Yahoo!ニュース

NPBキャリアなしで独立リーグ球団監督に。大分B-リングス監督・小野真悟【九州アジアリーグ】

阿佐智ベースボールライター
小野真悟監督(大分B-リングス)

 毎年のようにNPBへ人材を輩出する独立リーグは、今や「プロ(NPB)への登竜門」の地位を確立している。かつてはその指導者は、NPBを経験した者がなるというのが定番であったが、近年は「非NPB系」の指導者、監督も出てきている。ヤマエ久野九州アジアリーグ大分B-リングスの監督に今シーズン就任した小野真悟もそのひとりだ。

 彼とはもうずいぶん長い付き合いになる。最初の取材は、10年も前のことだろうか。彼がまだアメリカ独立リーグでプレーしていたころのことだ。その後、ドイツやメキシコでプレー。コロンビアのウィンターリーグに単身乗り込み「道場破り」を敢行したこともある。「プレーする場がある限り海を渡る」というのが彼の信条だった。

 現在37歳。アマチュア時代の実績は決してあるとは言えない。甲子園を目指すもかなわず、進んだ大学では挫折を味わい、一旦は野球の世界から身を引いている。それでも、草野球から、再び這い上がり、独立リーグでプレーするまでになった。生来の「渡り鳥」なのか、彼はこれまで、4つの国内独立リーグでプレーしただけでは飽き足らず、国外様々なリーグでもプレーしてきた。

 そんな彼が「監督」になったというので、話を聞きに行った。

「引退」を棚上げにしての監督就任

試合前にインタビューに答えてくれた。(臼杵市民球場)
試合前にインタビューに答えてくれた。(臼杵市民球場)

「あんまり深くは考えてないですよ。そもそも『引退』っていうほどの選手でもないんで。僕自身が続けたい限りは続けますよ」

 昨年、10年ぶりに日本の独立球界に復帰。新生・大分B-リングスでプレーしたが、コーチ兼任ということで出番も限られていた。そして、今シーズンの監督就任。「兼任選手」の肩書は外れてしまったが、本人の中では、まだまだ「現役」のようである。

「いや、それは球団代表が専任してくれっていうから(笑)。僕自身も今は選手兼任でやれるほどの余裕もないですし。自分としたら、プレーする場所があれば、いつでも海を渡るつもりでいますよ」

 監督就任はまさに青天の霹靂だったという。

「昨年監督を務められていた廣田(浩章、元巨人など)さんが退かれるとは聞いていたんですが、まさか自分にお鉢が回ってくるとは、予想できませんでした。去年はメキシコにプレー先を見つけていたのがコロナでダメになってしまって、それで大分にお世話になることになったんですが、コーチ兼任というかたちでやってみて、『日本もいいな』っていう気持ちにもなったんです。また海外でプレーしたいっていう気持ちもあったんですが、大分で応援してくださる方々がいる、若い選手たちともかかわって、サードコーチも任せてもらって攻撃のサインを自分で決めたりとかをやっている中で、NPBを経験していない自分に監督の話が来て、それを経験してみるのもいいのかなという気持ちになったんです」

 新米監督への配慮というわけではないだろうが、球団は昨年指揮をとっていた廣田をGM兼投手コーチとして現場に残した。年上の元上司にやりにくさはないのかと邪推したくもなるが、それは全くないと小野は笑う。

「もともと人間関係的にはうまくいっていたんで。監督の話が来た時にも廣田さんには相談したんですよ。廣田さんは、『そうか』って一言だけでしたけど(笑)。実際僕には指導者を呼んでくる人脈はありませんので、コーチングスタッフも全然知らない人を連れてこられるより、気心の知れた中でできるんで助かりますよ」

あくまで「脱力」。これまでにない監督像

 NPB未経験の独立リーグ球団監督はちらほら出てきているものの、まだまだ少数派だ。九州アジアリーグのライバルを見渡しても、火の国サラマンダーズが往年のホークスの守護神・馬原孝浩、福岡北九州フェニックスが「スピードスター」・西岡剛とWBC経験者を揃えている。それでも、彼らビッグネームを前にして小野は気後れすることはないという。

「全然ないですね。元々何も気にしない人間ですから。そういうのに疎いんでしょうかね。そもそも今は僕がプレーするわけではないですしね。選手たちがNPBやメジャー、上のカテゴリーに行ってもらえれば、それでいいという感じです」

 コーチから監督への昇格ということで普通なら肩に力が入りそうなものだが、この男はマイペースを崩すことはない。

「周囲はどうかわかりませんが、僕自身はなにも変わっていないんで」

 アラフォーという年代に差し掛かっている小野が今相手にしているのは、20代前半の若者たちだ。時代のサイクルが速く回る現在、10も歳が違えば、そこにジェネレーションギャップも生じる。しかし、小野はこれにも動じない。

「若者ねえ(笑)。Z世代とかいいますもんね。面白いんじゃないですか。僕は会社も経営していて、飲食店もやっているんですけど…。彼ら、ぶっとんでますよね。僕と違う意味で。僕もぶっ飛んでいるんで他人のこと言えないんですけど(笑)。普通の日本人と考え方違うし、合わせたくもないんで。逆に言えば、そういう子らとやっていかなければ、経営者としてやっていけないんじゃないですか」

