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プロアマの垣根を超える挑戦―社会人実業団選手のオーストラリアウィンターリーグへの武者修行―

阿佐智ベースボールジャーナリスト
この冬、オーストラリアプロリーグに野球留学した社会人野球Hondaの2投手

 近年、ウィンターリーグへの日本人選手参戦が増えている。日本のプロ野球(NPB)の選手のオフの過ごし方に対する意識が変わり、野球界全体としても実戦に勝る練習はないという考え方が定着していることなどがその背景としてあるのだろうが、何といっても霧の向こうにあったウィンターリーグの本場である中南米の野球についての情報が得やすくなったことが一番の要因として挙げられるだろう。この冬も、前年に続いてDeNAの乙坂智がメキシコ最高峰のメキシカンパシフィックリーグに参戦したほか、独立リーガーたちも中南米各国のリーグに参戦した。

 ただ、中南米のリーグには、リスクが伴う。昨年もニカラグアで政情不安から騒擾が起き、現地で開催される予定だったU23ワールドカップが、コロンビアでの開催に変更されている。治安状況も日本に比べれば、格段に悪く、言葉の問題もあり(ウィンターリーグの行われる国々の公用語は総じてスペイン語)、現在、NPB選手のこの地域への派遣は、球団を通じた選手の個人的な参加にとどまっており、球団挙げての制度的なものにはなっていない。

 そこで注目を集めているのが、オーストラリアのウィンターリーグ、ABLだ。オーストラリアは、比較的日本人になじみのある英語を公用語とし、日本人在住者も多い。治安状況も良好とあって、この冬のシーズンも、西武、DeNA、ロッテの3球団が、現地球団とのパートナーシップの下、計9人の選手をオーストラリアでプレーさせた。

 2010年秋に発足したABLだが、現地ではまだまだ競技人口も少ないとあって、プロにふさわしいプレーができる人材を集めるのには苦労している。そこでABLは、世界各国のプロリーグだけでなく、日本の社会人実業団チームからも選手を受け入れることを模索、2016-17年シーズンより本田技研工業との提携の下、傘下のHonda、Honda鈴鹿、Honda熊本の3チームいずれかから選手を受け入れている。今年は、Hondaから2人、Honda鈴鹿から1人、そして初めてHonda熊本から菊江龍投手が南オーストラリア州を本拠とするアデレード・バイトに派遣された。両チームの選手は社業との関係もあり、シーズンの半ばで入れ替わりプレー。今回の取材では、シーズン後半に参加したHonda所属の栃谷弘貴、田村圭裕の両投手に話を聞いた。

戦力として期待される社会人野球の投手

この冬のシーズン、ABLで2勝を挙げた栃谷弘貴
この冬のシーズン、ABLで2勝を挙げた栃谷弘貴

 昨年から本田技研がアデレードに派遣しているのは、すべて投手。これはアデレード側の要請だそうだ。

 今年27歳になる栃谷弘貴は、大卒後、3シーズンをHonda鈴鹿で送った後、埼玉狭山に本拠を置くHondaに移籍した。チームを複数持つ会社ではこういう「異動」はままあるそうだ。新チームで心機一転、昨シーズンに臨んだものの、芳しい成績を残すことができなかった栃谷に、シーズン後、監督との面談が入った。「上がり」(引退)を覚悟して面談に臨んだ栃谷に打診されたのは、オーストラリアへの野球留学だった。

「オーストラリアの話は、自分が在籍していた鈴鹿から選手が派遣されましたので、もちろん知っていました。どんな野球するんだろうって興味はありましたね」

 引退覚悟からのプロリーグへの留学を断る理由はなかった。「僕はおまけみたいなもんです。去年何人か上がって、若いピッチャーは台湾のウィンターリーグに参加したんで、僕くらいしかいなかったですよ」と栃谷は笑う。現役を1年でも長く続けることができるきっかけをオーストラリアで栃谷はつかもうとしている。

 一方の田村圭裕は、本田技研がABLへの選手派遣を始めた翌年に入団、今年3年目の若手の有望株だ。プロ志望ということで、日本のプロ(NPB)やメジャーリーガーを含むアメリカのプロ選手と同じフィールドに立てるABLでのプレーは刺激になったに違いない。

 彼もまた、監督からの打診を受けてオーストラリア行を決断した。入社時に肩の故障を抱えていた田村は、返答をするまで悩んだと言う。

「普通だったらこの時期は、肩を休めなきゃいけない期間だと思うんで。オーストラリアで投げ続けて翌シーズンに怪我しないかなとか、この時期に肩を休めずに投げ続けるメリットがあるのかというのを考えました。ABLでプレーした先輩の話なんかも聞いて、肩が治ってからは普通には投げられているということもあり決心しました」

