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台湾で見た中国に足りないこと:中国を見つめ直す(9)

麻生晴一郎ノンフィクション作家

台湾の新竹は米粉など数々の名物料理で知られる。最近気に入ったのが「柳家」の魯肉飯と「黒猫包」の肉まんだ。どちらの店も外観は地味な小さな店だが、両者は新竹にとどまらず台湾の中でも有名な店らしく、いつも混み合っているようだ。「黒猫包」で肉まんを食べるためにわざわざ新竹を訪れる人もいるようだ。

今や中国大陸でこのような店は多くはない。第一に大陸でこの程度の見栄えの店がよそのエリアでも有名になることは考えにくい(1990年代までは結構あった)。第二に今の大陸で「黒猫包」ほどの知名度を持つ店ならばたいていが店を豪華にしつらえたり、あちこちに支店を出したりする。有名店はもちろん、多くのレストランが外見を派手派手しく飾り立てようとするのが台湾と比べての大陸の傾向だと言える。

台湾では全国的な有名店だからと言って目立った外観をしているとは限らない。長年大陸に通い続けた者が台湾で地味ながら繁盛する有名店を見ると、「レストランは味で勝負するのだ」と語りかけているように思われてくるのだ。要はおいしい物をおいしく食べてもらえれば、客が増え、店も繁盛する。それだけのいたってシンプルな話である。

台湾新竹市の城隍廟にある「柳家」。大勢の客相手に手際よく名物の魯肉飯を盛りつける
台湾新竹市の城隍廟にある「柳家」。大勢の客相手に手際よく名物の魯肉飯を盛りつける

だが、中国ではそんなに単純にはいかない。レストランが成功する上で味やサービスが重要なのは確かだが、それ以上に地元政府との一定の関係が重要になる。レストランに限らず、あらゆる分野において、外国だけを取引先としない限り、政府との良好な関係の構築が成功の第一歩である。政府は宣伝、流通、土地の使用、営業、衛生管理などで圧倒的な力を持っているので、その気になれば大繁盛する店を即座に閉店に追いこむことも、なんら売りのない店を成功させることもできる。

どのような分野であれ、政府との関係が大きく物を言うというのは、何をやっても大差がないということだ。つまり、ある分野で地味にコツコツと努力することが浮かばれず、政治力を身につけた上でその時その時の旬なビジネスを追いかけることに行きついてしまう。

このような環境では、パン作りが好きだからパン職人になり、パン作りに努力して店を繁盛させていくという発想が育ちにくい。職人が育ちにくい環境だと言える。自由主義であれ社会主義であれ、ある体制下の社会で普通の人たちが何を目指して生きていくかという問題があることに違いはない。新竹でB級グルメを楽しみながら中国に足りない部分が見えてきたのだった。

ノンフィクション作家

1966年福岡県生まれ。東京大学国文科在学中に中国・ハルビンで出稼ぎ労働者と交流。以来、中国に通い、草の根の最前線を伝える。2013年に『中国の草の根を探して』で「第1回潮アジア・太平洋ノンフィクション賞」を受賞。また、東アジアの市民交流のためのNPO「AsiaCommons亜洲市民之道」を運営している。主な著書に『北京芸術村:抵抗と自由の日々』(社会評論社)、『旅の指さし会話帳:中国』(情報センター出版局)、『こころ熱く武骨でうざったい中国』(情報センター出版局)、『反日、暴動、バブル:新聞・テレビが報じない中国』(光文社新書)、『中国人は日本人を本当はどう見ているのか?』(宝島社新書)。

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