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充実度を増す韓国プロ野球のファーム施設

阿佐智ベースボールジャーナリスト
選手寮、室内練習場に3面のフィールドを備えた瑞山ハンファ・イーグルスパーク

 今回、久々に韓国野球を取材した。韓国プロ野球(KBO)は近年急速にイノベーションが進み、すでに紹介したソウルの高尺(コチョク)ドーム、大邱(テグ)、昌原(チャンウォン)、光州(クヮンジュ)のボールパークは2010年代になって建設されたものである(「韓国野球レポート2019・NCダイノス、新球場、昌原NCパークで開幕」/https://news.yahoo.co.jp/byline/asasatoshi/20190406-00121067/)。これらの設備は、洗練さと言う点では日本の球場をすでに凌駕していると言っていいだろう。

 これら一軍の新球場に加えて、今回は二軍の施設も見て歩いた。現在韓国のファームリーグ、「フューチャーズ」に参加しているのは12チーム。このうち、2チームは兵役中のプロ選手の受け皿として存在する軍と警察のチームだ。この2チームを除くKBO10球団のファームは、日本と同じく一軍とは別個に本拠地球場をもっているが、そのうちの半数、5球団の二軍本拠は2010年代に新設されている。そういう意味ではこの年代は韓国プロ野球のインフラの整備が大きく前進した年代と言える。

一、二軍の地理的な分離

 KBOのファーム運営の傾向は、日本とは次の2点においてかなり違う。

まず1点目は、一、二軍の本拠地が離れている球団が多いことだ。日本の場合、NPB12球団の内、一、二軍が完全に別の場所で運営されているのは、千葉県鎌ケ谷にファームの本拠を置いている日本ハムぐらいで、あとは基本的に一軍と同じ都市圏内にファームの本拠地も位置している。

 広島、ロッテ、ソフトバンクも二軍の本拠地球場は一軍の本拠とは別の町に置いているが、選手寮については、広島の場合は一軍本拠の広島に置かれ、隣県である山口県由宇にある二軍本拠へは、試合や練習のため「遠征」している。

 ロッテの場合、広島同様、ファーム施設は選手寮とともに一軍本拠の隣県である埼玉県・浦和に置かれているが、これは親会社の敷地内に二軍本拠と選手寮を造ったためである。ソフトバンクも2016年に一軍本拠である福岡市から60キロ離れた筑後市にファーム施設と寮を造っているが、新幹線の駅前にあるこの施設は、福岡からもアクセスしやすく、約3000人収容の二軍戦は毎試合大入り状態である。そういう意味では、日本プロ野球のファームは、基本一軍と一体化して運営されている傾向が強いと言える。

興行を行う数少ないファームチーム、高陽

キウムヒーローズの二軍、高陽ヒーローズは週末の有料試合で、名物の応援リーダーも登場されるなど試合興行を行っている
キウムヒーローズの二軍、高陽ヒーローズは週末の有料試合で、名物の応援リーダーも登場されるなど試合興行を行っている

 それに対して、KBOの場合は、昨年までなら10球団中3球団が、一軍本拠とは別の都市圏に二軍の本拠を置き、また、同じ都市圏に二軍の本拠を置いていたとしても、二軍施設は一軍本拠地からアクセスしにくい「僻地」と言っていい場所に置いていることが多い。そのためKBOのファームリーグであるフューチャーズリーグは集客を念頭には置いていない。これが第2の特徴と言える。

NCダイノスはリーグ参入初年度は二軍のみが参加、翌年からの一軍の本拠、馬山球場を使用していたが、隣接地に一軍の新球場ができたため、今季は二軍が馬山球場に里帰りする
NCダイノスはリーグ参入初年度は二軍のみが参加、翌年からの一軍の本拠、馬山球場を使用していたが、隣接地に一軍の新球場ができたため、今季は二軍が馬山球場に里帰りする

 昨年の場合、二軍本拠が一軍とは別の都市圏にあったのは、ハンファ・イーグルス、Ktウィズ、NCダイノスの3球団だった。このうち、昨年まで二軍をソウル郊外の高陽(コヤン)市に置いていたNCは一軍の新本拠が今シーズン開幕に合わせて完成したのを受けて、隣接する旧本拠、馬山球場を二軍の本拠とすることになった。

高陽ヒーローズの試合には、高陽市のマスコットが登場する
高陽ヒーローズの試合には、高陽市のマスコットが登場する

 「空き家」となった高陽には、それまでソウル南郊の華城(ファソン)市の球場を使用していたキウム・ヒーローズが移り、高陽ヒーローズと名乗り活動している。このファームチームはソウルから地下鉄でアクセスできるという地の利もあり、週末の試合ではチケット販売を行っている。ネット裏の特別席が1万ウォン(約1000円)、1,3塁側の内野スタンドが3000ウォン(約300円)という格安価格なのだが、チケット販売をする試合では、小規模ながら一軍同様のチアリーダーやイニング間のアトラクションも行われ、興行として試合が開催されている。これは、キウム球団の方針というより、球場を保有する高陽市の意向が反映されているようで、NCのファーム時代も「高陽ダイノス」としてやはり週末は試合興行を行っていたという。ちなみに一軍の旧本拠に移転した今シーズンは二軍戦では入場料は徴収していない。

