公的年金額、見た目の金額でソントクを判断してはダメ、「繰下げ受給」の注意点も知っておこう

これからの時代、60歳代はまだまだ現役で働くことが普通になりそうです。(ペイレスイメージズ/アフロ)

◆価値は見た目の金額より抑えられている公的年金額アップ

 今月18日に2019年度の公的年金額が発表されましたが、2018年度の年金額より0.1%アップしています。年金受給者にとって、受給額が増えるのは嬉しいこと。とはいえ、喜んでばかりもいられません。「マクロ経済スライド発動」により、見た目の数字ほど増えているわけではないからです。

 近い将来どうなる公的年金制度、今年の「財政検証」に注目しようでも少し触れていますが、「マクロ経済スライド」は、現役世代の人口の減少や平均余命の伸びに合わせ、年金の給付水準を自動的に調整する仕組みのことです。

 公的年金は物価や賃金の変動率に連動して年金額が算出されるため、お金の価値が守られインフレに強いというメリットがありました。しかし、年金額の算出に「スライド調整率」が適用されるため、物価や賃金の上昇より年金額が抑制されることになっています。

 年金額の改訂ルールは、(1)物価変動率と賃金変動率(名目手取り賃金変動率)がどちらもプラスで、物価変動率が賃金変動率より大きい場合は賃金変動率を用いる、(2)スライド調整率を引く、(3)前年度までのスライド調整率の未調整分がある場合はその分も引く、となっています。

 (3)にある未調整分とは何かですが、物価・賃金の上昇が小さくスライド調整率を引いたら年金額が前年よりマイナスになる場合、年金額は前年と同額にし、引けなかったスライド調整率を未調整分として持ち越すことになっています。

 なお、物価・賃金とも下落した場合には、年金額もマイナスになります。

 2019年度の場合、物価変動率は1.0%で賃金変動率は0.6%。物価変動率のほうが大きいため賃金変動率0.6%が用いられます。2019年度のスライド調整率は▲0.2%、2018年度の未調整スライド調整率が▲0.3%。そこで、0.6%-0.2%-0.3%=0.1%という計算になり、2019年度の公的年金額は0.1%のアップと決定したわけです。

 見た目の数字は増えていても、物価や賃金の上昇を織り込んだ数字は抑えられているわけですから、実質的なお金の価値は目減りしていることに留意すべきです。

 

◆促される「繰下げ受給」の選択

 「マクロ経済スライド」という仕組みが導入された目的は、年金給付を抑制し、年金財政の収支バランスを持続可能にすることにあります。

 さらに言えば、65歳になった人が年金を受け取らなければ、財政的に大きく助かります。そのため、老齢年金の支給開始年齢が、現在の65歳から引き上げられるのではないかという予測が出ています。

 近々に抜本的な制度改正が行われるということはなさそうですが、将来的には68歳からなどに引き上げられる可能性はあります。その場合も一斉にではなく、現在も厚生年金の支給開始年齢が年月をかけて徐々に引き上げられているように、段階的なスケジュールが組まれるものと思われます。

 今のところは政府の思惑として、個人がそれぞれ自分の選択で年金の受取り時期を遅らせるよう、促そうとしているのではないかと感じます。

 現在、原則65歳となっている公的年金の支給開始は、希望により60歳~70歳の間の月単位で選ぶことができます。65歳より早く受け取ることを「繰上げ受給」、遅らせることを「繰下げ受給」と言い、繰上げると年金額は1か月につき65歳でもらうより0.5%ずつ減額、繰下げると1か月につき0.7%ずつ増額されます。

 したがって、60歳で受給開始すると65歳の年金額より30%少なく、70歳だと42%多くなります。そしてその水準は生涯変わりません。

 たとえば、65歳からの年金額が200万円の場合、70歳からに繰下げることで284万円からスタートすることになります。長生きすれば、年金の受取総額は65歳からもらうより大きくなるというのが、「繰下げ受給」を選択する最大のメリット。

 単純計算だと、82歳を超えれば65歳から受け取るよりも受取総額が上回ります(65歳から82歳までの総受取額200万円×17年=3400万円、70歳から82歳までの総受取額284万円×12年=3408万円)。ただし、いくつか注意点があるので後述します。

 繰下げると年金額が増額されると言っても、自分の寿命がいつかなど誰も確信を持てません。そのため、厚生労働省の調査によると、70歳の受給権者のうち2016年度末時点で「繰下げ受給」を選択している厚生年金受給権者は1.0%、国民年金受給権者は1.4%に過ぎません。

 国としては多くの受給権者に「繰下げ受給」してもらって、年金財政の安定のため支給を先延ばししたいところです。70歳まで年金に頼らず現役並みに働いて収入を得、公的年金保険料も払ってもらえれば、財政的には大きなプラスとなります。

