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シリア北西部でアル=カーイダにすがるという究極の選択を強いられたトルコ占領地域のクルド系住民

青山弘之東京外国語大学 教授
Enab Baladi、2023年3月2日

シリア北西部に位置するアレッポ県アフリーン郡ジャンディールス区のジャンディールス町近郊(ハイカジャ村)で3月20日、ナウルーズの焚き木を行っていたクルド系住民が同地で活動する武装グループの発砲を受け、4人が死亡、3人が負傷する事件が発生した。

Facebook(@jodiafrin21)、2022年3月20日
Facebook(@jodiafrin21)、2022年3月20日

狙われたクルド系住民

事件が起きた地域は、もともと多くのクルド系住民が暮らしていた。だが、2018年1月、トルコ軍がシリア国民軍(いわゆるTurkish-backed Free Syrian Army、TFSA)を伴って「オリーブの枝」作戦を開始し侵攻、3月までに同地を実効支配していた「分離主義テロリスト」と目されるクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)とその傘下組織を排除、占領下に置いていた。

トルコの占領により、多くのクルド系住民がPYDの支配下にあるアレッポ県タッル・リフアト市一帯地域やアレッポ市シャイフ・マクスード地区、同アシュラフィーヤ地区などへの避難を余儀なくされ、代わってシリア政府の支配を逃れた武装集団メンバーとその家族、多くの国内避難民(IDPs)がアフリーン郡に移り住んだ。だが、同地には多くのクルド系住民がとどまっていた。今回殺害されたのも、避難を選ばなかったクルド系の住民だった。

なお、ジャンディールス区の中心都市であるジャンディールス町は、2月6日のトルコ・シリア地震によってもっとも深刻な被害を受けたとされる場所の一つ。トルコからの越境(クロスボーダー)人道支援が不十分だとの指摘が繰り返されるなか、現地の武装グループが物資を横取りして、メンバーや家族で独占し、住民、とりわけクルド系住民が厳しい生活を強いられていた。

関与を否定する武装組織

英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団や反体制系サイトのイナブ・バラディーなどによると、発砲したのは、ダイル・ザウル県出身のイスラーム国元メンバーらを多く擁するハサン・ダブアを名乗る東部自由人連合のメンバーが率いるアフシャーム大隊を名乗る武装グループだとされた。

また、解放建設運動のメンバーの関与も疑われていた。

東部自由人連合も解放建設運動もシリア国民軍に所属する武装組織だが、いずれも事件への関与を否定した。

アブー・ハーティム・シャウラーを名乗る東部自由人連合の司令官はツイッターを通じて、組織としての事件への関与を否定した。

解放建設運動も声明で、容疑者の1人が同組織のメンバーだったとの情報を否定した。

シリア国民軍を所轄する暫定内閣の反応も鈍かった。暫定内閣国防省は声明を出し、発砲の原因に関して、民間人と戦闘員の間での口論がきっかけだったとしたうえで、シリア国民軍の憲兵隊が事件に関与した容疑者を追及すると発表しただけだった。

こうした対応が住民の怒りをかき立てた。ジャンディールス町と周辺の農村では、抗議デモが発生し、住民らは「アーザーディー」(クルド語で「自由」の意味)などと連呼して、東部自由人連合と占領国トルコの退去を要求した。

同様のデモはアフリーン市、マアバトリー町、ラージュー町でも発生、アフリーン市では21日もデモが行われた。

Enab Baladi、2023年3月21日
Enab Baladi、2023年3月21日

シャーム解放機構の介入

それだけでなく、不満を爆発させた犠牲者の家族らは、シリアのアル=カーイダとして知られる国際テロ組織のシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)に、シリア国民軍諸派から住民を守るために介入するよう要請した。

シリア国民軍側が20日晩に遺体を埋葬するのがきっかけだった。遺族らはこの要請を拒否し、21日に4人の犠牲者のうち3人の遺体を、シャーム解放機構の支配下にあるイドリブ県アティマ村に移送、同地でシャーム解放機構に助けを求めた(残る1人の遺体はトルコに移送された)。

事態を受け、シャーム解放機構のアブー・ムハンマド・ジャウラーニー指導者自身が、幹部のアブー・マーリヤー・カフターニー氏、アブー・アフマド・ズクール氏とともに、アティマ村で遺族数十人と面談、犯人を逮捕し、シリア国民軍諸派の抑圧を止めさせ、アフリーン郡の住民を保護することを約束した。

ジャウラーニー指導者はまた、アフリーン郡の名士らと会談し、アフリーン郡からシリア国民軍諸派を排除すると約束した。

シリア人権監視団、2023年3月21日
シリア人権監視団、2023年3月21日

シリア人権監視団、2023年3月21日
シリア人権監視団、2023年3月21日

シリア人権監視団、2023年3月21日
シリア人権監視団、2023年3月21日

この会談後、シャーム解放機構の軍用車輌からなる車列が遺族とともに、犠牲者3人の遺体をジャンディールス町に埋葬するため、アティマ村を出発した。

ジャンディールス区制圧

ジャンディールス区に入ったシャーム解放機構は、住民の要請を受けて、同地にある東部自由人連合を含むシリア国民軍諸派のすべての軍事拠点と検問所、同軍憲兵隊本部、地元評議会を制圧した(文民警察(いわゆる「自由警察」)の本部は制圧を免れた)。

制圧に先立って、東部自由人連合などのシリア国民軍諸派はジャンディールス町一帯からアキーバ村、ラフアティーヤ村などに撤退していたため、戦闘は発生しなかった。

ジャンディールス区には、2022年10月以降、シャーム解放機構の総合治安機関のメンバーが、シャーム自由人イスラーム運動やスルターン・スライマーン・シャー師団の旗下で常駐しており、そのことがジャンディールス区の制圧を容易にした。

葬儀…そして容疑者逮捕

シャーム解放機構によって制圧されたジャンディールス町では、犠牲者の葬儀が行われ、遺体は同地に埋葬された。葬儀には、暫定内閣のハサン・ハマーダ国防大臣、シリア国民軍の司令官、シリア革命反体制勢力国民連立のメンバーらも参列した。

Enab Baladi、2023年3月21日
Enab Baladi、2023年3月21日

また、シリア国民軍憲兵隊は声明を出し、解放建設運動の支援を受けて、3人の容疑者を逮捕したと発表した。

Facebook(@MD_PoliceSY)、2023年3月21日
Facebook(@MD_PoliceSY)、2023年3月21日

これに関して、解放建設運動のムハンマド・ジャラール司令官(大尉)はビデオ声明で、21日午後6時に容疑者を拘束、憲兵隊に引き渡したと発表した。

トルコ・シリア地震以降、シャーム解放機構は、自らが「解放区」と呼ぶイドリブ県だけでなく、トルコの占領地での為政者としての存在感を強めるようになっている(「シリア北西部への支援を難しくするアル=カーイダの存在:トルコ・シリア地震発生から3週間」を参照)。

ナウルーズの焚き木をめぐる今回の事件に、トルコ占領地でもっとも疎外されているクルド系住民にシャーム解放機構にすがるという究極の選択を強いることで、この傾向を助長する結果となった。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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