創立95年目を迎えるメキシカンリーグ、今シーズンの休止を発表

元巨人の高木が今シーズンプレーする予定だったメリダのククルカン・アラモ球場

 7月1日、メキシコのプロ野球・メキシカンリーグが国内の新型コロナ流行収束の目途が立たないことを理由に今シーズンのキャンセルを発表した。同日、メキシカンリーグも加盟している北米マイナーリーグの統括組織、ナショナル・アソシエーション・オブ・プロフェッショナル・ベースボール・リーグ(NAPBL)が今シーズンのマイナーリーグの休止を発表したが、これに倣ったかたちだ。

 リーグ当局は休止発表と同時に、選手、審判に対する経済的扶助と2021年シーズンに向けて最大の努力を行うことも発表した。リーグ当局は、コロナの流行を前にしてシーズン開幕の延期を決めた後、無観客での公式戦実施も含め様々な策を検討したが、結局、コロナには勝てなかったようだ。

メキシコ野球の歴史を見守り続けていた今はなきメキシコシティのセグロソシアル球場
メキシコ野球の歴史を見守り続けていた今はなきメキシコシティのセグロソシアル球場

 メキシカンリーグの歴史は1925年まで遡る。現在の日本のプロ野球・NPBの創設が1936年だからその歴史の長さがわかるだろう。もっとも、日本のプロ野球が、発足当初から東は東京、西は大阪までの広域リーグだったのに比べ、発足当初のメキシカンリーグは、首都メキシコシティ周辺のチームだけで構成された地方リーグに過ぎなかった。

 このリーグが、拡大したのは1930年代以降のことで、1940年代に大西洋岸の港町・ベラクルス出身のビジネスマン、ホルヘ・パスケルが首都の名門チーム、ディアブロスロッホス・デ・メヒコ(メキシコシティ・レッドデビルズ)を買収、さらに、故郷の名を冠したアスルス・デ・ベラクルス(ベラクルス・ブルース)を創設し、リーグ運営に関与するようになって以降、メキシコ野球は黄金時代を迎えることになる。この時期、メキシコではサッカー人気を野球人気が上回っていたという。

 それまでもメキシカンリーグでは、カラーバリアのためMLBでプレーできなかったニグロリーグの選手をアメリカから招き、高いレベルを誇っていたが、1946年にリーグコミッショナーに就任したパスケルは、MLBからの選手引き抜きを画策。アメリカとの「野球戦争」を起こすものの、結果的にこれに敗北した。そして、リーグ運営から身を引いたパスケルが事故死した1955年にメキシカンリーグは、NAPBLに加盟し、MLB傘下の国外マイナーリーグとして2Aのランクを与えられ、のち3Aに昇格し、現在に至っている。

野球はメキシコでも人気スポーツのひとつだ
野球はメキシコでも人気スポーツのひとつだ

 そのため、日本では「3A級のMLBのファーム」という風な報道がなされることがあるが、メキシカンリーグ各球団はMLB球団のファームチームではない。リーグそのものは、上記のような歴史的経緯からNAPBLに属し、それゆえ3Aにランキングされているが(実際のプレーレベルは3Aと2Aの中間くらい)、MLBからは独立したプロリーグで、まさに「メキシコの全国プロ野球リーグ」である。

 NAPBL加盟時には6だった球団数は、1964年にはパスケル時代の8に回復、1973年に現在の球団数16になって以降は、基本的にこの球団数を維持して現在に至っている。この16チームが北はアメリカとの国境周辺、南はカリブ海に面したユカタン半島まで全国に散らばり、ファームリーグとして北部ヌエボレオン州にあるアカデミーのリーグと、北西部ソノラ州周辺に展開されている北メキシコリーグをその傘下に抱えている。

 しかし、残念ながらその人気とプレーレベルは、野球人気の高い太平洋岸各都市にフランチャイズを置き、夏はアメリカでプレーしている選手が参加するウィンターリーグ、メキシカン・パシフィック・リーグに凌駕されている。こちらの方は、現在のところ開催される方向で話が進んでいるという。

メキシカンリーグの「国内組」中心の布陣で臨んだ昨年のプレミア12では「宿敵」アメリカを破って東京五輪出場を決めた(写真提供WBSC)
メキシカンリーグの「国内組」中心の布陣で臨んだ昨年のプレミア12では「宿敵」アメリカを破って東京五輪出場を決めた(写真提供WBSC)

 ここ数年、メキシコ球界は、従来あったプロアマの相剋を乗り越え、国を挙げての野球振興の機運が盛り上がっていた。そのことは、2016年秋以来2度にわたるトッププロによるナショナルチームの来日と侍ジャパンとのエキシビションゲームに表れている。そしてその成果は、昨年のプレミア12でのアメリカを破っての銅メダルと東京五輪出場権の獲得に象徴されるだろう。

 その流れに水を差すかたちとなったメキシカンリーグの休止だが、メキシコの野球の灯が下火にならないことを心から願う次第である。

(注釈のない写真は筆者撮影)