Yahoo!ニュース

オーストラリア代表不動のショートストップがセールスマンをしている理由

阿佐智ベースボールジャーナリスト
昨年侍ジャパンと戦ったオーストラリア野球代表(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

先日行われたオーストラリアとの侍ジャパン強化試合。正直、トッププロを集めた日本代表の相手としては不足だったが、それもある意味仕方がない。やってきたオーストラリア代表チームは、「自由契約者集団」だったのだから。オーストラリアでのウィンターリーグが終了し、アメリカでメジャーキャンプが始まったこの時期、日本への遠征にやってくることができるのは、北半球の野球シーズンでプレーするチームがない者が中心となる。メジャーリーガーの参加など望むべくもない。しかし、これはオーストラリアでは通常のことで、昨年のWBCでも、メンバーの大半はその時点で夏の所属チームのない「フリーエージェント」の選手だった。

 しかし、だからと言って、彼らのプレーレベルが「プロ未満」であることを意味するわけではない。彼らはプロフェッショナルを標榜するオーストラリアのウィンターリーグ、ABLでプレーしている。このリーグのレベルをひとことで語るのは難しいが、アメリカのマイナーで言うと、シングルAというところだろうか。しかし、層の厚いアメリカと違って、ABLの選手レベルの幅は広く、日本の独立リーグでも無理だろうと思われる者から、日本のNPBでやっていけるような選手が、同じチームでプレーしている。古い話になるが、銀メダルに輝いたアテネ五輪のような、国内リーグの選手にマイナートップレベルを加えた代表チームなら、なんとか世界のトップに伍することができる。今回の代表チームのメンバーも十分にアジアのプロに挑戦できるレベルの集団だったと言えるだろう。

 そんな彼らの多くは、これからの「オフシーズン」、北半球に渡ることなく、「一般人」に戻ってサラリーマン生活を送ることになる。ここにオーストラリア球界の悩みが凝縮されている。10年ほど前までは、彼らの中には日本の独立リーグやヨーロッパのクラブチームでギャラを手にしながらプレーする者が多かったが、現在ではそういう選手は少なくなってきている。それにはオーストラリアを取り巻く様々な事情が絡んでいる。

豪州代表のイケメン・ショートストップ

ウィンターリーグのチャンピオンチーム、ブリスベン・バンディッツの不動のショートストップ、ローガン・ウェイド(SMP Images)
ウィンターリーグのチャンピオンチーム、ブリスベン・バンディッツの不動のショートストップ、ローガン・ウェイド(SMP Images)

 今回の日豪戦のテレビ中継。オーストラリアのイケメン・ショートストップに目が釘付けになった女性ファンも多いはずだ。彼の名はローガン・ウェイド。名古屋で行われた第1戦では3打数1安打と気を吐いていた。現在ABL最強と言われているブリスベン・バンディッツでも不動のショートストップとして、この冬のシーズンはほぼフル出場。打率.282、10盗塁を記録している。ホームラン8本、33打点は、ABLの試合数が日本のプロ野球の3分の1弱であることを考えると、内野の要として十分すぎる数字であることがわかる。

 2012年、20歳でプロ契約を結び、2016年シーズンまでミネソタツインズのシステムでプレー。5シーズンで258本のヒットを放った。しかし、シングルAでも最もレベルが高く、メジャー予備軍のプロスペクトが集まる2Aへの玄関口とも言われているフロリダステートリーグでの2年目を終わった24歳の時、フリーエージェント、つまりクビになった。結局、昨シーズンはプレーするチームがなく、フリーエージェントのままだったが、それでも、昨年春のWBCでも不動のショートストップとして東京ドームでプレーした。

「去年のWBCの後も、アメリカ、日本の球団からオファーはあったんだよ」と彼は言う。 しかし、彼は北半球で夏を迎えることを選ばなかった。背広に身を包み、ABLでの所属球団、ブリスベン・バンディッツのスポンサーとなっている住宅設備機器販売会社のセールスマンとして地元ブリスベンを走り回った。サラリーマンのかたわら、週末には「ローカル」と呼ばれるアマチュアクラブでプレー、トレーニングも続けているという。ウィンターリーグのシーズンが来れば、背広からユニフォームに着替え、例年のごとくブリスベン・バンディッツのショートとしてプレーした。

好調な経済が現役生活継続の足かせに

遠征先のホテルでインタビューに応じてくれたウェイド(筆者撮影)
遠征先のホテルでインタビューに応じてくれたウェイド(筆者撮影)

彼クラスの選手ならば、メジャーやNPBのトップというわけにはいかないが、プロとしてプレーする場はいくらでもあるのではないかと思われるのだが、そんな彼でも開催期間4か月ほどの自国ウィンターリーグでしかプロとしてのプレーしていない。ここにオーストラリア球界の問題点が現れている。

 「プロ」と言っても、ABLの報酬は、月600オーストラリアドル(約5万円)から880オーストラリアドル(7万4000円)。日本の独立リーグ以下である。これではとてもではないが、野球専従というわけにはいかず、ABLの選手は、アメリカのマイナーなどで北半球の夏にプレーする選手を除いて、基本、ウェイドと同じく他職を兼業しており、試合のない日は、終業後練習し、木曜からはじまる週末の4連戦をこなす。ABLが基本4連戦制なのは、経費削減のため、各都市への遠征を1回ずつで済ませるためである。

