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野球・アジア大会、新興国にも注目

阿佐智ベースボールジャーナリスト
ペンキで背番号を塗り直したユニフォームで試合に臨むパキスタンの選手

 スーパーラウンドで、日韓台に中国を加えた「アジア四強」がプライドと威信をかけてメダルを争っているインドネシア・ジャカルタ。ファイナルラウンド最終日となった今日31日、朝から第2球場であるラワマングンに足を運んだ。

今大会のために旧来の競技場を改装して造られたラワマングン球場
今大会のために旧来の競技場を改装して造られたラワマングン球場

新興国レベルでは他を圧倒、クリケットじこみのパキスタン打線

 8月31日、この日の初戦は午前8時開始。当初11時開始だったのだが、日に日に早くなり、まるで日曜の草野球のような開始時間となった。各チームへの通知も前日だというから選手はコンディションを整えるのが大変だ。この日は、主会場のゲロラ・ブン・カルノとサブ会場のラワマングンでそれぞれ2試合行われ、午後2時からの試合のみ時間がかぶるということになっている。

 ラワマングンは、大学に隣接する総合スポーツ施設だ。ここでは、屋内自転車競技と、野球の順位決定ラウンドが行われる。ラウンド2で各グループ3、4位となったパキスタン、香港、インドネシア、タイが、それぞれまだ対戦していない国と争うのだが、野球新興国と言っていいこれらの国々の試合は、決して見ごたえのあるものではない。

 その中にあって、イギリス植民地で、野球と似た競技・クリケットが盛んなパキスタンは、頭ひとつ出ていると言われている。実際そのとおりで、おそらくは120キロ台を超えることのない香港投手陣の甘い球は、彼らは見逃すことなくフルスイングし、ヒットゾーンにはじき返している。とにかくストレートには非常に強い印象だ。

 試合の方は、12対2でパキスタンのコールド勝ち。前日の日韓戦を見た目からすると、なんだ、この野球は、という感じが最初はしたが、もう少し目線を落として草野球目線で見ると、パキスタンになかなかかなうチームはないだろう、少し野球をかじった集団ならば、香港には勝てるなという感じでそれなりに楽しめる。

パキスタン先発のウラ・イシャン投手。長身から投げ下ろすストレートに香港の打者はてこずっていた
パキスタン先発のウラ・イシャン投手。長身から投げ下ろすストレートに香港の打者はてこずっていた

「夜明け前」の香港野球

 実際、香港から来た記者に聞くと、この代表レベルでも休日に野球を楽しむ程度の選手の集まりらしい。それでも、アジア大会とあって、今回の遠征については、費用は一切政府もちということだ。

 その中で、ひとり別格の選手がいた。ラウンド2の韓国戦でLGツインズのイム・チャンギュからホームランを放ったマット・ホリデイだ。韓国新聞メディアの中には、彼を同名の元メジャーリーガーと勘違いしているものがあったが(日韓問わず、最近の新聞にはとんでもない間違いが散見される)、彼は、何華生という中国名をもつアメリカ人と香港人のハーフ選手である。幼少時に香港で野球を始め、アメリカの大学でプレーし、この夏に卒業したという。今後も野球は続けるつもりで、日本やアメリカでプロとしてやりたいとのこと。

香港打線を引っ張ったマット・ホリデイはプロでのプレーの希望をもっている
香港打線を引っ張ったマット・ホリデイはプロでのプレーの希望をもっている

 このレベルの国々の指導者は、日米韓といった野球先進国の人々だ。香港の場合は、アメリカ人2人がコーチを務めていた。ともにビジネスや家族関係などの縁で香港野球と関わり、今大会に参加している。コーチのうちのひとりは試合後、敵方のパキスタン選手と握手を交わしていたので、理由を尋ねると、10数年前パキスタンで野球をコーチングしていたときの教え子とここで再会したのだという。

 そしてもうひとりのパット・アセーネコーチは、なんと元プロ野球選手だ。独立リーグを含め、20数年間現役生活を送っていたが、25歳の1995年シーズンにはデトロイト・タイガースでメジャーのマウンドにも立っている。

香港のコーチ陣、パット・アセーネ(右)はメジャーのマウンドにも上がった
香港のコーチ陣、パット・アセーネ(右)はメジャーのマウンドにも上がった

日本人が育てたタイ、インドネシア野球

 第2試合を戦うタイと開催国インドネシアは、ともに日本人が野球を普及させた国である。

 試合前、タイ監督の上野正忠さんに話を聞いた。大学から社会人野球に進み、指導者経験もある上野さんは現在69歳。野球界の発展のためと、手弁当で野球のボランティアをしている。今回の監督就任も、余生を楽しむべく度々旅先として足を運んだタイで、以前にも野球普及活動をしていた縁から声がかかったのがきっかけらしい。

