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イスタンブールでの爆破テロへのシリア人の関与がかき消すトルコとイスラエルのシリアへの侵犯行為

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

シリアという名がテロと結び付けられることで、シリアが受けている侵犯行為が再びかき消された。

イスタンブールで爆破テロ

トルコの最大都市イスタンブールの中心部にあるイスティクラル通りで11月13日、爆発があり、少なくとも6人が死亡、81人が負傷した。シュレイマン・ソイル内務大臣は14日朝、爆発事件に関して、クルディスタン労働者党(PKK)の犯行だと断じ、これを厳しく非難、また局は同日、容疑者とされるシリア人女性1人を逮捕した。

アフラーム・バシールを名乗るこの女性は、トルコが「分離主義テロリスト」とみなすクルド民族主義組織のPKKのメンバーで、特務諜報士官としての教練を受け、トルコの占領下にあるシリア北西部のアフリーン郡(アレッポ県)から不法入国し、犯行に及んだという。

Haberler、2022年11月14日
Haberler、2022年11月14日

事件を受けて、アラブ諸国の複数のメディアは、トルコがシリアを拠点として活動するPKKの姉妹組織である民主統一党(PYD)が実効支配するシリア北部に対する軍事作戦を行うのではとの見方を示した。

シリアのクルド民族主義勢力は関与を否定

これに対して、PYDの民兵組織であるYPGは声明を出し、「我々がテロ行為を実行したアフラーム・バシールなる(シリア人)女性と一切関係があったとの主張、そして役割を果たしていたとの主張を完全に否定する」と発表した。

YPGを主体とし、米軍(有志連合)の全面支援を受けるシリア民主軍のマズルーム・アブディー総司令官もツイッターを通じて、「我々の部隊は何ら関係はない」と関与を否定した。

イスタンブールの爆破テロへのシリア人(あるいはクルド民族主義の立場に立ってクルド人を特別扱いするのであれば、「シリアのクルド人」)の関与の有無、シリアでのトルコの新たな軍事攻勢を誘発するか否かは、トルコの司法の判断を待つ必要がある。だが、それ以前の話として、トルコがシリア北部の広範な地域を「ユーフラテスの盾」地域、「オリーブの枝」地域、「平和の泉」地域などと呼称し、事実上の占領下に置いていることを想起されておいてしかるべきであろう。

筆者作成
筆者作成

シリアで攻撃を続けるトルコ

トルコは同地に部隊を違法に駐留させ、連日のように、PYDが主導する北・東シリア自治局の支配地域、あるいは同自治局とシリア政府が共同統治を行う地域に攻撃を加えている。トルコ軍はまた、シリアのアル=カーイダとして知られるシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)が軍事・治安権限を握るイドリブ県中北部一帯地域にも停戦監視の名のもとに基地や監視所を設置している。

イスタンブールでの爆破テロが行われた13日にも、シリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあるハサカ県のアームーダー市近郊に位置するサンジャク・サアドゥーン村を無人航空機(ドローン)で攻撃、車1台を破壊した。

ANHA、2022年11月13日
ANHA、2022年11月13日

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イスラエルも越境爆撃

シリアに対して国際法上の違法行為を繰り返しているのは、トルコだけではない。

1967年の第3次中東戦争でゴラン高原を占領し、81年に同地を一方的に併合したイスラエルも13日、シリアに対して38回目となる侵犯行為を行った。

シリア軍筋が発表した報道声明によると、イスラエル軍戦闘機は11月13日午後6時23分、レバノンのタラーブルス郡(北部県)およびヘルメル郡(ベカーア県)の上空を侵犯し、ヒムス県のシャイーラート航空基地に向けてミサイルを発射した。

シリア軍防空部隊がこれを迎撃し、ミサイル多数を撃破したものの、声明によると、シリア軍兵士2人が死亡、3人が負傷、物的被害が出た。

一方、シリア人権監視団は、イスラエル軍戦闘機が発射したミサイルは4発で、レバノンのヒズブッラーを含む「イランの民兵」の武器庫が標的となり、武器庫が破壊されたほか、シリア軍防空部隊の士官(少佐、少尉)2人を含む3人が死亡、士官複数を含む16人が負傷したと発表した。

シリア駐留ロシア軍の司令部があるラタキア県フマイミーム航空基地に設置されているロシア当事者和解調整センターのオレグ・エゴロフ副センター長も14日にこの爆撃について言及、イスラエル空軍のF-15戦闘機複数機がレバノン領空からシャイーラート航空基地近くの標的に向けて8発の巡航ミサイルを発射、シリア軍防空部隊がうち3発を撃破したと発表した。

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イスタンブールで発生した爆破テロは凄惨であり、怒りと悲しみに堪えない。しかし、こうした感情によって中東情勢を近視眼的に捉え、一当事者が行ってきた(あるいはこれから行う)の暴力を「テロへの報復」、「自衛権の行使」だとして安易に納得してしまうのであれば、それは混乱の再生産の一端を担っていることと何ら変わりはない。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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