試合前にインタビューに答えてくれた田村投手
試合前にインタビューに答えてくれた田村投手

 本来彼らにとってはウィンターリーグの時期はオフである。Hondaの場合、野球部員はシーズン中、出社する必要はなく、競技に専念する。11月の日本選手権が終わった後は、1か月弱は、社業専念期間で、その後、正月休みまでは半日勤務後の練習となる。この時期は、オフとは言え、勤務の他、一般社員とのコミュニケーションを図るため各種懇親会などもあり、それなりに多忙でもある。そんな時期の野球留学は、新しい経験を積むことができる一方、スケジュール、体調の管理が難しい面がある。とくに、シーズン後半の派遣となったふたりの場合、一旦シーズンが終了した後、1か月おいてのプロリーグ参加とあって、調整はなかなか難しかったようだ。

「オフとは言っても、選手の大半は練習場の横の寮住まいですから、勤務の後、自主練習はやっています。だから体は動かしていましたよ」

と栃谷。

 肩の故障経験のある田村も、そのあたりは慎重を期したようだ。

「調子を下げないように11月の日本選手権以降も、自分たちでピッチングはしてきました。だから、今年は全然休めないままシーズンに臨みますが、それがどうなるかはやってみないとわからないですね」

肌で感じた日豪の野球の違い

 実際にオーストラリアでプレーしてみて感じた「野球の違い」として彼らふたりが口をそろえるのは、圧倒的なパワーの差だ。

 オージーたちのパワーに栃谷は舌を巻く。

「最初、ストレートで勝負してみて、空振りなんかも取れたんですけど、当たれば本当に飛びます。僕の場合、許したヒットはほとんど長打なんで、パンチ力はすごいなと思いますね」

 今、メジャーでは「フライボール革命」により、アッパースイング全盛だ。アメリカ人マイナーリーガーも多数参加し、各チームの指導者の多くはメジャー球団のスカウトも兼ねている、事実上のメジャーのファームリーグであるABLは、当然メジャーの影響下にある。だから、アメリカ人マイナーリーガーはもちろん、オージーたちのバッティングスタイルもアメリカ流になる。

 彼らのパワーを認める一方、ふたりはスイングの違いも指摘する。オーストラリアでは、ほとんどの打者が、「一度潜ってきて上げてくる」、アッパースイングであると言う。

「リーチが長くてバットが外回りしてくるんで、外角低めは強いです。だから、ピッチャーはインコースの真っすぐを使うことを徹底させられます。インコースは審判の判定が厳しいんですけど、とりあえず体を起こさないと、バッターは踏み込んでくるんで。インコースにバンバン投げた後、変化球というのが鉄則です」と栃谷。

 この冬のシーズン、ABLで最も活躍した投手は、キャンベラ・キャバルリーに所属したDeNAの今永だった。先発投手として6試合35イニングを投げ、防御率は0.15。まさに無双状態だった。日本の投手が投げる回転のきれいな「浮き上がる」ストレートが、アッパースイングの打者のバットの軌道と重ならなかったのだ。

 同じ150キロでも日本人の球とオージーやアメリカ人の球とは全く質が違うと栃谷は言う。

「こっちでも、みんな普通に155キロとか出すんですけど、なんて言うか、『ボン!』て感じで。伸びてこないんです」

 投手は低めに投げる、と言うのは、野球界の常識である。しかし、「フライボール革命」の結果、アッパースイングのパワーヒッターが増えた今、かえって低めは危険になることもあるというのが、田村の実感だ。

「日本だと低めに投げることを意識していましたが、こっちでは、低めはかえって打たれるんじゃないかなとも思って投げていました」

日本とは違うオージーたちのプロフェッショナリズム

 ABLは、一応プロを名乗っている。しかし、その実態は、国内選手の大半は、他職を本業とし、収入の面から見れば、野球は季節的な副業というもので、雰囲気的には、日本の社会人野球に似ている。

 レベル的には、選手全体の4割ほどを占めるアメリカ人選手を見てみると、参加しているマイナーリーガーのほとんどはA級や独立リーグの選手で、一部にメジャー予備門と言われている2Aの有望株や、次の契約先を探している元3Aやメジャーのベテランが混じっているということから、おおむねマイナーリーグで言えば、A級相当と言えるだろう。また、オーストラリア各地のクラブチームの10代の選手が、州野球連盟の推薦を経て「デベロップメント・プレーヤー」として「お試し」に試合に出場することもあり、日本の独立リーグの選手も参加している状況を加味すれば、アベレージでは、日本の社会人実業団レベルと変わらないと思われる。そういうことから、ふたりはオーストラリアに来て、競技上で「プロ」と痛感させられるようなことはなかった。

 9試合にリリーフ登板し、1勝1敗、防御率2.00という好成績を残した田村は、マイナーリーガー達相手でも、自分のピッチングさえできれば抑える自信はあったと、実際のマウンドの印象を表現する。

