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「曲げつば」?「平つば」?ベースボールキャップの着こなしについて考える

阿佐智ベースボールライター
メジャーリーグでも「平つば」キャップを貫いている筒香(レイズ)(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 先日、京セラドームに開幕戦を取材に行った。8回の楽天の怒涛の攻撃で、それまでの行き詰まる投手戦が台無しになり、終盤は試合への興味はすっかり失せてしまった。その中、オリックスのマウンドに登ったのが3番手投手・澤田圭佑だった。その彼のマウンド姿を見てことさら目を引いたのは、真っ平なつばのキャップだった。野球帽というものは、通常、そのつばの部分が緩やかなカーブを描いているものなのだが、最近は澤田をはじめ、広島の菊池、メジャーリーグ・レイズの筒香らが「平つば」のキャップをかぶるようになっている。いつの頃からだったか、ヒップホップ風のファッションに身を包んだ若者たちが、アメリカのブランド、ニューエラのキャップをつばの部分に貼り付けられたシールをはがさずかぶって街を闊歩するようになっていたが、その彼らのかぶるキャップのつばの部分は今ではほとんど水平になっている。

 大阪桐蔭高校から立教大学を経て、2016年のドラフトでオリックスから8位指名を受けてプロ入りした澤田は、1994年生まれの26歳。大阪桐蔭ではあの藤浪(阪神)に次ぐ2番手投手だった。要するに「大谷世代」に属する。彼の高校時代の写真を見ると、同僚の藤浪ともどもつばの大きく曲がったキャップをかぶっている。彼らが高校球児としてプレーしていたのは2010年から2012年。確かにこの頃は、高校球児と言えば、「曲げつば」の帽子が定番だった。このつばの形の変化はいつ頃起こったのだろう。

1990年代終わりに起こった「曲げつば」ブーム

2000-01年シーズンのメキシコウィンターリーグのワンシーン。この頃には「曲げつば」がメキシコに伝わっていたことがうかがえる。
2000-01年シーズンのメキシコウィンターリーグのワンシーン。この頃には「曲げつば」がメキシコに伝わっていたことがうかがえる。

 韓国・ソウルの東大門と言えば、繊維製品の卸売市場を中心に発展した一大ショッピングエリアだ。2000年代初頭、この街の一角に、「バッタもん市」があった。2001年の夏のことだったと思う。歩道橋のたもとに並ぶ露店には、野球帽を扱う店があり、メジャーリーグや読売ジャイアンツのキャップも並んでいた。それらがいわゆる正規品ではないことは、「純正品」を示すロゴがどこにも入っておらず、シルエットが微妙に違うことから一目でわかった。日本円で500円ほどとお手頃だったので、アスレチックスのものを1つ買って帰ったが、メジャーリーグ御用達のニューエラのものとの大きな違いは、そのつばの部分だった。オフィシャルメーカーのものに比べ、非常に硬く、あらかじめ大きくカーブが描かれていたのだ。数年かぶっていると、つばを覆っていた布が破け、その下からプラスチックが姿を現した。

 野球帽のつばの部分の緩やかなカーブがその曲がり具合を強めたのはこの少し前からではなかったか。この頃、メジャーリーグを取り上げた雑誌のキャップの広告には、つばのカーブをつけるためこれを固定する保存スタンドが載っていた。2000年代初頭には、あらかじめ、つばの曲がり具合を大きくしたキャップが登場していたようで、古い雑誌を見てみると、明らかにつばをあらかじめ大きく曲げて作られた「曲げつば」キャップをかぶっているメジャーリーガーの姿が散見される。

ベネズエラウィンタリーグの名門、マガジャネスの2001-02年シーズンのキャップ。見事なつばの曲がり具合だ。
ベネズエラウィンタリーグの名門、マガジャネスの2001-02年シーズンのキャップ。見事なつばの曲がり具合だ。

 

 韓国を訪ねた2001年の冬には、ベネズエラを訪ねたが、現在手元にあるこの時購入した現地チームのキャップは、あらかじめしっかりカーブをつけられた固い材質のつばがついていた。メジャーリーグのキャップ(メジャーリーグやマイナーリーグの選手が使用する「オンフィールドキャップ」は、ファンが買うものと同じ材質である)のつばは固い布製で、その曲がり具合は、ある程度自分の好みで調節できる。しかし、韓国やベネズエラで2000年代初頭に販売されていた帽子の固いつばは、真っすぐにしようとしても、元からそういう仕様で作られていたため、形を変えることはなかった。2007年にメキシコのマイナーリーグを取材した際に購入したものも、やはり「曲げつば」帽だった。

 「曲げつば」の流行はやがて日本にも上陸したようで、いつの頃からか、高校球児のキャップのつばのカーブは年々曲がり具合を大きくしていった。2000年代半ばになると、つばのカーブは、ほぼU字型を描き、それをそのまま深く被れば前が見えなくなるのか、多くの球児は帽子を浅く、悪く言えばアミダに被るようなかたちになり、少々だらしない印象を抱いたものだ。

2006年夏の甲子園に出場した前田健太の写真を確認すると、見事なまでの「曲げつば」キャップをかぶっている。しかしその彼もプロ入り後は、「曲げつば」を止めたようで、カープ時代、現在のメジャーリーグをつうじて「ノーマル」なつばのキャップを使用している。

