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ペダルをまわし、前へ進もう:ネオプロ、石上優大はひたすら「極める」日々

宮本あさか自転車ロードレースジャーナリスト
photo:jeep.vidon

無為の日々ではない。新型コロナウイルスの影響で、地球上のあらゆる自転車ロードレースが中断されたが、決して空白の時間などではないのだ。選手たちは変わらずペダルをまわし、自己研鑽のために毎日を費やしている。

2020年にNIPPO・デルコ・ワンプロヴァンスからプロ入りを果たした石上優大も、そのひとり。欧州での本拠地、フランスのロックダウンに伴い、3月中旬に日本に緊急帰国した後も、熱心にトレーニングに励み続ける。

すべては自転車選手として、人間として、「極める」ために。たとえ明日、レースに出ろ、と命じられたとしても、110%のパフォーマンスでチームの期待に応えるために。

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――レースのない自粛の日々、どう過ごしていますか?

いつもと違うのは、レースがないこと。それだけです。あとはこの時期に日本にいるということ……。5月の日本にいることなんて、ここ4年くらいなかったので、久しぶりに日本の春を味わってます。それ以外は、僕の日常は、特になにも変わっていないですね。

――つまりは、ひたすら、トレーニングの日々?

自転車に乗ることは「仕事」ですから。練習に励んでます。たしかに今はレースがないので、ノンストレスな時間であってもいいのかな……とも思います。そもそもチームのコーチからは、あまり身体に負担をかけすぎないように、と言われてますけどね。

でも、僕は、強くなりたい。前々から言っているように、今の僕は、自転車を極めている真っ最中なんです。そこにレースがあるかないかは関係ない。

むしろ普段なら5月はレースの多い期間ですから、練習は質や量がどうしても抑えめになる。レースに向けた体調コントロール的なトレーニングしかできなくなっちゃうんですね。でも今年は、逆に、練習が思う存分できる。色々なことを試せるチャンスなんです。このレースのない時間をどれだけ有効に使えるかで、この先が変わってくると思ってます。

――ただ今年、念願のプロになり、自分の力を高いレベルで試したい……との意気込みもあったのでは?

たしかに高いレベルのレースを走れないというのは、僕にとってはマイナスかもしれません。レースとは、僕にとっては、今まで積み重ねてきたことをお披露目する場所です。それにハイレベルなレースとは、より質のいいものを学ぶ機会でもあります。その機会が減ってしまったことは、マイナスですね。

まあ、でも、マイナスといってもそのくらいですよ。もちろんレースの再開をすごく楽しみにしていますし、やっぱりレースを走りたい気持ちもある。だからといってレースにすごく固執しているかと言われたら、そんなこともなくて。準備する期間がどれほど長くなったとしても、いつかそれをレースで試せる機会が、必ずやってきますから。

――逆にレース再開後は、すごい過密スケジュールが予定されています。新人にとってはいきなり余裕のない時間がやってきますが?

チームの方からも、レースが再び始まったらかなりきつくなるぞ、と脅されてます。すごく身構えている部分もたしかにあります。

でも、若いうちに苦労した方が良い、って言いますよね。だったらそういうチャンスだと割り切って、やれるだけやってやろう、と。覚悟は決めてます。

それに、だからこそ、強くなるための練習を続けているんです。レース再開後の第一戦目からしっかりしたパフォーマンスを出すために。まだ先がまるで見えない状況です。でも、たとえ明日だろうが、「レースに出ろ」って言われたらレースに出られるような。トップのパフォーマンスをすぐに出せるような。そんな準備を続けていきたいんです。

――この前代未聞の状況をネオプロとして迎えたわけですが、アンダー23時代だったら、精神状態は違っていた?

ありがたいことにネオプロは2年契約があるので、こうして練習に打ち込めるんですよね。アンダー時代だったら大変だったろうなぁと思います。レースがないということは、将来を左右するリザルトを出す機会自体が失われてしまったということ。そして去年までの僕は、「ここまでの期間にプロにならなきゃいけない」っていう考えに縛られて、それこそ死にものぐるいでしたから。

このコロナが丸々1年前倒して起こっていたとしたら、自分の人生は大きく違っていたはずです。そもそも3回目の鎖骨骨折をしてなかったでしょうし……。

折ってないということは、地獄を見てないということ。地獄を見てないということは、僕も人間として成長しなかったかもしれない。いまだに傲慢な奴のままだったかもしれないと思うと、ぞっとしますね。だからプロになれるなれないには関係なく、人間として、これが去年じゃなくて本当に良かったと思います。

――アンダー最後の2年間で3度も鎖骨を折ったことを考えれば、この状況はそれほど困難ではない、と?

