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カリビアンシリーズ2020 :熱狂の「カリブ海の黄金カード」

阿佐智ベースボールジャーナリスト
今年のカリビアンシリーズの会場となったヒラム・ビソン・スタジアム

 2月5日、中南米カリブ地域のプロ野球、いわゆる「カリビアンシリーズ(スペイン語名・セリエ・デル・カリベ)」の予選リーグ最終戦が行われた。いわゆるウィンターリーグの国際シリーズとして1949年に始まったこの大会は、キューバ革命に伴う中断期間もありながらも、今年で62回目を数える。1970年以降、プエルトリコ、ベネズエラ、メキシコ(メキシカンパシフィックリーグ)、ドミニカの4か国体制が続いていたが、2014年から招待参加というかたちでキューバが復帰、そして昨年には原参加国だったパナマも復帰した。そして、昨年大会終了時には、以前から参加を熱望していたコロンビア、ニカラグアの大会参加も決まったが、その後立ち消えになっていた。

 そうしてプエルトリコ・サンファンでの開催が決まっていた今大会だったが、アメリカ自治領での開催とあって、政治的なものも絡んだのであろう、キューバチームにビザが発行されない事態となり、スケジュールを埋め合わせるかたちで、コロンビアの参加が急遽決まった。

 今大会は、プエルトリコの「首都」サンファンのヒラム・ビソン・スタジアムで2月1日から7日までの日程で実施、各国1回ずつの総当たり戦(ラウンドロビン)の後、その上位4チームが準決勝以降に進むというフォーマットで実施された。各国のリーグ優勝チームが参加することになっているこの大会だが、ラテンアメリカでは、プレーオフ以降に駒を進めたチームは脱落したチームから順次補強選手を獲得するのが常で、このシリーズにも補強選手が認められている。したがって、カリビアンシリーズは事実上のナショナルチーム同士の対決となることが多いため、WBCなどの国別国際大会の前哨戦と位置づけられることも多い。

第一試合 パナマ(アストロナウタス・デ・チリキ)対ベネズエラ(カルデナレス・デ・ララ)

ベネズエラチームに参加している元メジャーリーガーのキューバ人、アドニス・ガルシア
ベネズエラチームに参加している元メジャーリーガーのキューバ人、アドニス・ガルシア

 取材したこの日はラウンドロビン最終戦。6か国体制となった昨年からは、この予選リーグの間は、1日3試合のハードスケジュールで行われる。第1試合はなんと午前10時開始となっている。疲労を考慮してか第1試合のパナマ、ベネズエラ両軍の選手は、試合開始1時間前の球場入り。

 パナマ代表はアストロナウタス(アストロズ)・デ・チリキ。チリキは隣国コスタリカとの国境近くの町で、今シーズンは4球団のうち2球団が本拠を置いていた。数年前のパナマリーグは、首都パナマシティに3球団が集まるほどいびつなフランチャイズ構成で、今年は逆に地方都市に半分も集まって大丈夫かとも思ったが、選手の話だとチリキはそれなりに大きな町で、球場も今回の会場並みのものをもっているとのこと。もっとも、パナマリーグは、2年前取材したときはチケット販売も行っておらず、収入の多くは政府からの補助金とスポンサーに頼っている有様で、聞けばそれは現在も変わっていないようだ。観客は相変わらず数百人規模らしい。先述のようにこの大会には補強選手が認められており、急遽出場の決まった昨年などは、パナマはメンバーのほとんどをメジャー経験者やマイナーの上位者に入れ替え優勝を果たした。しかし、メンバーのひとり、独立リーグでプレーするアメリカ人投手タイラー・ウィルソンによると、今回は元々のメンバー主体で投手陣の補強選手は3人だけだという。私が日本から来たと言うと、「俺も日本でプレーしてみたいよ」と笑っていた。