 海外でのプレー、指導者経験から「監督」という立場に気負いも感じないので、若者との接し方も肩書によって変わるところはない。

「海外リーグでは別に監督が偉いとかないですよ。確かに僕も日本人ですから日本の上下関係とかは根底にありますよ。でもある程度フラットに見れるということはありますね。だから、今はさすがにいませんが、これからタメ口聞いてくる選手が出てきても、それも面白いんじゃないって思えますね。はじめは腹は立つかもしれませんけど(笑)。もともとコーチ時代から、僕は指導というよりアドバイスという感じで選手と接しています。教えるという感覚はあまり好きではないんで。何か聞きに来たときに染みるような言葉を伝えるように心がけています。だからタイミングを待ちますね。選手と一緒にやる中で、彼らが上のステージに行けるようアドバイスできればいいかなと」

 まだ引退したつもりはないというが、トレーニングは続けているものの、やはり今は監督業が中心の毎日だ。年齢的に疲れもたまるようになったのではないかとも思うが、体はまだまだ元気だと笑う。

「確かにトレーニング量は少なくはなっていますけどね。それでも今年のキャンプまではガンガンやっていたんですよ。うちの選手をオフのビジネスの拠点のある松山まで引っ張ってきて、過去最高くらいのいいトレーニングができていたんですけど、シーズンが始まっちゃうとね」

ノッカー姿は板についている。
ノッカー姿は板についている。

 フィールドに出ると、昨シーズンから務めているというノッカーはすっかり板についている。

「うまくできているかはわからないですけど(笑)。これが結構自分のバッティング練習にもなっているんです。日頃ノックしてたら、急にバッティングケージに入っても、だいじょうぶなんですよ。見本もある程度は選手に見せれるんで」

独立リーガーの先輩として、指導者として

 昨オフ、監督に就任すると、自らスカウティングにも携わった。ライバル、サラマンダーズに手も足も出なかったのは、ひとえに戦力不足が原因だった。大規模なトライアウトもできないほどの貧乏球団。小野は他球団のトライアウトに足を運んで、選に漏れた選手に声をかける一方、独立リーガーとして培ったネットワークを生かして選手をかき集めた。その結果、チームの半分ほどが入れ替わった。

 その甲斐あって、今シーズンはここまで(6月28日現在)、13勝18敗で勝率.419。リーグ最下位の3位に甘んじているものの、勝率2割台に終わった昨シーズンとは違い、まだまだ首位を目指せる位置にいる。ただ、小野は優勝は指導者としての自身の目標ではあっても、選手たちにそれを意識させることはないと言う。

「彼らが目指すべきは上のステップでしょう。社会人野球みたいな勝ちばっかり目指す野球をしていると、個々人が上に行けなくなるんで、そこは気を付けていますね」

 一方で、厳しい決断をせねばならないのも独立球団の指導者の宿命である。独立リーグに集う選手たちは、ここを最後の場としてNPBという見果てぬ夢を追っている。その彼らに引導を渡すのも小野の仕事のひとつである。しかし、小野はこの点についてもこともなげにこう言い放った。

「そこはもう慣れていますよ。逆に僕は残酷過ぎるくらいじゃないでしょうか。海外リーグを経験してきているんで。本音を言うと、日本の独立リーグも、もっと厳しくていいくらいだと思っています。現実にはスポンサーがらみもあってなかなかシーズン途中でリリースというわけにはいかないんですけど。ただ、やっぱり基準以下の選手の出番は減っていきますよね。今うちは30人ちょっとの選手を抱えているんですけど、出場選手の枠は30人。球団の財布事情もあってスケージュール次第では登録は20数名に留める場合もあります。つまり何人かは常に登録外、つまりノーギャラになります。そうなるとバイトでもしないと寮費も出ませんが、それでも続けたいかどうかは本人次第ですね。登録選手でもうちはランクがあって、月給は上は10万円以上から下は1万円。あとは試合での活躍次第でインセンティブが付きます。多くの選手はこれだけじゃ足りないのですが、バイトはしていないようですね」

まだ「現役」。ときには選手たちと一緒にアップをこなす。
まだ「現役」。ときには選手たちと一緒にアップをこなす。

 大分に来る以前、小野は「フリーのプロ野球選手」だった。2012年に日本を飛び出してアメリカの独立リーグに挑戦して以降、国外でプレー先を探してはバット片手に海を渡った。無論それだけで生活できるわけではなく、かつてプレーした愛媛県松山で飲食業などのビジネスも手掛けている。アラフォー年代に突入した小野だが、その将来のビジョンの先には何があるのだろう。この質問についても、小野は「わからないです」と笑う。

「全然考えてないです。ただ、日本にずっととどまっているつもりはないですね。だって面白くないでしょう。いまさらサラリーマンなんて考えられないし。お金なんて全く求めていないし。ひょっとしたら、野球辞めてオーストラリアでサーフィンするかもしれない(笑)。その時やりたいことをやります。よく人から大変だねって言われますけど、僕自身は、走り続けるっていうイメージもないです。好きでやってるだけですから」

 大分B-リングスは、明日29日、別大興産スタジアムで首位火の国サラマンダーズと激突する。異色の監督の下、「下剋上」は果たせるのだろうか。

(写真は筆者撮影)

ベースボールライター

これまで、190か国を訪ね歩き、22か国でプロ、あるいはプロに準ずるリーグの野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当、WBC2017年大会ぴあのガイドの各国紹介を担当した。国内野球についても、プロから独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。

阿佐智の最近の記事