 これまでタイには日本初の普及活動の手が何度も入っている。この結果、WBCの予選にも参加したこともあるが、日本側の活動にしても、国内企業の支援にしても、継続性のないのが最大のネックだという。

タイの日本人監督・上野正忠さん
タイの日本人監督・上野正忠さん

 試合の方は、厳しいようだが、草野球レベルと言わざるをえないものだった。タイは予選に当たるラウンド1をスリランカ、ラオスと争い、全勝でラウンド2に駒を進めたが、ここではコールド負け2つを含む3敗。日本はともかく、中国にさえ15失点で3試合であげたのはパキスタン戦の1点のみという有様だった。順位決定ラウンドでも、前日の香港戦ではようやく試合らしい試合になったものの、4対5で惜敗している。このチームには、2013年WBCにも代表入りした、日本の独立リーグでもプレー経験のあるジョン・ダニエル・ダルー(ジャック・ダルー/元石川ミリオンスターズ)とその弟のジョゼフの2人の二重国籍のアメリカ人が入っているものの、この大会に合わせて今年になって急造したチームとあって、自国開催に備えてそれなりに強化を進めてきたインドネシアの相手にはならなかった。

ジョン・ダニエル・ダルー(元ルートインBCリーグ・石川ミリオンスターズ)
ジョン・ダニエル・ダルー(元ルートインBCリーグ・石川ミリオンスターズ)

 初回からエラーを連発し失点したタイは、攻撃陣も元気がない。序盤の大量失点に、集中力も途切れ、守りでも平凡なゴロやフライもさばけない状態に。ピッチャーももはや闘争心が薄れ、インドネシア打線につるべ打ちを食らう。

インドネシアの先発、ハディ・ヌップ・ムハンマド
インドネシアの先発、ハディ・ヌップ・ムハンマド

 対するインドネシアの方は、強化が功を奏したのか、決して巧さや力強さは感じなかったものの、基礎基本は身についているという印象で、攻守とも丁寧なプレーが目立った。100数十人ほどだが、ちいさなスタンドを埋めた地元ファンの声援を受けて5回までに大量11点を入れてあとはコールドという状態になった。

熱心に声援を送るインドネシアのファン。彼らの多くはソフトボール経験者で野球のルールは理解している
熱心に声援を送るインドネシアのファン。彼らの多くはソフトボール経験者で野球のルールは理解している

 しかし、これでは終わらない。タイは4回ウラにサプリメントを飲むのが趣味という、プロ野球選手顔負けの体躯を誇るファエンサップが、センター横にホームランを放つと反撃を開始、対するインドネシアは、中盤になると打ち疲れたのか途端に打線が湿り始めた。私は6回で日台戦のナイターのために移動したのだが、ゲロラ・ブン・カルノ球場に到着してスコアを確認すると、なんと12対11でインドネシアが辛勝で本大会初白星を挙げていた。終盤、リリーフが荒れたのだろう。まさに草野球の世界だ。

 両国の野球もまた、まだ「夜明け前」の段階だ。レベル的には、野球経験者が集まった草野球チームならともに十分に負かせることができるレベルである。また、このレベルになると審判の質も落ち、主審を務めた日本人審判はともかく、塁審がかなり余裕をもって戻ったランナーに牽制アウトをジャッジするなど、ある意味アジア野球の課題が浮き彫りになっていた。

アザーンの流れるボールパークで

外野フェンスの向こうにはモスクが望める
外野フェンスの向こうにはモスクが望める

 そういうチームが、日本の社会人野球のトップレベルのチームやプロの精鋭を集めた韓国代表とゲームをするのが、このアジア大会のある意味不思議なところでもある。中には、このようなあまりにレベルの違う相手との対戦は無駄だという人もいるかもしれないが、私はそうは思わない。サッカーが世界を席巻する中、野球は世界のスポーツシーンではマイナースポーツに埋没しかねない存在である。野球先進国の様々なアクターが各地に「野球の種」を蒔いている中、トップ選手たちがそういう国々の選手たちに胸を貸し、目指すべき方向を示す、そういう意義をこのアジア大会は持っているのではないか。

 得点ボードの裏にあるモスクからイスラムの祈り、アザーンが流れる球場でそんなことを感じた。

(写真は全て筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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