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天安門に中指突き立てる、この太鼓腹のオッサンは?

渥美志保映画ライター

中国でなにやら事件がありましたねー。世界がざわついていますが、本当は何があったのかわからないまま収束しちゃいそうな感じが、すごく不思議です。

とはいうものの「情報が出てこないこと」に対する恐怖って、日本人にはいまいちイメージできないのが正直なところ。それってそんなに大変なこと?って思っちゃうのは、日本には情報がザックザクあるので、情報がない、発信できないことから生まれる状況とか、その裏にあるものがなんなのかよくわかんないんですよね。

そんな昨今、いいタイミングで「おお、こういうことなんか!」と明確に、しかも面白く教えてくれる映画を発見したので、今日はご紹介します。タイトルは『アイ・ウェイウェイは謝らない』。アートと笑いとSNSを武器に、権力に徹底抗戦'''する世界的芸術家を追ったドキュメンタリーです。ということで、まずはこちらをどうぞ。

●アイ・ウェイウェイって、そもそも誰?

アイ・ウェイウェイ(AWW)は世界的に知られる中国人のアーティストです。関わった作品で誰もが知っているのは、北京オリンピックのスタジアム「鳥の巣」。でもその一方で、ぬいぐるみで股間だけ隠した真っ裸の“自撮り”とか、天安門に中指を突きたてた写真とかもあったりして、その表現はアホらしくも過激です。日本で言うなら、園子温とか、かつてのアラーキーみたいな感じの「面白くて不謹慎なオッサン」ですが、中国ですから睨まれちゃうわけです。

アメリカに住んでるのかと思いきや、北京で暮らしてるっていうんだからビックリしますが、当然ながら24時間当局からの監視つき。家の外に張り付いてる車の中で、監視人がガーガー眠ってるのが笑っちゃうんですが、AWWはその人に「僕になんか用?」と声かけちゃったりもする、体型通りの太い男です。

ヒゲの生えた、ごっつい肉まん的な風貌
ヒゲの生えた、ごっつい肉まん的な風貌

映画は、ある活動家の裁判に証言するために成都に向かう彼に同行します。いよいよその地のホテルに到着した夜、夜中に警官の一団がAWWの部屋に乱入して殴りつけ、証言を阻止すべく軟禁するわけです。おおおお、マフィアものみたい。

でも転んでもタダでは起きないのがAWW。この間、仲間がずーっとカメラを回してて、全部ツイッターにアップしちゃうんですね。さらにこの暴行で訴訟も起こし、役所での手続きも全部撮影。その上、「晩御飯は警察前のレストランで豚足食べまーす」とか前もってツイートして、わざわざテラス席で集まってきたフォロワーと一緒に宴会を始めちゃう。警官が来て注意されても、「成都の料理は外で食べるのが一番美味いよねー」と、いけしゃあしゃあとしてるんですねえ。

この一部始終は警察もビデオを回しているんですが、AWWのカメラは警察が撮ってるカメラの小さい画面を、また撮ってる。オモロすぎるオッサンです

●正攻法では戦わない”ワル”

この人がこんなにファイターな理由は、著名な詩人だった父親の影響があります。

1930年代、国民党時代の左翼運動家で、共産党に利用された挙句に文化大革命で吊るし上げられ、生涯を台無しにされた人です。AWWはそのすべて見てきた男なので、正攻法の虚しさを知っているんですね。登場する友人のひとりは言います。「AWWはワルだ。ワルだからワル相手の戦い方を知っている」

でも多くの友人は「このままじゃすまない」とすごく心配しています。AWWも平気なわけじゃありません。でも黙ってることでどんどん事態が悪化するほうが怖い。夫に続き息子までどうにかされてしまうんじゃないかと恐怖する、AWWとそっくりなお母さんとのやりとりが泣かせます~。

そしてそれはついに現実になり、AWWは当局に拘束され、行方がわからなくなっちゃうんですねー。

ヒラリー・クリントン国務長官も、AWWの解放を求める声明を発表
ヒラリー・クリントン国務長官も、AWWの解放を求める声明を発表

●知られちゃ困る、大地震の被害実態

さてAWWはなんでそんなに睨まれちゃったか。べつにマッパで写真撮ったからじゃありません。一番の理由は、2008年に起きた四川大地震で被害者の調査をしたこと。現地のフォロワーに聞き取り調査をしてもらい、被害者の名簿を作ったんです。

えええええー、それのどこが悪いの?って話ですが、これが中国なんですねえ。つまり被害があまりに大きいこと、その責任を追及されること、その不満が明るみに出ること、それが膨らんでいくこと、もしかすると義捐金の使われ方なんかも含めて、いろんなことが明らかになると、政権にとって不都合なわけです。東日本大震災や原発事故のもろもろを経験している日本人には、ここ、すごくリアリティが感じられます。

四川では特に学校の倒壊などで多くの子供が死んでいるんですが、中国は人口コントロールで「一人っ子政策」をとっているので、たいていの家庭が一人っ子ですから、親は唯一の子供を地震で奪われているわけです。でも「学校のひどい手抜き工事のせいだ」とか言えば、口封じで即投獄。も1回やりますが、えええええええー、って話です。

とはいうものの。政治はさておき、このドキュメンタリーは何しろユーモアたっぷりで面白いんですねえ。AWWが何しろいいキャラです。突撃こそしないけれど“中国のマイケル・ムーア”みたいな感じ。その太鼓腹で脱ぐな!と突っ込みたくなるし、訴状出しといて「受理されたよ!」と喜ぶ姿や、政府をダジャレでおちょくる歌を披露する姿や、妻じゃない若い美人にちゃっかり子供がいたりするところとか、ただの正義の人ではない人間臭い人なんですねえ。そしてラストの展開には、うーん、と考えさせられます。「中国の今」の一断面を知りたい人には、すごくいい作品だと思いますー。

『アイ・ウェイウェイは謝らない』

11月下旬よりシアター・イメージフォーラムほかにて全国ロードショー

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映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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