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吉田隼人インタビュー「勝っても負けても、最後までひたすら精一杯もがく。その姿を見てもらうしかない」

宮本あさか自転車ロードレースジャーナリスト
吉田隼人 (photo: jeep.vidon)

2018年のNIPPO・ヴィーニファンティーニ・ヨーロッパオヴィーニに所属する日本人選手7人全員にインタビューを行った。第5弾は吉田隼人。周囲の尽力に気付き、感謝することをおぼえた28歳は、再びヨーロッパで挑戦する決意を固めた。チームから課された使命は、スプリントフィニッシュには毎回必ず絡むこと。だから勝っても負けても、最後まで、ひたすら踏み続けるつもりだ。

どのような経緯でNIPPOへ入団したのでしょうか?

まずはマトリックスに入った時(2015年)に目標を立てたんです。「2020年の東京オリンピックを目指す」と。一旦こうして目標が定まったら、競技能力が上がってきた。日本国内でどんどん勝てるようになってきて……。そしたら安原さん(マトリックス監督の安原昌弘)から「お前はここにいたらあかん。向こうでやる気はあるか?」と聞かれたんです。そもそも、ずっと前から、「もう一度欧州でチャレンジしてみたい」という話はしていたんですよ。だから「やる気はあります」と改めて答えました。その後は大門さん(NIPPO日本側代表の大門宏)と直接話をして、移籍が決まったという形です。

大学卒業直後にブリヂストン・アンカーに入団して、欧州でレース活動をした経験がありますね?

ブリヂストンで走っていた時代にも、かなりいいレースを走らせてもらっていました。でも、やっぱり、きつかった。レースというよりは、環境がきつかった。ヨーロッパにいるということ自体がきつかったんです。だから「ものすごく恵まれている環境なんだ」と頭では分かっていても、心の中には不安しかなかった。口から出てくるのは不安や愚痴だけで、感謝の言葉が出てこなかった。周りに迷惑かけてばかりでしたね。で、そこで一旦は、欧州行きを諦めたんです。

具体的にはなにが不安だったのですか?

たとえば食べ物とかもそうです。そういう些細なことひとつとっても、まるで環境に順応できなかったんです。それにあの頃は「やってもらって当たり前」という気持ちでした。そこが大きいと思いますね。今なら自分で調べたり用意したりするのが当たり前だと分かるんですが、当時は勘違いしていた。問題があるなら自分でやればいいだけなのに、自分から声を出せば、自分で気を付ければいいだけなのに……、そんな単純なことにさえ気が付けなかった。未熟だったんでしょうね。

考え方が変わるきっかけは?

欧州行きは一旦諦めましたけど、でも自転車が好きだった。だから自転車を続けたんですけれど、続けていたら……やっぱり勝ちたくなりますもんね。負けるのが嫌だから、トレーニングも必死で続けてきました。こうして日本で走っているうちに、選手やチームが活動を続けられるのは、そこに投資してくれるスポンサーがいるからなんだ、ということに改めて気が付いたんです。「ほんまにありがたいことやな……」と気が付くと同時に、環境に不満を言ったらいけないんだと分かった。ブリヂストン、シマノ、マトリックスと活動を続けていくうちに徐々に思考回路が変わっていったんですけど、僕の場合はやっぱりマトリックスに入ったことが大きかった。あそこの監督からたくさんのことを教わりました。

じゃあ今は環境に対する不安はないのですね?

NIPPOの環境はものすごく恵まれていますから。別府(史之)さんや(新城)幸也さんが自分たちの力だけで道を切り開いてきたのと比べたら、はるかに守られている部分が大きい。しかも大門さんから「お前は言葉おぼえんでもいい。ここ2、3年の勝負やから。おぼえている暇があったら、結果出すことだけ考えろ。レースとかに必要な言葉だけでいいから」とさえ言ってもらえている。すごくありがたいことです。とにかく2年でも、3年でも、自転車競技の本場でちゃんと頑張ろうと思ってます。たとえ数年で日本に帰ることになっても、たとえ引退まで欧州で走り続けられなくても、思いっきり挑戦することさえできればそれだけで成功なんですよ。誰もが経験できないことを経験させてもらえているわけですから、ものすごく充実した数年になるはずなんですよ。しかも、長い人生の中で見たら、ほんの数年のことじゃないですか?そう考えたら、言葉が通じなくて、トレーニングもきつくて、たとえ慣れない環境であっても、すべてが我慢できるんじゃないかなって。今はそういう考えに変わりましたね。

この6年で自分が成長したな……としみじみ実感しているんじゃないですか?

いやぁ、僕の場合は、周りの人がそういう風に教えてくれただけですから。気付くのが遅かったですけど、でも少なくとも、気が付くことができただけでもよかった。おそらく年齢を重ねても気が付かない奴は気が付かないままでしょうから。とにかく、そのおかげで、ここで走ることができるんです。大門さんがあちこちでいろいろと走り回って、僕らが自転車だけに集中できる環境を作ってくれている。ヨーロッパでも過ごしやすい環境を与えてもらっている。そんな恩人である大門さんを喜ばそうと思ったら、「ありがとう」と言葉で言うよりも、おそらく結果を出した方がいいでしょうね。だから今からはそのための準備を積み重ねていくだけです。

自分を勝たせるために列車が走る。その責任の重さを、スプリンター吉田隼人は理解している。 (photo: jeep.vidon)
自分を勝たせるために列車が走る。その責任の重さを、スプリンター吉田隼人は理解している。 (photo: jeep.vidon)

その大門さんは吉田選手を「即戦力」として期待しています。つまりNIPPOに7人在籍する日本人選手の中でも唯一、目に見える「結果」や「勝利」を求められる立場ですが?