 現在活躍するプロ野球選手で、高校球児時代のその「曲げつば」が印象に残っているのは、ソフトバンクの今宮選手だ。1991年生まれの彼の高校時代は、2007年から2009年のことである。甲子園には2年春、3年春・夏に出場しているが、この時の彼の写真を見ると、やはりほとんどU字型になってキャップを被っている。プロ入り後は多少「おとなしく」なったが、それでも彼の帽子のつばの曲がり具合はなかなかだ。

 彼の同級の菊池雄星の高校時代も同様で、彼の場合、プロ入り後も、そのスタイルを続けただけでなく、メジャー入り後も、いくらかソフトになった「曲げつば」を継続している。

ヒップポップとともに台頭した「平つば」派

ブレイクしたプロ2年目、2018年の山本由伸(オリックス)。この頃はまだキャップのつばには若干カーブがかかっている。
ブレイクしたプロ2年目、2018年の山本由伸(オリックス)。この頃はまだキャップのつばには若干カーブがかかっている。

 今やオリックスのエース格と言っていい山本由伸の帽子のつばも見事なまでに真っ平だ。彼は「平つば」世代の代表のように思えるが、1998年生まれの彼の高校時代の画像を見ると、今宮や菊池世代ほどではないものの、キャップのつばの曲がり具合はなかなかのものだ。彼の高校時代は、2014年から16年だから、この頃までは「曲げつば」が高校生間では主流だったようだ。彼と同学年で同じ2016年ドラフトでヤクルトから1位指名された寺島成輝の高校時代も「曲げつば」だった。

 しかし、ここ数年の高校球児のキャップのつばは、極端に曲がったものはあまり見かけない。どうやら2017年春卒業、プロ入りの山本、寺島あたりが、高校球界における「曲げつば」最後の世代のようだ。

 さらに調べてみると、2017年の新聞記事に甲子園球児が「平つば」の帽子をかぶっていることが報じられている。またこの年、プロ野球チームの選手用帽子も手掛けるミズノが選手の要請に応じて「平つば」キャップをつくり始めている。

私の印象では、この「平つば」は、マーク・クルーンが横浜時代に始めたような気がする。彼がベイスターズに在籍していたのは、2005年から07年。平つばの帽子をちょっと斜めにかぶる、まさに「ヒップポップ調」が彼のスタイルだった。そう思って彼の過去画像をネットで検索してみたが、横浜在籍時の彼のキャップのつばはかなり平たいが、微妙にカーブを描いている。おそらくは、通常のキャップのつばを自分で反らせて平たくしたのだろう。彼は2008年からは巨人でプレーするが、「紳士の球団」・ジャイアンツではヒップホップはご法度だったのか、彼の帽子のつばは通常のカーブを描いている。その彼と2009、10年シーズンをともに過ごしたプエルトリコ人投手、ディッキー・ゴンザレスの帽子のつばもかなりの「平たさ」だが、これも既製品を自分で平たくして使っていたようだ。ゴンザレスは巨人でプレーする前は、2004年から5シーズンヤクルトで過ごしたが、ヤクルト時代の写真を見ても、かなり平たい。

「平つば」がブームになるにつれて、製造時点ですでに「平つば」仕様のキャップもつくられるようになった。2017年、私はアメリカの独立リーグを訪ねたが、そこではすでに「平つば」は目立つ存在ではなくなっており、選手仕様と同じ販売用のキャップは、完全にフラットな「平つば」だった。

2017年のアメリカ独立リーグ・ペコスリーグの選手。キャップのつばはほぼ真っ平だ。
2017年のアメリカ独立リーグ・ペコスリーグの選手。キャップのつばはほぼ真っ平だ。

 どうやら「曲げつば」ブームは、1990年代終わり頃にアメリカで起こり、2000年代にアジアやラテンアメリカに拡大したようだ。日本では主に高校球児の間で流行り、2010年代の半ばにその流行の終焉を迎えたものと思われる。

一方の「平つば」だが、2000年代にはすでに発生していたようである。日本においては、高校球界で「曲げつば」全盛の2000年代半ばに、外国人選手によってプロ球界において「平つば」が持ち込まれ、2010年代に高校球界を含めて「曲げつば」を駆逐したようだ。

昨年取材したドミニカのメジャーリーグアカデミーのワンシーン。ルーキーたちは軒並み「平つば」派だった。
昨年取材したドミニカのメジャーリーグアカデミーのワンシーン。ルーキーたちは軒並み「平つば」派だった。

 

 野球のユニフォーム、キャップもその時代時代を反映している。山本が「平つば」を使用するのは「格好いい」というのが理由だそうだ。昭和のスポ根の時代には、野球選手にとってファッションなど縁の遠いものだったが、現在の野球選手はプロアマ問わずファッションには敏感だ。流行は循環すると言うが、いつかまた「曲げつば」ブームが帰ってくる日が来るのだろうか。

(文中の写真は筆者撮影) 

ベースボールライター

これまで、190か国を訪ね歩き、22か国でプロ、あるいはプロに準ずるリーグの野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当、WBC2017年大会ぴあのガイドの各国紹介を担当した。国内野球についても、プロから独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。

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