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米軍(あるいは有志連合)所属と思われるドローンがシリア領内で行った報復攻撃が注目されないのはなぜか?

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

シリア南東部で8月18日、米軍、あるいは同軍主導の有志連合CJTF-OIR(「生来の決戦作戦」統合任務部隊)所属と思われる無人航空機(ドローン)の攻撃が人知れずひっそりと行われた。

米軍(あるいは有志連合)によるドローン攻撃

シリア政府に批判的なレバノンのインターネット新聞『ムドゥン』やシリア北東部の情勢に詳しい反体制系メディアのアイン・フラートが複数の地元筋の話として伝えたところによると、ドローン攻撃は18日午前6時頃、ダイル・ザウル県南東部のユーフラテス川西岸に位置するアシャーラ市、マヤーディーン市、ブーカマール市一帯の砂漠地帯、具体的にはハムダーン村一帯、ハスヤーン油田一帯に対して行われた。

攻撃を行ったドローンは2機。ミサイル6発が発射され、6回の爆発が聞こえた。

狙われたのは、「イランの民兵」の一つに数えられるアフガニスタン人民兵組織のファーティミーユーン旅団の拠点複数カ所で、ミサイル6発のうち2発はイラン・イスラーム革命防衛隊のものと見られる拠点に対するものだったという。また標的は、ハスヤーン油田に近い「イマーム・アリー基地」に関連する拠点だったとの情報もある。

狙われたのは「イランの民兵」

「イランの民兵」とは、シーア派(12イマーム派)宗徒とその居住地や聖地を防衛するとして、イランの支援を受けてシリアに集結し、シリア・ロシア両軍と共闘する外国人(非シリア人)民兵の総称である。イラン・イスラーム革命防衛隊、その精鋭部隊であるゴドス軍団、レバノンのヒズブッラー、イラクの人民動員隊、パキスタン人民兵組織のザイナビーユーン旅団、そしてファーティミーユーン旅団などがこれに含まれる。その数を正確に把握することはできないが、主要な勢力であるイラン・イスラーム革命防衛隊は推計で7,000人、ヒズブッラーは5,000~8,000人、人民動員隊に所属する民兵組織の一つアブー・ファドル・アッバース旅団は3,000~10,000人の戦闘員を派遣していたとされる。

今回の攻撃で狙われたとされるファーティミーユーン旅団は2014年にアフガニスタン人のアリー・レザー・タヴァソリー(2015年初めにダルアー県での戦闘で戦死)が結成し、約3,000人の戦闘員を擁する(2017年末時点で10,000~20,000人の戦闘員からなり、うち2,000人が戦死、8,000人が負傷したとされている)とされる。

Twitter (@PressTV)、2022年2月28日
Twitter (@PressTV)、2022年2月28日

一方、「イマーム・アリー基地」(ないしはイマーム・アリー・コンパウンド)は2019年半ば頃に「イランの民兵」が建設したとされる複合軍事施設で、要塞化された倉庫、ミサイル・ロケット弾格納庫、護岸などからなっている。

Fox News、2019年9月4日
Fox News、2019年9月4日

米軍基地への攻撃に対する報復

ドローン攻撃は8月15日にダイル・ザウル県ユーフラテス東岸地域にあるシリア最大の油田のウマル油田にある米軍(有志連合)の基地、通称「グリーン・ヴィレッジ」が「イランの民兵によると思われるロケット弾攻撃を受けたことへの報復だとされる。

この攻撃に先立って、ヒムス県タンフ国境通行所に設置されている米軍(有志連合)の基地もドローンによる攻撃を受けており、有志連合司令官のジョン・ブレナン少将は「有志連合の人員は、自衛権を有し、我々は我々の部隊を保護するための適切な措置を講じるだろう」と述べ、報復を示唆していた。

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周知されたくない事実

だが、18日のドローン攻撃について、有志連合も米中央軍も何らの公式発表も行わなかった。

シリア領内に散在する米軍の基地に対する攻撃の詳細な情報を提供しているNGO、シンクタンク、メディアも、ドローン攻撃について言及することはなかった。ドローン攻撃について報じたのは、上記の『ムドゥン』とアイン・フラートくらいで、英国を拠点とする反体制系NGOのシリア人権監視団、イナブ・バラーディー、オリエント・ニュース、シリア・テレビといった主要な反体制系メディア、そして欧米や日本のメディアはこの件を何ら報じてはいない。

ドローン攻撃は、「イランの民兵」、あるいはシリア国内で米国と対立する勢力に対して、挑発行為を繰り返さないようメッセージを送ること「だけ」が目的であるがゆえ、攻撃の事実が広く周知される必要はないのかもしれない。

だが、仮に8月15日の米軍基地に対する攻撃への報復であることが大々的に喧伝されれば、「米軍がなぜシリアに駐留し続けることができるのか?」という疑問も呼び起こされることになる。米国(有志連合)が、国際法、そしてシリアの国内法の双方において何らの法的根拠も持たないかたちで、シリア国内に部隊を違法に駐留させ、基地を設置している事実は、ロシアがウクライナに軍事侵攻し、領土の一部を占領・併合していることの非にしかニュース性を感じることができないメディア、そして視聴者・読者にとって、知りたくもなければ、知る必要もない「些末」な事実なのかもしれない。

シリア国内の米軍(有志連合)の基地(筆者作成)
シリア国内の米軍(有志連合)の基地(筆者作成)

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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