そうです。スプリンターなので。自分の持ち味はスプリントであり、そのために動いてくれる選手も用意してもらえるのですから、しっかり勝てるよう最大限の走りをするしかないです。これまでもチームメート全員が自分のために働いてくれた経験はありますけど、これまでに比べて格段にチーム力は上がります。さらに自分のパフォーマンス力も上がっています。もちろん、その分、周りも強くなっているんですけど……とにかくすごく楽しみですね。今年はシーズンは少し遅めに入って、9月からの秋の中国の連戦でUCIポイントを獲りに行くよう言われています。

スプリンターというのは責任が重い立場ですが、チームが大きくなって、責任やプレッシャーも大きくなったと感じますか?

うーん、なんだかんだ、選手の責任の重さは全員一緒だと思うんですけどね。ただ選手によって仕事のジャンルが違うだけ。求められている動きが違うだけなんです。与えられた仕事に対しては、みんな同じだけの責任を背負っているんですよ。ただ、レースはひとりしか勝てないものですから、それに関しては僕が責任を持つ。そもそも「ひとりしか勝てない」ということは、負ける確率の方が圧倒的に高いんです。だだし負けた時にも、僕のために働いてくれた選手たちには、結果を心から納得してもらわなくてはなりません。だから勝っても負けても、僕はひたすら精一杯やるしかない。その姿を見てもらうしかないんです。それは大門さんにも言われています。「スプリントフィニッシュの機会には毎回必ず絡め」という風に。勝てないからと踏むのを止めるんじゃなくて、最後までもがきつづけろ、それを積み重ねたら見えてくるから、と。ほんまその通りだと思うんです。

これまで海外に挑戦してきた日本選手の中で、ピュアスプリンターはあまり数が多くないように思うのですが、理由はなんでしょうか?

たしかにツール・ド・ランカウイで西谷(泰治)さんがスプリントを勝ちましたけど(2010年第4ステージ)、その後に続く選手がいない。だから「自分」こそがその選手にならんとあかん、と思っています。僕が思うに、日本人でちょっとスプリントが速くて、なおかつ持久力のある人間というのは、みんな競輪に行っちゃうんですよ。僕はじーちゃんも親父も競輪選手だったんですが、実はあの競輪服をダサい……と思ってたんです。だって親父だって練習に行くときロード用のジャージ着てましたもん。その方がカッコイイと思ってたんですよね、親父も、僕も。で、僕は単にそのノリで、ロードレースをやっただけ。もしも競輪服のことなんてなにも知らなかったら、多分、そのまま普通に競輪に行ってましたね。だって国体に出たことのある人間ならよく分かると思うんですけど、ロードの選手たちが普通の自動車で会場にやってくるのに対して、競輪選手たちはみんなスーパーカーとかで来るんですよ(笑)。それを高校生が見たら、普通に考えて、競輪に憧れるじゃないですか。だからスプリント系なのにロードを目指す奴がいたら……変人ですね!僕はほんま、家庭環境のせいで、単に「ダサい」っていう理由だけでロードを目指したんですけど。これからは自分がいい成績を出して、見え張ってでもいい車に乗って、若いスプリンターたちの憧れの存在になるしかないですね(笑)。

体型的に見て日本人スプリンターはどうですか?体躯の太い外国選手と比べてハンデは感じますか?

アジアのレースだったら、今のままでも、日本人スプリンターは問題なく勝てると思ってます。ヨーロッパのレースに関しては、若い頃からハイレベルな世界に揉まれていくことで、対等に戦えるようになるんじゃないかと思うんですけどね。(マーク)カヴェンディッシュだって身長は小さいですし、カレブ・イーウェンにはアジアの血が入っているわけですから(韓国とオーストラリアのハーフ)。それに今年はトラックの日本代表もどんどん結果を出し始めています。……あれを見ると、体型の問題ではなく、やはり思考の切り替えなんですよ。僕もマトリックス時代にはトラック競技をやっていましたけど、あの頃と比べると、今の代表選手たちはトレーニングの内容がまるで違う。つまり正しいトレーニング方法を「知っている人間」が必要なんだと思います。僕がトラックに行っていた時代はいまだに「根性や!」なんて言ってましたもん。そういう意味ではNIPPOに入って、専門コーチからトレーニングメニューを組んでもらえることは、ものすごく興味深いですね。僕自身も勉強になります。

東京オリンピックが目標、と先ほどおっしゃってましたが、今後どのように五輪を目指していくつもりですか?

まあコース的には自分向きではないんですが、でも、やっぱり、日本開催なんで……。それに、あれだけコース設定が厳しいと、もはや日本から誰が出ても厳しいレースになることには変わりないんです。そうすると、UCIポイントを取った者であれば、たとえスプリンターであろうとも、スタートラインに立つことができるかもしれない。とにかく地元の人からも五輪を目標にして頑張れ、って応援してもらっているので、やはり目指していきたいところです。目の前のポイントをひとつひとつ手にしていけば、後々につながってくると信じてます。

(2018年1月15日、スペイン・カルペにてインタビュー)

NIPPO・ヴィーニファンティーニ・ヨーロッパオヴィーニ 2018年日本人インタビュー

初山翔中根英登内間康平伊藤雅和

自転車ロードレースジャーナリスト

フランス・パリを拠点に、サイクルロードレース(自転車競技)を中心とした取材活動を行っている。「CICLISSIMO」「サイクルスポーツ」誌(八重洲出版)、サイクルスポーツ.jp、J SPORTSサイクルロードレースWeb等々にレースレポートやインタビュー記事を寄稿。

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