もちろん僕はまだまだ青二才ですから、分かってないところもたくさんあります。コロナのせいで困難な状況に置かれている人がたくさんいることも、十分に理解しているつもりです。でも、僕個人に関して言えば、そうですね。

いや、だって、あれよりきついことなんてそうそうないでしょ、って感じなんです。僕にとっては。骨を折って外傷的な痛みがあっただけでなく、心的な痛みもあった。とてつもないストレスやプレッシャーものしかかってきた。将来を左右する本当に大切な時期で、長年すごく頑張ってきたのに、まるで「お前はプロになるな」って拒絶されたかのような。試練でしたね。

あれを乗り越えられたんだから、この先どうなっても大丈夫。命さえあれば、きっと乗り越えられる。そういう思いです。

――自分が新型コロナウイルスに感染した場合のことは想定していますか。選手生命が脅かされるようで怖い、って考えたりします?

考えたことないです。どちらかというと、間接的に人を殺してしまうかもしれない、ということのほうが恐ろしいです。だからこそ自転車の練習以外は、ほとんど外に出ませんし、練習中もどこにも立ち寄らないようにしています。

だって、これって、自分の選手生命がどうこうというレベルの話じゃないですよね。他の人の生命の重さに比べたら、自分の自転車生命なんて、正直、大したことない。ダメになったらダメになったでしょうがない。

じゃあ練習だってしなくていいじゃないか……という話になるかもしれません。外に走りに行くことが、果たして正しいのか、それとも正しくないのか。それだって正直に言って分からないです。とにかく今は、自分ができることをやるだけです。

――その先にある目標、とは?

プロとして、お金をいただいて走っているのですから、もちろん、その先にある目標というのは「レースで勝つ」「レースでいい走りを見せる」ということです。チームから「レースで結果を出せ」と命じられたら、僕はその指示に対して100%、いや、100%以上で応えられるようにしなきゃならないって思ってます。プロとしての仕事を果たすつもりです。

そのために、今の僕自身がやるべきことは、「極めること」。ただ、レースや自転車だけではなくて、自分自身をも極めたい、という思いもあって。その極めた先になにがあるのかは分からないんですけど。

僕は22歳なので、まだまだ他人に「与える」立場ではありません。むしろ「受け取りに行く」ほうだと思ってます。つまりギヴ&テイクと考えると、まだ1:9くらいの割合でテイクの方が勝っているんですよ。でも30歳になる頃には、ギヴの比重を多くしていたい。そのために、今は、自転車という本業をやりながら、勉強や趣味にもしっかり打ち込んでます。そこから得たことを上手く自転車に落とし込みつつ、逆に自転車で得たノウハウを別分野に活かしたりもしつつ、日々を過ごしていきます。

自分のやりたいことに、とことんエネルギーを注いでいきます。自分の中のガソリンが尽きるまで、これで行こう、ずっと行こう。そう決めてます。

石上選手からのおしらせ:

これまでSNS類は「一方通行の通知専門」にしか使ってこなかったという石上選手。このレースのない日々を利用して、自転車ファンのみなさまとSNSを通じて交流しようと考えているとのこと。「みなさまからの質問にお答えしつつ、できたら本や芸術・哲学についても対話してみたい」そうだ。興味のある方はぜひMasahiro Ishigami / 石上優大の名で検索してほしい。

(2020年5月2日、オンラインにてインタビュー)

自転車ロードレースジャーナリスト

フランス・パリを拠点に、サイクルロードレース(自転車競技)を中心とした取材活動を行っている。「CICLISSIMO」「サイクルスポーツ」誌(八重洲出版)、サイクルスポーツ.jp、J SPORTSサイクルロードレースWeb等々にレースレポートやインタビュー記事を寄稿。

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