パナマチームの一員にはアメリカ人独立リーガーのタイラー・ウィルソンの姿もあった
パナマチームの一員にはアメリカ人独立リーガーのタイラー・ウィルソンの姿もあった

 一方のベネズエラ代表は、カルデナレス(カージナルス)・デ・ララ。バルキシメトという大都市を本拠とする名門チームだ。かつてはルイス・ソーホーら大物メジャーリーガーも在籍していたが、政情不安に伴う治安悪化から昨シーズンは現役メジャーリーガーを含む複数の選手が強盗に襲われ命を落としたことを受けて、MLB機構が傘下のマイナーリーガーを含む全選手の参加を禁止したこともあり、現在は、リーグ全体で参加選手は、独立リーガーと自由契約者、それにメキシカンリーグでプレーする選手で占められている。

 そういう事情から、双方の実力に大きな差はなく、試合は0対2のロースコアで決した。

 初回いきなりの三塁打とセンター前ヒットでたった2球で先制したベネズエラだったが、その後打線は湿り、9回に3四球を足掛かりに1点を追加したのみだった。対するパナマも10安打、それも1イニング2安打以上を4回も繰り返しながら決定力に欠き、結局完封負け。投手戦というより貧打戦という印象が強い試合だった。

 すでに準決勝進出を決めていたベネズエラは、4勝1敗で3位以上を確定、昨年優勝のパナマは1勝4敗で今年のシリーズを終えることになった。

第二試合 メキシコ(トマテロス・デ・クリアカン)対コロンビア(バキュエロス・デ・モンテリア)

 第一試合がおしたせいか、ベネズエラチームがベンチを引き上げるとほぼ同時にメキシコチームがやってきた。メキシコ代表は、野球の盛んなシナロア州クリアカンと本拠とするトマテロス。地元の名産にちなんだずいぶんとかわいい名前だが、人気、実力とも現在のメキシコウィンターリーグナンバーワンと言っていいチームだ。

 メキシコチームがフィールドに姿を現すと、第一試合の閑散とした雰囲気とがらっと変わり、華やいだ。ナインをメキシコから来たメディアが一斉に取り囲み、チームの全体写真の撮影が行われる。

試合前に集合写真を撮ったメキシコチーム
試合前に集合写真を撮ったメキシコチーム

 

 かつては、国内にサマーリーグがあることもあり、メジャーリーガーの輩出が他国に比べ少なかったメキシコは、カリビアンシリーズでは常に脇役でしかなかった。しかし、他国を圧倒する経済力は、かつてカリブナンバーワン争いをしていたドミニカ、プエルトリコを圧倒し、経済力に伴う治安の良さも相まって好選手が集まるようになると、政情不安にさいなまれるベネズエラにも差をつけるようになった。2010年代、メキシコは4度このシリーズを制している。もっともメキシコ台頭の最大の原因は、メジャーリーガーがこのシリーズに参加しないようになったことにあるのは間違いない。

 ともかくも、試合前のシーンだけでも、メキシコが現在の冬の主役であることは十分にうかがえた。

コロンビアチーム先発はドミニカ人投手、エディソン・フリアスだった
コロンビアチーム先発はドミニカ人投手、エディソン・フリアスだった

 コロンビアは、1993年にウィンターリーグを復活させて以降、次第に国内の野球を整備させてきた。プエルトリコがシーズンをキャンセルして不出場となった2008年大会には、代替出場を申し出たものの、時期尚早として却下された。カリビアンシリーズ出場はそれ以来の悲願で、かつての4球団制を近年は6球団制に拡大するなど、次第に南米の野球国としての存在感を高め、2017年にはWBC本戦の出場も果たした。

 今シーズンは、野球の盛んなカリブ海近くの町、モンテリアに本拠を置くバキュレロス(カウボーイズ)が優勝、キューバの出場辞退を受けて、悲願の出場を果たした。

 試合の方は、第一試合と同じく投手戦となったが、最後は自力の差が出て、メキシコに零封され全敗でシリーズを終えた。

第三試合 カリブ海の黄金カード、プエルトリコ(カングレヘロス・デ・サントゥルセ)対ドミニカ(トロス・デル・エステ)