 ソウル大都市圏の南端に位置する水原(スウォン)市を本拠とするKtは、近隣で適当な球場を見つけることができず、一軍本拠から180キロ南に位置する全羅北道・益山(イクサン)市の球場を借りて二軍の本拠としている。

財閥の資本力ゆえの充実した施設

瑞山のサブグラウンドで行われたフューチャーズリーグの公式戦。こちらには外野の土手にベンチしかなく、アナウンスなども行われない
瑞山のサブグラウンドで行われたフューチャーズリーグの公式戦。こちらには外野の土手にベンチしかなく、アナウンスなども行われない

 忠清南道・大田市に本拠を置くハンファ・イーグルスは、一軍本拠から北西へ80キロほど離れた瑞山(ソサン)という町に二軍の本拠を置いている。この町には鉄道は通っておらず、両都市の間は高速バスで2時間弱かかる。町の郊外にある新興住宅街に隣接する工業団地の一角に位置する二軍本拠「イーグルスパーク」にたどりつくには、町中にあるバスターミナルから市バスに乗らねばならない。田舎町の中心から30分ほどかかるというこの立地からは、集客に加え、一軍監督が二軍選手の様子を視察することも頻繁にある日本のような一、二軍が一体化したファーム運営も念頭に置かれていないことがうかがえる。

その一方で、施設の充実ぶりは日本のファーム施設の平均以上だ。イーグルスパークのフィールドは3面。スタンドを備えた天然芝のメイン球場に加え、全面人工芝のサブフィールド、内野のみの練習フィールドが室内練習場と合宿所に連なっている。野球をするには申し分ない施設と言えるだろう。私が取材した日の試合は、メイン球場の整備の都合もありサブフィールドで行われたが、夏には照明塔付きのメイン球場でナイター試合も行われるという。

瑞山イーグルスパークのメイン球場にはナイター用の照明塔も建っている
瑞山イーグルスパークのメイン球場にはナイター用の照明塔も建っている

 

 現在KBO球団の多くは、財閥系の親会社の資金のバックアップもあり、数面のフィールドと室内練習場、それに合宿所を備えたファーム用の複合施設を備えている。所有者は施設のある自治体という場合もあるが、施設自体は球団が建設しており、巨大なファーム施設を多くのKBO球団が「自前」で保有している。ファンにとってアクセスしにくい立地というのも、敷地の確保という事情もあってのことだろう。

利川市郊外にあるベアーズパーク内にあるミュージアム
利川市郊外にあるベアーズパーク内にあるミュージアム

 

 瑞山の前に訪問した首都ソウルを本拠とする斗山ベアーズの二軍本拠、ベアーズボールパークは、ソウル郊外の利川(イチョン)市にあるのだが、地下鉄と郊外電車を乗り継いでアクセスできるとは言え、ソウル中心部から50キロ。1時間半電車に揺られた後、バスで20分。周囲に何もない停留所からさらに歩いて20分でようやく施設の入り口にたどり着く。スマホの地図検索がなければ到底たどり着けないだろう。

 それでも、近年のKBO人気もあり、ここで行われるに二軍公式戦には、週末ともなるとマイカーでやってくるファンも多く、試合が行われるメイン球場のスタンドには球団の歴史をたどるミュージアムも設置されるなど、来訪者を意識した設備づくりがここではなされている。

斗山と同じソウルの蚕室(チャムシル)スタジアムを本拠とするLGツインズも、かつてはソウルに隣接する九里(グリ)市に二軍施設を置いていたが、2013年に同じく利川市に施設を移転している。

 同じく2013年に新二軍施設を一軍本拠である光州(クヮンジュ)市郊外の咸平(ハムピョン)郡に建設した起亜タイガースは、新設した三軍のため、現在第3フィールドを建設中だという。

 

 これらKBOのファーム施設を見ていると、ドミニカ共和国にあるメジャーリーグのアカデミーを思い出した。このドミニカアカデミーもその多くが辺鄙な場所にあり、選手たちは町の喧騒から離れたところで、合宿生活を行いながら野球漬けの生活を送っている。さざかし韓国のファーム選手も野球に打ち込んでいるだろうと充実した施設を見て感じたのだが、韓国で二軍の指導経験もある起亜の正田耕三打撃コーチによれば、「まだまだ練習量は少ない」とのこと。

 この充実した施設を存分に活用するようになれば、韓国野球は日本にとってますます強敵になっていくに違いない。

(写真は全て筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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