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シリアの米軍基地への攻撃に米国が沈黙することで増長するのは、ロシアでもイランでもなく同盟国のトルコ

青山弘之東京外国語大学 教授
ANHA、2022年8月16日

米軍基地に対する新たな攻撃

米主導の有志連合CJTF-OIR(「生来の決戦作戦」統合任務部隊)は8月16日に声明を出し、前日午前9時頃にシリア南東部ダイル・ザウル県にあるシリア最大油田であるウマル油田に違法に設置している米軍基地、通称「グリーン・ヴィレッジ」がロケット弾の攻撃を受けたと発表した。

声明の内容は以下の通り:

有志連合の複数の高官によると、2022年8月15日午前9時過ぎ、同部隊と我々の協力者への攻撃が試みられ、シリア北東部のグリーン・ヴィレッジ近くに対して複数回の間接射撃が行われた。

ロケット弾は、この地域の民間人とインフラを危険に晒した。ロケット弾の一部は起動に失敗し、地元住民に更なる脅威を与える前に、有志連合とシリア民主軍(クルド民族主義組織の民主統一党(PYD)の民兵である人民防衛隊(YPG)を主体とする武装連合体)の協力者によって発見された。

「今回は幸いにも、1人の犠牲者も被害も報告されなかった。だが、こうした攻撃は無辜の市民の声明と不可欠であるがゆえに重要なインフラに危険を及ぼしている」。有志連合司令官のジョン・ブレナン少将はこう述べた。

今年初めの2022年1月5日、グリーン・ヴィレッジの有志連合はイランの支援を受けた悪質な分子の攻撃を受け、8発のロケット弾によって基地と近隣のモスクが若干の被害を受けた。

ブレナン少将は、こうした臆病で失敗に終わった攻撃は、有志連合とその協力者の任務遂行を妨げることはないと強調した。

「有志連合は信頼できる協力者がISIS(イスラム国)の永続的な敗北を維持する努力をしていることを誇りに思っている。我々の取り組みは、こうした無謀な攻撃によって揺らぐことはない」。

この攻撃(未遂)は、シリア人権監視団によると、イラクとヨルダン国境に面するヒムス県のタンフ国境通行所に米軍(有志連合)が違法に設置している基地が、所属不明の無人航空機(ドローン)の攻撃を受けた2時間半後に行われた。

タンフ国境通行所の基地へのドローン攻撃にかかる声明が同日中に発表されたのに対して、グリーン・ヴィレッジへの砲撃について声明が日にちをまたいで発表されたことは、シリアに駐留する米軍への威嚇行為に対する対応の鈍さを改めて示すものだ。

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「イランの民兵」の関与が濃厚

いずれの攻撃も「イランの民兵」によるものだとの見方が強く、8月15日のイスラエル軍戦闘機によるタルトゥース県とダマスカス郊外県へのミサイル攻撃への報復と捉えられる。「イランの民兵」は、シリア領内にある拠点に対するイスラエルの爆撃・ミサイル攻撃に対して、イスラエルではなく、シリア領内の米軍(有志連合)の施設を狙って報復を行う傾向が強いからである。

ウクライナ侵攻が始まって以降、「イランの民兵」に加えて、ロシア軍も、シリア領内に駐留する米軍を威嚇するような攻撃を頻繁に行っている。欧米諸国の反応、つまりはロシアの強硬姿勢に対する弱腰を確認するのが狙いだ。タンフ国境通行所の基地とグリーン・ヴィレッジへの攻撃に対して、米軍が(今のところ)目に見えるような報復攻撃を行っていないことは、米国がロシア、そして「イランの民兵」の背後にいるイランとシリアで事を構えたくないことを示している。

増長したのはトルコ

しかし、米国の弱腰を見てもっとも増長しているのは、ロシアでもイランでもなく、NATO加盟国として米国と同盟関係にあるトルコだ。

なぜなら、トルコは今年5月以降、シリア北部の国境地帯から「分離主義テロリスト」であるPYDを排除し、同地に「安全地帯」を設置、シリア難民100万人を自発的に帰還させるための新たな軍事作戦の実施を画策しているからである。トルコがPYDを成功裏に排除できるか否かは、PYDの軍事的後ろ盾である米国の動きにかかっている。米国がシリア内戦の当事者と事を構えたくないのであれば、トルコがPYDに軍事圧力をかけても、米国は動かない――トルコはおそらくそう考えている。

