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独立リーグ新生球団の看板娘。新人球団職員の野球にかける思い。

阿佐智ベースボールジャーナリスト
新生球団・福井ワイルドラプターズのスタッフ黒木美那さん(筆者撮影)

 独立リーグの取材をしていて気付くのは、非常に女性の活躍が目立つということだ。

女子プレーヤーも増加しているとは言え、やはり野球界はいまだ男社会。プロ野球・NPBにしても、社会人実業団にしても、選手だった者が、引退後裏方にまわるということが多いため、スタッフも基本的に男性が中心となる。それに対し、独立リーグの場合、選手にとっては、そこは次へのステップの場。指導者は、NPBを経験した者がほとんどなので、引退後球団に残るものはごくわずかだ。フロントスタッフも、そもそもの人数が少ないため、引退後そこにセカンドキャリアを求めるものは多くはない。その上、スタッフの業務が多岐にわたり、ボランティアの応対、ファンへの接客なども多いため、女性スタッフの必要性も高いのだろう。どの球団も、若い女性がテキパキと仕事をこなしている。

 福井ワイルドラプターズの球団職員・黒木美那さんもそのひとりだ。選手、指導者、フロント含めて球団の紅一点。今年の3月、大学を出たばかりのうら若き女性が男所帯の中に飛び込んで大丈夫なのかとも思うが、本人はいたって平気らしい。聞けば、野球部のマネージャーの経験があるので、慣れているのだという。

 地域密着型の小規模プロ野球チームを就職先に選んだのだから、地元育ちの野球好きのお嬢さんかと思いきや、実は名古屋出身だという。それもなぜか北海道日本ハムファイターズのファン。大学では幼児教育について学び、ナゴヤドームでビール販売のアルバイトをしていた。聞けば聞くほど、「なぜ、福井の独立リーグ球団?」という疑問が湧いてくるが、さらに聞くと、そのかわいらしいルックスの奥底には、「野球愛」という芯があることが分かる。

 野球そのものにはもともと興味があったという。入り口は、高校野球。そこからプロ野球にも興味が出てきたが、それが将来の進路に直接つながるわけではない。野球を「仕事」に選ぶきっかけとなったのは、大学で専攻していた幼児教育だったという。教育を勉強していく中で、子どもたちの「スポーツ離れ」が深刻化していく現状を知った黒木さんは、スポーツの普及に携わることができる仕事を志すようになった。そんな時、知ったのがルートインBCリーグの存在だった。

BCリーグは、その発足にあたって、リーグ憲章を定め、選手、スタッフ全員がそれに則って活動することを誓っている。その内容は、「1.BCリーグは、地域の子どもたちを、地域とともに育てることが使命である。2.BCリーグは、常に全力のプレーを行うことにより、地域と、地域の子どもたちに夢を与える。3.BCリーグは、常にフェアプレーを行うことにより、地域と、地域の子どもたちに夢を与える。4.BCリーグは、野球場の内外を問わず、地域と、地域の子どもたちの規範となる。」というものだが、これに共感した彼女は、早速「就活」に入る。

 しかし、履歴書を加盟各球団に送ったものの、当時どの球団もスタッフの募集はしておらず、最初、希望は叶うことはなかった。それでも、ある球団の幹部から、返事だけはもらい、「今は募集はしていないけど、一度リーグ事務局に連絡してみれば」とのアドバイスをもらった。その言葉のまま、黒木さんは東京のリーグ事務局に自らをアピールするも、結局、ここでも人員の空きがないことを理由に断られた。

 それでも黒木さんは本気だった。この間、本来の志望であった幼児教育関連の就活はせず、進路をスポーツ一本に絞った。「一念岩をも通す」の言葉どおり、その一途な思いが通じたのか、一本の電話が、彼女のもとに舞い込んだ。

リーグのメンバーだった福井ミラクルエレファンツの運営会社が撤退し、新運営会社の下、福井ワイルドラプターズとして再スタートすることになったのだが、この新会社のスタッフとして働いてみないかという連絡だった。黒木さんは二つ返事でこれを受け、晴れて独立リーグの球団スタッフとして社会人生活の第一歩を踏み出すことになった。

 新運営会社の社員はたったの3人。毎日が激務だ。ホームゲームの日となれば、早々に球場に出向き、会場の設営、グッズ売り場の準備など仕事が怒涛のように押し寄せる。ホームゲームでは、主に物販を任されているという彼女だが、ビジターゲームともなれば、マネージャーとして遠征に帯同し、球団のSNSで即時情報発信をする。

いきなり見知らぬ福井にやってきて、本音を語ることができる女友達が近くにいないのが、少し寂しいとは言うが、憧れのスポーツ業界での仕事に毎日が充実している。

 ところでこんなかわいい娘さんを受け入れた男所帯の反応はどうなのだろう。とくに若い選手たちは、「女神降臨」とばかりにざわついてしまうのではないだろうか。

「まったく気にならないですね。あくまで球団スタッフのひとりという感じでみんな見ていますよ」

とはある選手の言葉。プロという大目標を前に、彼らは白球だけを追い続けているようだ。

「シーズン中の仕事も充実していますけど、オフには野球教室なんかもあるんです。それが楽しみですね」

 一方の黒木さんは、早くも自分が大学時代に出会った「子どものスポーツ離れ」に独立リーグのスタッフとして取り組むことを心待ちにしている。

 選手だけでなく、球団職員も夢に向かって進む。そこが独立リーグという場所であることが彼女のキラキラした瞳が物語っている。

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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