 そこで、「繰下げ受給」について説明したリーフレットをわかりやすいものに改善するなど、周知徹底に力を入れはじめています。

 政策としては、現在65歳までとなっている継続雇用の義務付けを70歳まで引き上げるなど、高齢者の雇用環境を整えようという動きがあります。また、70歳以降も「繰下げ受給」を可能とする制度改正が取り沙汰されています。

◆「繰下げ受給」の注意点

 100歳まで生きることを想定して老後プランを考える必要が出てきた昨今、心身とも健康であれば、なるべく長く働いて社会参加することは望ましいでしょう。働いている間は年金をもらわず、「繰下げ受給」で先々の老後資金を増やすというプランも検討の余地があります。年金を受給開始する年齢の選択の幅が広がれば、それぞれの状況に応じたプランが立てられるでしょう。

 ただし、「繰下げ受給」の選択にはいくつかの注意点があります。将来的に制度改正される可能性はありますので、実際に年金受給開始年齢になったら、その時の制度を再確認して下さい。

(1)年金収入アップによる家計への「悪影響」もある

 完全にリタイアした後の年金額が繰下げにより増えるのは、家計が潤って良さそうなものですが、収入アップによって所得税・住民税および国民健康保険料・介護保険料も増えることに留意すべきです。つまり、それらを差し引いた手取りベースでは、繰下げによるアップ率ほどは増えないということです。

 また、年金収入が多いと、健康保険や介護保険を利用する際の「所得区分」が高くなって、自己負担額が上がる可能性もあります。そうなると、せっかく年金額が増えても家計にはマイナス効果となってしまいます。

 話は少し逸れますが、公的年金以外に確定拠出年金などの企業年金を受け取っているケース、退職金の受取りを年金式にしているケース、個人年金保険からの年金収入があるケースなども年金収入が増えますから、同様の注意が必要です。

(2)想定より長生きできなかったら

 前述の計算例で示したように、年金受給総額の損益分岐年齢は約82歳。それより早く亡くなったら、65歳からもらっていたほうが良かったということになります。 

 もし、年金支給開始前の繰上げ待機中に亡くなった場合には、65歳から支給開始したとして計算された「未支給年金」が、生計を同じくしていた遺族(配偶者がいれば配偶者、いなければ子どもなど)に支払われます。

 けれども、年金支給が開始してから亡くなった場合は、65歳からもらえた年金総額より受取りが少なくても、差額はもらえません。

 繰下げ受給していた夫が亡くなった場合、妻が「遺族厚生年金」を受け取るケースが多いと思います。妻が長生きすれば、夫が加入していた年金も活きるでしょう。

 しかし、遺族厚生年金には繰下げによる増額は反映されず、65歳から受取開始した場合の金額で計算されることも知っておきましょう。

(3)年の差婚の夫婦は要チェック

 老齢厚生年金には「加給年金」という、生計を維持している65歳未満の配偶者がいる場合の加算額があります。これは、繰下げ待機中はもちろんもらえず、受給を開始しても増額の対象にはなりません。

 「加給年金」の年額は約39万円なので、もし5歳以上年下の妻がいる夫が70歳まで繰上げた場合、200万円近い金額をもらい損ねることも、計算に入れておく必要があります。

 妻が年上だったり年齢差がほとんどないケースでは、影響はないといっていいでしょう。

 「加給年金」のもらい損ねが大きいケースの場合、それを回避する方法として、厚生年金は繰下げず65歳から受給し、基礎年金だけ繰下げるという方法が使えます。

 厚生年金加入者の年金は、基礎部分である「基礎年金」と2階建て部分である「厚生年金」とで構成されていますが、それらを別々に繰下げることができます。「加給年金」は厚生年金に含まれる制度なので、基礎年金を繰下げてももらえるのです。

 どういう展開になるかわからないリスクがある場合、「分散する」というのがリスク回避の対策として有効です。いつまで長生きできるか分からない以上、基礎年金と厚生年金を分けて繰下げるという方法は検討の余地があります。

(4)70歳まで高収入で働く場合の注意点

 60歳以上の人が厚生年金に加入しながら年金を受け取る場合、年金額(基本月額)と給与・賞与の額(総報酬月額相当額)に応じ、厚生年金額の全部または一部が支給停止になる「在職老齢年金」という制度があります(基礎年金の支給停止はない)。

 65歳以上の人は、基本月額と総報酬月額相当額の合計が47万円(2019年度の支給停止調整変更額)を超えた場合、超えた金額の2分の1の額が支給停止となります。

 このような高収入の人が「繰下げ受給」する場合、65歳から受給開始したとして計算された年金額のうち、支給停止対象になる部分については増額の対象となりません。年金の基本月額が20万円とすると、総報酬月額相当額67万円で全額停止となります〔(20万円+67万円-47万円)×1/2=20万円〕。そうすると、増額対象はなくなってしまいます。

 だからと言って、年金でトクするために仕事をやめたり収入を抑えたりするのが正解でしょうか。それぞれの答えは違うと思います。

 起業するなどで高収入を目指す人は、この仕組みを知っておいた方がいいでしょう。