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愛国行為の変わった点と変わらぬ点:中国を見つめ直す(17)

麻生晴一郎ノンフィクション作家

 昨年12月、中国の大手通信機器メーカー・ファーウェイをめぐって米中間の経済対立が激化した際、中国国内では「不用華為就是不愛国(ファーウェイを使わない者は国を愛していない)」なる言葉が生まれた。広東省のハイテク企業である夢派科技集団はファーウェイなどのスマートフォンを購入する従業員に補助金を出す一方、iPhoneを購入した従業員に対し市場価格と同額の罰金を科すことを表明。同じ広東省のあるホテルはファーウェイのスマートフォンを購入した従業員に商品券を支給する一方、iPhoneを購入した従業員には年末ボーナスをカットする方針を打ち出した。

 このような行為に対し批判の声が出るようになったことも確かである。たとえば、湖南省のニュースサイト「紅網」の記事「アップルスマホの購入禁止:道徳押し付け愛国心はいつ止むのか?」は、従業員に罰則を設けるやり方が個人の消費権利を著しく侵害するものだとした上で「海外製品を購入すれば愛国でないというのは、明らかに愛国のはき違えだ」と批判する。一般の投稿を見ても「国産品を愛することはもちろんよいことだが、いかなる権利があって従業員の個人消費を禁止、処罰するのか?」、「国粋主義はどこの国でもあることで、無教養の人に蔓延しやすいものだ」などの意見が見られた。

 2005年4月に起きた反日デモの際には、筆者の知る限りインターネット上でデモを批判する中国人の意見は見られなかった。しかし、筆者はちょうどデモの期間に北京にいて、デモの現場にも遭遇したが、デモの現場を除くと、友人・知人はもちろん、タクシー運転手、飲食店やスーパーの店員、取材先であるアーティストや農村出身の建築現場労働者・警備員たちの誰もが、反日デモに全く無関心でデモを冷ややかに見ていたことを記憶している。にもかかわらず、こうした態度・意見はインターネットや会議の場など表舞台には出ず、結果として中国人と個人的な付き合いをしない限り、誰も反日デモを批判していないというふうにしか受け取れぬ状況だった。

2005年の反日デモに参加した若者たち(北京、筆者撮影)
2005年の反日デモに参加した若者たち(北京、筆者撮影)

 それに比べると、12年の反日デモの時もそうだったが、ネット上で批判意見が見られることは大きな変化だと言える。中国で不買運動が広がるにせよ、実際にはこのような行為を愚かと考える中国人が一定数おり、彼らがインターネットで批判意見を表明したことからは、批判意見など全く見られなかった10年以上前と比べると中国のネット言論が一定の成熟を見せていることを示すとともに、どこの国でもごく一部にヘイトスピーチを行う層がいるのと同程度に中国も普通の国になりつつあるとの感想を持つかもしれない。

 ただし、こうした見方は中国の変化に留意している点で確かにそうである面もあるが、そうでない面もある。と言うのも、中国では今回の不買運動と似たような、先述の批判意見の言葉を借りれば「はき違えた愛国」の運動が繰り返されているからである。それも同じ愛国者の一群がしつこくこうした行為を続けていると言うよりも、常に新たな「はき違えた愛国者」が出てきて、物議をかもすのである。

 つまり、中国のネット言論が一定の成熟を見せ、また中国で一部の人が「普通の国」の人の感覚を持っていることは確かだとしても、中国が普通の国になりつつあるとは言いがたいのである。

ノンフィクション作家

1966年福岡県生まれ。東京大学国文科在学中に中国・ハルビンで出稼ぎ労働者と交流。以来、中国に通い、草の根の最前線を伝える。2013年に『中国の草の根を探して』で「第1回潮アジア・太平洋ノンフィクション賞」を受賞。また、東アジアの市民交流のためのNPO「AsiaCommons亜洲市民之道」を運営している。主な著書に『北京芸術村:抵抗と自由の日々』(社会評論社)、『旅の指さし会話帳:中国』(情報センター出版局)、『こころ熱く武骨でうざったい中国』(情報センター出版局)、『反日、暴動、バブル:新聞・テレビが報じない中国』(光文社新書)、『中国人は日本人を本当はどう見ているのか?』(宝島社新書)。

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