そのことを裏づけるかのように、トルコは8月16日、シリア北部に対して、これまでにないほどの激しい攻撃を行った。

PYDに近いハーワール通信(ANHA)、英国を拠点とする反体制系NGOのシリア人権監視団、そして国営のシリア・アラブ通信(SANA)などによると、トルコ軍は、シリア政府と、PYDが主導する自治政体の北・東シリア自治局が共同統治を行っているハサカ県のアームーダー市西のジャルナク村、ダルバースィーヤ市西のジャトル村、カルマーナ村、カフターニーヤ市西のルーターン村、タッル・タムル町近郊のタウィーラ村、クーザリーヤ村、タッル・ラバン村、ウンム・ハイル村、タッル・タウィール村、カブール・カラージナ村、アブー・ラースィーン(ザルカーン)町、アレッポ県のマンビジュ市近郊のジャート村、フーシャリーヤ村、アイン・アラブ(コバネ)市および同市近郊のブーバーン村、スィフティク村、シュユーフ・ファウカーニー町、サイラム村、アーシマ村、ハルビーサーン村、カルムーグ村、クーラーン村、ハイフー村、ウライシャール村、マルジュ・イスマーイール(マルサミール)村、タッル・リフアト市一帯および同市近郊のバイナ村、スーガーニカ村、クナイトラ村、ザルナイータ村、マドユーナ村、ラッカ県のタッル・アブヤド市西に位置するアリーダ村、ラクラクー村、サワーン村、ヒルバト・バカル村、クーバルラク村、アイン・イーサー市近郊のマアラク村、サイダー村、M4高速道路沿線を砲撃した。

一連の砲撃により、多くの住民が一時避難を余儀なくされるだけでなく、アイン・アラブ市では子供1人が死亡、少なくとも4人が負傷、アブー・ラースィーン町とバイナ村でも子供2が負傷した(なおSANAは、ラッカ県に対する砲撃でも、住民4人が死亡、5人が負傷したと伝えた)。また、民家などにも被害が及んだほか、アイン・アラブ市では穀物粉砕工場が被弾、ルーターン村では、シリア正教徒の民兵組織「ストロ」の教練学校が狙われた。

前代未聞の爆撃

トルコ軍はまた、アームーダー市近郊のサンジャク・サアドゥーン村を無人航空機(ドローン)で攻撃、4人を殺害、3人を負傷させた。

一連の激しい攻撃に対する報復として、シリア民主軍はトルコ領内に対する越境砲撃を敢行した。

トルコ国営のアナトリア通信によると、シャンルウルファ県西部のビレジク郡にあるトルコ軍基地一帯が、シリア領内からの砲撃を受け、国境近くに設置されている分隊の拠点が被弾し、兵士1人が死亡、4人が負傷したのである。

トルコ領内への越境砲撃に対して、トルコ軍は異例中の異例とも言える行動に出た。有人の戦闘機複数機で、アイン・アラブ市西の国境に近いジャールカリー村一帯(ジャールカリー丘)に8回もの爆撃を実施したのである。

同地は、2019年10月にトルコがシリア北部に対して実施した侵攻作戦(「平和の泉」作戦)にかかるロシアとトルコの停戦合意で、シリア軍が展開し、ロシア軍とトルコ軍が合同パトロールを実施することが合意されていた地域に含まれていた。

トルコ軍が有人の戦闘機でシリア領内を爆撃した事例はこれまでになく、前代未聞の攻撃であり、しかも標的となったのは、シリア民主軍ではなく、シリア軍部隊だった。

攻撃を受け、シリア軍筋は以下のような報道声明を発表した。

トルコ軍戦闘機は本日午後、2時37分から3時にかけて、アレッポ県農村地帯の軍事拠点複数カ所を狙い、軍関係者3人が戦死、6人が負傷した。

攻撃はトルコの「体制」が武装テロ組織への支援を継続するなかで行われ、我ら武装部隊は攻撃への対抗措置として、占領国の拠点複数カ所を狙い、その一部を破壊、人的および物的被害を与えるとともに、武装テロ・グループの拠点複数カ所を狙い、一部の拠点と教練センターを破壊した。

トルコの「体制」による挑発激化とシリア領内のさまざまな地域への執拗な攻撃に対して、我々は、我ら武装部隊のいかなる軍事拠点に対するいかなる攻撃に対しても、すべての戦線で直接且つ即時に報復する。

なお、ANHAは、この爆撃でシリア軍兵士16人が死亡、3人が負傷したと伝え、シリア人権監視団も17人が死亡、負傷者が4人したと発表した。

狡猾なトルコ

ウクライナ侵攻をめぐって、ロシアは侵攻ではなく、「特殊軍事作戦」だと主張している。一方のトルコは、シリア北部に対する「軍事作戦」の準備は完了したと繰り返しつつも作戦開始を宣言することなく、攻撃を続けている。「特殊軍事作戦」を実施することで欧米諸国の非難を浴びるロシアに対して、「軍事作戦」を実施することなく攻撃を繰り返し、非難と注目をかわしているトルコの狡猾さが際立っている。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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