ』(59/マルセル・カミュ監督)以来、実に56年ぶり2度目である。
『裸足の季節』
6月11日(土)より全国順次
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