 オーストラリア人マイナーリーガーの多くは、25歳前後でアメリカ球界を去る。これは、MLB球団が、マイナー選手に見切りをつける年齢がおおむねこの年齢であることが大きく関係している。このあたりの年齢になると、仮にマイナー契約を結べても、もはやメジャーリーガー予備軍とは球団側は見なさず、メジャーのリザーブ選手が集う3Aの頭数あわせとして、ある意味飼い殺しされるのが関の山だ。数年前、日本の独立リーグは、一種のバブルと言えるくらいオーストラリアからの選手で賑わっていたが、これは、メジャーへの望みを絶たれた者が、NPB球団との契約を目指して日本の独立リーグに殺到したからである。

 MLB球団とのマイナー契約をなくしてもなお、北米で現役を続けようとすれば、彼らの選択肢はアメリカ独立リーグかメキシコということになる。しかし、マイナー経験しかない場合、そこで彼らが手にする給料は、月10万円からせいぜい2,30万円というところだ。おまけに、そこではシーズン中、いつクビを切られるかわからない。そう考えると、シーズン中のクビの確率が北米よりはるかに低く、あわよくばNPB球団との契約という夢を現実にすることもできる日本でのプレーが選択肢となるのは必然とも言える。実際、そういうオーストラリア人選手の中から、ミッチ・デニング(元ヤクルト)、ドリュー・ネイラー(元中日)という成功者が現れている。

 しかし、その後、オーストラリアから日本の独立リーグへの選手の流れは大きなものにはならなかった。前述のとおり、ウェイド自身も、昨年のWBC後に日米の独立リーグからオファーがあったが、それには応じなかったという。せっかくのチャンスなのにとも思うが、皮肉なことに、好調な国内経済が、彼らのプロ生活継続にストップをかけるのだ。

 一時期、日本のチェーン店が、国内では900円ほどの定食をシドニーでは2000円で提供し、その高額さが話題に上ったが、この数字は、両国のアルバイトの時間給の相場にほぼ等しい。要するに、この会社は、定食にアルバイトの時給ほどの価格をつけているのだ。そう考えれば、「2000円定食」は現地人にとって決して高額ではない。

 セールスマンをしているウェイドの報酬は、月額おおよそ4,50万円。賃金が頭打ちになっている日本の中年サラリーマンもうらやむ額を彼は30歳手前で稼いでいる。多様な生き方、働き方が社会的に認められているオーストラリアでは、ウィンターリーグのシーズン中も、彼はその職を手放すことなくプレーを続けることができる。

 彼のようなオーストラリア人選手は少なくない。母国に帰って働きながら、「ローカル」のチームやABLでプレーを続け、マイナーリーグに復帰する者もいる。

 しかし、この環境が決していいというわけではない。アスリートの成長には実戦での経験や、より高いレベルに身を置くことは不可欠である。その点、現在のオーストラリア球界はトップ選手の育成環境が整っているとは言えない。ABLは平日も試合を行う真のプロリーグを理想とし、シーズン試合数もチーム当たり56試合まで増やしたこともあったが、選手が野球に専業できるだけの報酬を支払えない現状では、試合数を再び減らさざるを得なかった。高いレベルでの試合数の増加、選手報酬の増額は、このリーグの危急の課題でもある。リーグ当局は、この部分を解決すべく、来季からの球団数拡張と、これまでリーグが運営していた各チームをオーナー企業を探した上でそれに譲渡することを計画している。さらには、北半球の夏にプロとしてプレーする機会を増やすため、台湾リーグへの選抜チーム参入を目論んでいる。

26歳のウェイドはこれから目白押しの国際大会へ思いをはせる(筆者撮影)
26歳のウェイドはこれから目白押しの国際大会へ思いをはせる(筆者撮影)

 

 ウェイド自身、現在の自らの状況に満足しているわけではない。

「この冬、うちのチーム(ブリスベン・バンディッツ)にも、日本人選手が来たんだよ。なんていう名前だったかな。スギヤ?そうそう。彼はセカンドを守って二遊間を組んだんだけど、僕のプレーは彼と比べても遜色なかったよ。だから、僕は自分がNPBで十分にプレーできると確信したんだ」

彼は年明けに、ウィンターリーグに参加した北海道日本ハムファイターズの杉谷拳士を引き合いに出して、自分が十分北半球の野球先進国のトッププロリーグでプレーできることをアピールし、こう続けた。

「だから、このシリーズ(侍ジャパンとの2連戦)は、僕にとってはショーケースなんだ」

 彼の将来のキャリアパスには、今後数年のうちに目白押しの国際大会があると言う。来年のプレミア12、再来年のオリンピック、そしてその翌年のWBCは、これから訪れる彼の選手としてのピークと重なる。オーストラリア野球の改革が進み、彼がより高いレベルで経験を積む場が増えることになれば、これらの大会でオーストラリアはダークホース的になっていくだろう。

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

阿佐智の最近の記事