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クリスマスにふと思い出す、好きだから傷つけあった忘れられない恋人

渥美志保映画ライター

『スターウォーズ フォースの覚醒』に始まった12月、SW関連の記事ばっかり書いちゃいましたが、そろそろ季節はクリスマス。巷で「私はSWじゃないのが見たい!」と彼氏とやりあう女子たちの姿を見た!なんて話も、意外とよく聞いたりしますので(^^;)、まあSWも一段落しってことで今回は、ラブストーリー『あの頃、エッフェル塔の下で』をご紹介したいと思います。はい、こんな感じ、どん!

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基本的には青春時代の恋愛の話ですが、大人だからこそ分かる切なさだらけ。誰もが経験したことのある「生涯に一度の恋」の甘さと美しさと、なんであの時ああできなかったんだろうという切なさと悲しさがいっぱい。女の子はもちろん、憧れの人がいた男の人も、結構グッとくるのではないでしょうか。林芙美子の『浮雲』好きな男性映画ファンって多いと思いますが、そういう人にもいいんじゃないかなー。40歳越えのディープな映画ファンにしか分かりませんねー。すみませんー。

物語は外交官で人類学者の中年男ポールが、ひょんなことから思い出す3つの記憶を辿ってゆきます。ひとつは幼い頃の母親との確執、ひとつは高校時代にソ連で経験したスリリングな“スパイごっこ”、そして大学時代を描いてゆきます。最初のふたつはいわば前ふりで、メインは大学に入ったポールとその友人たちの青春、そして生涯忘れられない恋愛です。

田舎町にこーんなドール顔の美少女!モテるはず!
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その相手とは地元で評判の美少女エステルで、ポールが高校性の頃に一目惚れし、ずっと追いかけていた相手です。エステルは彼女が座っていると男の子の行列ができるほどの「学園の女王」で、ポールは声をかけるまでに2年かかっています。彼女はポールが自分を見つめ続けていたことも知っていて「私を忘れられるわけがない。他の女と違う別格だから」なーんてぬけぬけと言ったりする。そんな彼女を女神のように崇め「命懸けで愛する」なんてとストレートに口にするポールに、当初は駆け引きして弄んでいた彼女も心を開いてゆきます。でも二人の恋は、ポールの大学があるパリと、260km離れた(東京―福島くらいな感じ)故郷ルーベの遠距離恋愛。時代は1980年代、携帯電話もメールももちろんありません。

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この映画の切なさを一言でいえば、生き急ぐゆえに行き詰まる青春の切なさなのですが、その象徴は主人公のポールではなく、ヒロインのエステルだと感じました。今となっては想像するのも難しい80年代の遠距離恋愛は、会えない時間は顔を見ることもできず、電話はあると言っても携帯じゃなく固定電話ですから、なかなか繋がりません。そもそも貧乏学生のポールは電話のある家に住んでいません。二人はその思いを手紙にして次々と書き綴っていきますが、相手に届くまでに時間がかかる手紙は、思いが募るスピードに追い付きません。ポールもエステルも相手にベタ惚れで、これが30代40代の恋愛ならば「お互いの思いは分かってる。やることもいろいろあるし、そう焦ることもない」と余裕でいられるのですが、場数踏んでない十代はそうはいきません。相手が好きすぎて一瞬でも離れたら辛くて寂しくて、どうにかなってしまいそうな気がする。パリで自分の夢を追っているポールは、それでも気を紛らわすものがありますが、何ひとつ代わり映えしない田舎町に取り残された感のあるエステルはそうはいきません。ポールと出会って「本当の自分になれた」と信じるエステルは、ポールのない生活の中で「女王」だった頃の輝きを急激に失ってゆきます。「自分がエステルをしおれさせてしまった」というポールの罪悪感にどこか身勝手さを感じるのは、彼女を女王たらしめていたのは男たちが勝手に作り上げていた幻想だから。それにある意味踊らされ、いいように消費されてしまったエステルの少女ならではの愚かさが、本当に憐れです。

母との葛藤と“スパイごっこ”を描いた前フリの部分も、実はすごーく効いてきます。精神を病んだ母、彼女を救えなかったことで生涯の心の傷を負った父。そんな父親を「救うことはできない」と、会おうとしないポール。そういう生い立ちは、エステルの存在が辛くなってしまうポールの性格や、結婚はしないという生き方に影響をしているように思います。幼い頃、家出した彼を家に住まわせてくれた大叔母と同居する(おそらく)同性の恋人や、息子に異常に執着する従兄の母親も含めて、なぜでしょう、女性の人生はどこか訳ありで悲劇的な匂いがします。

とはいえポールの人生も、生涯に一度の恋によって何かが変わってしまっています。物語の冒頭には、彼にスパイ容疑がかけられるエピソードがあり、ポールは高校時代の“スパイごっこ”を思い出します。彼は以前、ロシアから出国できないユダヤ人の青年に自分のパスポート(つまり身分)を提供していて、その分身のような人物の死亡届けを見せられます。この時の「死んだのは本当に分身か?」という問いは物語の後半が響いてきます。

本当か強がりか、「小さい頃から痛みを感じない」というポールが、消えることのないエステルという痛みを生涯抱え続けるであろうことがわかるラストは、青春時代のポールが死んでしまったことを示唆し、観客の心にも切ない痛みを残すに違いありません。

『あの頃、エッフェル塔の下で』

12月19日(土)より公開

(C)JEAN-CLAUDE LOTHER- WHY NOT PRODUCTION

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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