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あの頃のイチローはもう見られないのだろうか?メジャーリーグ、今日東京で開幕

阿佐智ベースボールジャーナリスト
2001年、マリナーズ入団後、初のスプリングトレーニングに臨んでいたイチロー

 冒頭の写真は、2001年、アリゾナ州ピオリア。イチローにとって2度目のメジャーキャンプでのオープン戦のものである。

 2度目というのは、オリックスにまだ在籍していた前年、彼はエースの星野伸之らとともに、「春の野球留学」というかたちで参加しているからだ。ここで星野は自慢のスローカーブがメジャーの打者に通じず、「変な気を起こさないで良かった」と苦笑いを浮かべていたが、イチローの方は、長年募らせていたメジャーへの思いを確固たるものにした。そして、この年、7年連続パ・リーグトップとなる打率.387を残して日本を去った。このシーズン終盤、彼は故障のためフィールドに立つことはなかったが、シーズン打率日本記録の可能性を残したまま最終戦を地元神戸で迎えた。ベンチ入りした彼にファンは期待したが、打席に立つことはなかった。彼の目は、すでにメジャーの舞台に向いていたのだろう。

 そして、その翌春、イチローは2度目のピオリアキャンプのフィールドにいた。この写真を撮った前日、彼は200キロ南にあるツーソンでロッキーズとのオープン戦に臨んでいたが、この当時の彼は、日本での実績については多少報じられていたものの、アメリカでは「メジャーに挑戦する日本のスター選手」のひとりにしかすぎず、スタンドのファンの注目を一身に浴びていたわけではなかった。ツーソンの球場のスタンドには、日本人解説者の姿もあったが、地元ファンの目には、それもフィールドの日本人選手を見に来た同胞としか映らなかっただろう。

 翌日の、ピオリアでのオープン戦も同様だった。ホーム球場とあって、スタンドには多くの日本人ファンが詰めかけ、外野芝生席も埋まる「大入り」だったが、アメリカ人ファンのお目当ては他の選手で、彼らにとって日本人選手といえば、前年彗星のごとく現れたクローザーの「大魔神」、佐々木主浩だった。

 この日の試合は、ピオリアの施設を供用するパドレスとの「ダービーマッチ」。この年、パドレスに入団した、「世界の盗塁王」、リッキー・ヘンダーソンがサードベースに滑りこむと、この試合一番の歓声が湧いた。彼は、この年イチローが座ることになるマリナーズのリードオフマンを前年シーズンに務めていた。

ピオリアでのオープン戦、1年先にマリナーズに入団した「大魔神」佐々木主浩と笑顔でベンチに帰ってくるイチロー
ピオリアでのオープン戦、1年先にマリナーズに入団した「大魔神」佐々木主浩と笑顔でベンチに帰ってくるイチロー

 イチローのその後の活躍については、いまさらここで述べる必要はないだろう。しかし、19年の年月が経った今、彼は当時のヘンダーソンと同じような立場にいる。

 ヘンダーソンは2001年シーズンをパドレスで送ったのを最後にメジャーリーグのラインナップに毎日名を連ねる選手ではなくなった。2002年はレッドソックスで控え外野手としてプレーしたものの、その翌年には開幕まで契約するチームがなく、独立リーグに身を投じた。そしてこのシーズン途中にドジャース入りしたのを最後にメジャーでの足跡を断つことになる。それでも、彼は46歳で迎えた2005年まで独立リーグでプレーした。メジャーの舞台に再び立つために。

 

 ヘンダーソンは奇しくも今回の開幕戦の相手である古巣アスレチックスのフロントスタッフを務める。彼は、イチローにこうエールを送る。「野球とは経験がものをいうスポーツ、私がかなえることができなかった50歳までのプレーをぜひ実現してほしい」。

 来日後、マリナーズは巨人と2試合を消化した。おそらく興行上の理由もあるのだろう。イチローはともに先発したが、6打数無安打に終わった。アメリカでのオープン戦を合わせると24打席ノーヒット、打率は.065と往時の彼を知るものには信じられないような数字で今日の開幕を迎えることになった。

 残念だが、もう答えは出ているように思う。大多数のメディアは、彼の機嫌を損ねて取材できなくなると困るというビジネス上の理由から、今なお「イチロー健在」をアピールするが、数字がすべてを物語っている。ついには、ちらほらと、「イチロー限界」を論じる記事も出てくるようになった。彼がこれまで生き抜いてきたメジャーという世界で最も競争の激しいリーグでプレーする力はもう残っていないだろう。「復活」を期するなら、現状ではマイナーから勝ち上がるべきである。それがプロフェッショナルという世界なのだから。

 しかし、それでもサービス監督は、開幕戦のスターティングラインナップに彼の名を書くことを明言した。私には、彼らがスポーツビジネスに翻弄されているような気がしてならない。

 今日明日と私は東京ドームに足を運ぶ。彼がここで久々の安打を放てば、それが「最後のヒット」になるかもしれない。

 個人的なことになるが、私は彼のメモリアルヒットをことごとく見逃している。2009年にヤンキースタジアムで目にしたのは、日米通算4001本目のヒット、2016年にマーリンズ・パークで目にしたのはメジャー通算3001本目のヒットだった。今回東京で、日米球界不世出のヒットメーカー最後のヒットというメモリアルを見ることになるかもしれないというワクワク感と、いきなり4安打した7年前と同じように、「あの頃」の姿を再びよみがえらせ、そのままシーズンインしてくれるのではないかというかすかな期待をもってスタンドに陣取りたい。

 今日明日と、イチローはどんなプレーを見せてくれるのだろうか。

(写真は全て筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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