 それでも栃谷は、オージーたちのプレーの姿勢にプロフェッショナリズムを感じたと言う。

「彼らを見ていて野球が好きなんだということは非常に感じました。それに勝ちに対するこだわりもすごいですね。それにプレーの真剣さ。内野ゴロでも常に全力疾走。もちろん我々社会人野球では、それは当たり前なんですけど、プロなんかは逆にしないのかなと。こっちの選手は、100%アウトだなという場面でも一切手を抜かないです。練習の時のランニングとかはだらだらしているんですけど、試合中のプレーの一瞬一瞬の質はものすごく高いですね」

 兼業であるとか、マイナーレベルであるとかは関係なく、野球のプレーでたとえ少額でもギャラをもらっている以上は、真剣勝負で全力プレー。そういうオージーたちのプロフェッショナリズムにふたりは刺激を受けたようだった。

ABLでの好成績に田村も自信を深めたに違いない
ABLでの好成績に田村も自信を深めたに違いない

練習に対する構えの圧倒的な違い

 とは言え、万事大らかなオージーたち。人生は楽しむためにあるんだという国民気質はプロリーグにおいても反映されている。練習時間は、日本と比べると信じられないくらい少ない。

「日本だったらアップがようやく終わった頃に、こっちでは練習全部終わってしまいます」

と田村は笑う。

 先日もテレビのスポーツニュースで、プロ野球のキャンプで一番練習時間が長いチームはどこかという企画が放送されていたが、日本ではいまだに練習時間は長いほどいいという風潮が残っている。長い全体練習の後は、個別練習が待っており、それは夕食後に及ぶこともある。オージーたちには考えられないことだろう。しかし、彼らも個別の追加練習は行う。ただしそれは全体練習前、いわゆるアーリーワークというやつだ。

 アデレードでは週末の公式戦のほか、全体練習は毎日行われる。ただし、それも日中働いている選手も多いので、夕方に少し行う程度だ。普段の練習でさえ、そういう調子であるから、試合前の練習は本当に体をほぐす程度、試合中のブルペンでも多くの球数を投げることはない。そのあたりは完全にアメリカ流で、「肩は消耗品」という考え方は徹底している。

 この流儀は日本人選手にとっては少々厄介なものになる。

「登板はいきなり言われます。キャッチボールもしないままブルペンのベンチに座っていたら、『次、2人目のバッターからお願いね』みたいな(笑)。そのあたりは、シーズン前半に参加していた鈴鹿と熊本の選手に、前もって『急に登板を指示されるので、ストレッチくらいはやっとけよ』って教えてもらっていましたけど」

 しかし、それも決して悪いことではないと感じたのは栃谷だ。

「練習時間ははっきり言って短いです。でも、各メニューの間の間隔は短いですし、集中力はすごいです。あと、ウェイトトレーニングは日本人と比べ物にならないですね。彼らの発想では、野球は瞬発力のスポーツなんで、ロングのランニングはかえってよくないという発想なんです。中には、どっちも大事だっていう外国人ピッチャーもいて、彼は数字も残しているんですけど、オージーたちはマネしないですね」

 

野球を通じた異文化体験という財産

プレーヤーとしても、一社会人としても豪州での経験は貴重なものになったと言う栃谷投手
プレーヤーとしても、一社会人としても豪州での経験は貴重なものになったと言う栃谷投手

 オフシーズンを返上してのABL参加だったが、ふたりはいい経験だったと口をそろえる。それは単にアスリートとしてだけではなく、一社会人としても、異文化体験をできたことは、今後の人生の糧になると「上がり(引退)」も意識し始めている栃谷は言う。

「今は学んでいる最中なんで、オーストラリアはこうだったなと言い切ることはできませんが、違う文化に触れられたのは大きいです。言葉は違うけれども、みんな野球が好きで、情熱が伝わってきます。そしてオーストラリアでは、野球以外の部分でもみんなすごくポジティブで明るいです。それに、外国から来た人間に対してもすごく丁寧に扱ってくれるというか、そういうのをすごく感じます。来て良かったですね」

 アスリートとしても、オージーたちのポジティブな姿勢は、参考になったというのは田村だ。

「日本人はちょっとミスをしたら落ち込んだり、そういうのが多いんですけれども、彼らは別にそんなに気にすることもなく、エラーをしても謝ることはないです。でも、そういうのもあってもいいのかなとこっちにきて思いました。こっちでプレーしてみて、楽しいですね。まあ、プレッシャーがないというのもあると思うんですけど。みんなフレンドリーですし、全然知らないのに、初日からしゃべり掛けてくれました。人間性とかも含めてやりやすいです」

 社会人野球を取材してみて改めて思うのは、どんなアスリートもまずはひとりの人間であり、アスリートとしての人生よりも、一市井人として送る人生の方が長いということである。一風変わったABLでの経験は、ふたりの社会人選手にとって大きな糧になったに違いない。

(写真は全て筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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