外野席のスタンドでまざり合って各々の国を応援する、プエルトリコとドミニカのファン
外野席のスタンドでまざり合って各々の国を応援する、プエルトリコとドミニカのファン

 ラウンドロビン最終戦は、地元プエルトリコとドミニカの一戦。国際大会においては、観客動員やテレビ放送のこともあり、どうしても開催国に絡む試合がナイターになってしまうのだが、プエルトリコでの予選リーグ最終戦はとくにこのカードになる。両国はともにメジャーリーガーを多数輩出した歴史をもち、彼らがウィンターリーグに本気で参加していた時代、つまりウィンターリーグの黄金時代には、カリブナンバーワンの名誉をかけて覇権を争っていた。ラテンアメリカ野球における立ち位置は、東京六大学野球で言えば、早慶、日本のプロ野球で言えば、巨人と阪神のような存在と言っていい。昨年のプレミア12でも、因縁の人気カードである日韓戦が予選最終日に組まれ、結果的に決勝を含めて2日連続で行われることになったが、この夜も結果的には同じような状況になった。両国はすでに決勝リーグ進出を決めていたが、そんなことはお構いなく、チケットは事前にソールドアウト。ドミニカからもフェリーに乗ってファンが大挙して押しかけていた。

 国際戦において、とくに国境を接する国どうしの対戦にはどうしても因縁がつきまとう。国際関係において共存共栄とはきれいごとで、現実には国力の強弱がふたつの国の人々に微妙な感情を湧き立たせるのだ。日韓の関係はもとより、長らく事実上の支配を受けてきたドミニカは「支配者」たるアメリカにぬぐいがたい感情を抱いているし、歴史的に領土の多くを獲られたメキシコもしかりである。そういう複雑な感情を昇華する場がスポーツであり、カナダもまたアメリカを「ビッグブラザー」として仲間意識は持ちながらも、スポーツの場ではひと泡吹かせて弟分のコンプレックスを払おうとする。

カリビアンシリーズでは国の名を背負ってプレーしている(レイモンド・フエンテス/サントゥルセ)
カリビアンシリーズでは国の名を背負ってプレーしている(レイモンド・フエンテス/サントゥルセ)

 

 プエルトリコとドミニカは海峡を挟んで隣り合っている。ともにスペイン領だった歴史をもっているが、その後のアメリカの影響下での進路は異なっている。プエルトリコは経済的な豊かさを求めて自治領としてアメリカの傘の下に入ることを決め、ドミニカは経済的には半ば従属しながらも独立を保とうともがいている。たがいにとって野球は「目の上のたんこぶ」であるアメリカに対抗し、自らの誇りを取り戻す場であるとともに、海峡を挟んだ「兄弟」どうしが自らの優越性を示す場でもある。

 試合前、ヒラム・ビソン・スタジアム前には長蛇の列ができていた。試合の数時間前から球場にやってくる習慣はプエルトリカンにもドミニカンにもない。だから大一番となれば、試合開始に間に合わない者も多いのだが、彼らはそれもさほど気にすることもなく、その分、スタンドで情熱を爆発させる。

 試合開始直前の国歌斉唱時、スタンドは7割ほどしか埋まっていなかった。ドミニカ共和国国歌の後にうたわれたのは米国国歌ではなく、「プエルトリコ国歌」だった。

 この試合も、1点を争う好ゲームだった。3回表、ドミニカが3点を先制した時には、1万9000人収容のスタンドは満員となっていた。その裏に1点を返し、続く4回にプエルトリコが逆転した時にはスタンドのボルテージは最高潮に達した。試合は結局、ドミニカが5回に再逆転してそのまま終わったが、日付が変わるまで行われたこの試合、終了まで席を立つ者はほとんどいなかった。

プエルトリコ戦に先発したラウル・バルデス
プエルトリコ戦に先発したラウル・バルデス

 カリビアンシリーズ、ラウンドロビンは、1位ドミニカ、2位メキシコ、3位ベネズエラ、そして4位にプエルトリコが入り、両国は翌日の準決勝で再び相まみえることになった。

(写真はすべて筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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