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この世界から暴力が無くならない理由は、暴力が嫌いなはずの私たちの中にある。

渥美志保映画ライター

今月から【激押し月1邦画】と題して、大人こそ楽しめる邦画を、できる限り監督インタビューと合わせてお送りします!見切り発車の企画多すぎ!な気がしますし、もし途絶えたら「続かなかったな……」と優しい心でスルーしてくれたらこれほど有り難いことはありませんが、まあ今回は初回ですから勇んでいきたいと思います。

ご紹介するのは『ディストラクション・ベイビーズ』。物語は分かりやすいし、作品のもつ空気の不穏さといい、見終わった後残る哲学的問いかけといい(大げさ)、すごい好み、激押しです。柳楽優弥、菅田将暉、小松菜奈、池松壮亮という若手注目俳優が総出演も話題の作品!ということで、行ってみましょう。

全身から「不穏」を発散する泰良役の柳楽くん
全身から「不穏」を発散する泰良役の柳楽くん

物語の舞台は愛媛県松山市の小さな港町・三津浜。冒頭から主人公の泰良は数人の男に追われて、なんだかケンカしてるようです。泰良は地元では誰もが知る札付きのケンカ屋。唯一の肉親は、まだまだ幼さの残る高校生の弟・将太。誰もが恐れる泰良に、恐れとも憧れともつかない思いを抱いています。

ほどなく地元から姿を消え松山の中心地に現れた泰良は、町をうろつきながら適当な相手を見つけて、片っ端から殴りかかってゆきます。でも泰良が選ぶのは自分より弱い相手じゃなく、時に数人のヤクザだったりして返討ちにされたりするんですが、「このぐらいにしといてやる」と去って行く相手に、楽しそうにまた向かっていったりする。泰良の目的は「暴力で相手を屈服さる」ことじゃなく「暴力そのもの」で、なんだか底知れない存在です。

そんな様子を興奮気味に見ていたのが高校生の裕也。一人じゃ何もできないビッグマウスという典型的なイマドキのガキである裕也は、「あんたすげえ!」と泰良にまとわりつき始めます。「暴力で相手を屈服させたい」裕也と「暴力そのもの」の泰良が出会い、ことは加速度的にヤバさを増してゆくのです~。

裕也役の菅田将暉。このスタイルが、またよりムカつくんですね~。
裕也役の菅田将暉。このスタイルが、またよりムカつくんですね~。

さてこの映画の見どころ、まずはなんといってもキャスティングですよね。

泰良役に柳楽優弥、裕也役の菅田将暉、将太役の村上虹朗、泰良と裕也の暴走に付き合わされる那奈役の小松菜奈、そして実はチョイ役で池松壮亮が登場するなど、20代の人気俳優が目白押しです。以前にご紹介した「ハチハチ世代」もそうですが、こういう若手俳優を見ると、ああ日本映画、まだまだ大丈夫だなーと安心します。

でも、中でもやっぱりすごいなーと思うのは、もちろん主演の柳楽優弥なんですねー。彼が演じる泰良というキャラクター、何を考えているのか全く分からない人物です。でも観客は「分からないから怖い」「分からないから目が離せない」わけで、理屈で理解して演じた途端に、キャラクターの吸引力はまったくなくなってしまいます。これを、柳楽君が見事に不穏に演じているんですね。

泰良は一応は、弟がいて、生まれ故郷がある人間として描かれていますが、親はなく、弟・将太との絡みもほとんどありません。感じられるのは「虚無」と「狂気」で、「人間」というより「暴力」が実体化したものなんだなと、私は理解しました。言い換えれば、フル装填した拳銃や、ギラつく巨大な牛刀のようなものです。

歪んだ小心者の裕也が彼と行動を共にすることで、「いっぺん女を殴ってみたかった」と通りすがりの女性を殴り倒すのは、暴力の万能感が脆弱な理性を簡単に凌駕してしまうことを物語ります。

裕也のような役を臆さず演じる菅田将暉の俳優としての果敢さもスゴイなと思うのですが、観客の100人中100人がこの男に本当にムカムカする、もっと言えばこれまでにない最悪のビッチを演じている小松菜奈にもムカムカして、「なんかのきっかけで泰良がふたりを張り倒してくれたらすっきりするのに!」と思い始めてしまいます――が、これがこの映画のさらなる仕掛けなんですね~。

小松菜奈史上初の夜の女です。マジでキレイですが、マジでムカつく女です。
小松菜奈史上初の夜の女です。マジでキレイですが、マジでムカつく女です。

ここで唐突ですが、小説家コリン・ウィルソン(『アウトサイダー』原作者)の(たしか)『殺人百科』の中にある死刑廃止論に関する一節を引用しましょう。

「(死刑廃止の是非をめぐる問題は)殺人者が死に値するかどうかではなく、暴力に基づいた社会に対する効果の問題である。それは熊をいじめることを禁じたピューリタンに対比できる。彼らはそれがクマに苦痛を与えるからではなくて、人々に快楽を与えるので反対したのである」

これタランティーノの『ヘイトフル・エイト』で書いたことにもすごく似ているのですが、つまり私たちは暴力を恐怖し嫌悪しているにもかかわらず、時と場合が変わるだけで暴力を受け入れ、時にそれが行使された結果に興奮や爽快感を覚えてしまうんですね。

私だって殴られるのは嫌だし、暴力って最悪!と思いますが、バイオレントな映画には血沸き肉踊っちゃうし、この映画で菅田将暉がボッコボコにされれば「すっきりした」と思っちゃう自分を否定できません。いわば観客は「この世界から暴力が無くならない理由」を自分の中に見出してしまうのです。

映画の中には「現代」という時代も織り込まれています。

ひとつは泰良の故郷の町の祭り。神輿をぶつけ合う喧嘩神輿の最中なら「人が死んでも許される」的なセリフが確かあったと思うのですが、それが本当かどうかは別として、多くの祭りはコミュニティの鬱屈を一定のルールの中で発散させるための装置として機能してきたもので、その範囲内での暴力を地域が許すことで、無秩序な暴力を回避することができます。

そうした祭りが徐々になくなってゆく地域社会の中で、より身近になっているのがもう一つの要素、インターネットやSNSです。ネットを通じて拡散される泰良と裕也の暴力行為は、それに「他人事」として触れた人間に、生身の痛みや流血を強いることなく、興奮や痛快感、万能感だけを残します。それにより裕也のような人間が無限に再生産されてゆくわけです。彼らが偶然にも「泰良」を手に入れてしまったら――そう考えると、戦慄せずにはいられません。

次回は、この作品を撮った真利子哲也監督のインタビューをアップする予定ですー。今後の日本映画界をしょって立つ注目の若手監督です。どうぞお楽しみに~。

『ディストラクション・ベイビーズ』

5月21日(土)より

[distraction-babies.com 公式サイト]

(C)2016「ディストラクション・ベイビーズ」製作委員会

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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